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過去を思い出し、暗い気分になってしまったと顔を上げる。
ステファンは眉を顰めてこちらを見ていた。
話を変えようと話題を探す。
ふとステファンがフランソワーズのことをどう思っていたのかが気になって問いかけてみることにした。
セドリックについて、パーティーや公務に参加していたフランソワーズはもちろんステファンとも面識がある。
度々、視線を感じていたのは悪魔祓いのことやオリーヴのことで話があったからだろうか。
そう思いつつもステファンがなんと答えるのか気になっていた。
「ステファン殿下は、以前からわたくしのことをどう思っていたのですか?」
ステファンは記憶を思い返しているのか考え込んでいる。
その後にフランソワーズに笑顔を向ける。
「セドリックの婚約者ではなくなったから言えるけど、初めて会った時から……美しい人だと思っていた」
「……!」
「それといつも寂しそうだな、と」
ステファンはそう答えて困ったように笑った。
いつもフランソワーズが言われていたのは不気味や怖いなどの心ない言葉ばかりだった。
婚約者であるセドリックさえもフランソワーズを可愛げがないなどと罵っていた。
(ステファン殿下はそんな風に思っていてくださったのね)
それだけでフランソワーズの心が温かくなっていく。
「僕が話しかけるとわずかだが感情が動くのがわかったよ。緊張しているのかな、とかね」
「……」
「だから国を追い出されそうなのに、笑顔のフランソワーズを見た時には、ずっと感情を抑えていたのだろうなと思ったんだ」
「ステファン殿下……」
「もっと早く気づいて、力になってあげられていたらよかった」
ステファンの優しい言葉を聞いて、フランソワーズの心にしまい込んでいた感情が揺れたような気がした。
「あと、そんなところが僕と同じだなと思った。僕の場合は悪魔を抑えることに必死だったからなんだけどね。君も……自分を抑えるために苦しんでいるのかと想像したりもしたよ」
「…………」
「君は自分から国を出て行きたいと思うほどに、辛い思いをしていたんだね」
ステファンはそう言って困ったように笑った。
「こうして君が僕に笑顔をみせてくれると、なんだかとても嬉しいんだ」
ステファンを見つめながら話を聞いていると、視界がぼやけていき気づいたら目頭が熱くなっていく。
フランソワーズの目からポロリと涙が頬を伝っていた。
「……フランソワーズ?」
「え……?」
何故、泣いているのか自分でもわからなかった。
手のひらで頬に触れると確かに涙が流れていた。
けれど、こうしてフランソワーズの気持ちを理解してくれていた人がいたということが嬉しいのかもしれない。
「申し訳、ありません……!」
「こちらこそ、すまない……辛いことを思い出させてしまったかな」
ステファンは立ち上がり、こちらに駆け寄ってハンカチを差し出してくれた。
フランソワーズはハンカチを受け取りお礼を言った。
もう一度「すまない」と言ったステファンを見上げながら、フランソワーズは首を横に振る。
「ステファン殿下にそう言っていただけて嬉しかっただけなのです」
「……!」
「ごめん、なさい……!」
いきなり泣き出せば、ステファンも驚くだろう。
フランソワーズがもう一度、謝ろうとするとステファンの手のひらが頬を撫でる。
フランソワーズを涙を指で拭う。
そして包み込むように優しく抱きしめてくれた。
「辛かったのだろう。僕なら君にそんな思いをさせない……約束するよ」
「……っ、はい」
ステファンにエスコートを受けながら、近くにあったソファに腰掛ける。
フランソワーズはステファンの胸を借りて、静かに涙を流していた。
今まで一人で抱えてきた重たいものが涙と共に溢れていく。
ステファンは黙ってフランソワーズのそばにいてくれた。
初めて自分の気持ちを吐き出すことができたフランソワーズは、安心と疲れからか眠りについたのだった。




