血戦
王国の総力を挙げた、堅固な要塞が完成する頃、ムンク軍が姿を現した。
遠くから見るだけでも凄まじい戦気が漂ってくる。
先般の王国の勝利を聞き、また敵の皇帝チンギーが直々に率いてきたことを聞いて、帝国や近隣諸国から義勇兵がたくさん来ている。
「傭兵どもでも勝てるのなら俺達正規の騎士が出ればイチコロよ」
「オーガと手下に負けるのなら、ムンクの奴らはさしずめゴブリンだな。
何匹狩れるか競うか?」
「こんな要塞に籠もっている王国軍は情けなくないのか。
野戦こそが騎士の戦う場所よ」
誰も負けると思っていない。
帝国騎士団の全滅は記憶から抜けているようだ。
ゲドリーはじっとその姿を見ていた。
以前と同様の平原でまたしても同じように両軍はぶつかった。
しかしムンク親衛隊は、重騎兵の突撃を逃げることなく、巧みにかわして馬に矢を射かけ、倒れた騎士を槍で刺し、馬蹄にかけ、次々と斃していく。
それでもじりじりと騎士達は押していくように見える。
ムンク騎兵は軽快に立ち代わり、彼らの突撃をかわしながら少しずつ誘導していく。
「これは呆気なく片がつくぞ。
お前たち防御の用意しておけ。
俺達は外に出る」
野戦築城で作った要塞でゲドリーは戦況を見ながら指示した。
この要塞は王国兵が守備しており、ここを指揮するのは貴族だがゲドリーに心服しているアダムである。
「ゲドリー殿、我らはここを固く死守すればいいのですね」
「ああ、いくら誘われても決して討って出るな。
野戦はムンク軍の十八番。
相手の術中にはまるな。
後は俺がなんとかする。
もし俺が負ければ、ピッターフェルドに使いを出して、粘るか降伏するか尋ねろ」
話している間に、ムンク軍に優勢にあると勘違いした騎士達は更に圧力を強めて出ていく。
そして気づいた時には凹型に包囲され、後方からは回り込んだムンク騎兵が矢を射かけて、逃げ道を封じられた。
「助けてくれ!」
「王国軍、我々は助けに来てやったのだ。
早く援軍に来い!」
ムンク軍はシカに止めを刺すように、矢を射かけ、弱ったら槍で刺し、徹底的に遠距離から攻撃する。
助けを乞う声も怒号と悲鳴の中に消えていく。
万を超える騎士が見る間に全滅する。
アダムはぞっと身を震わせた。
「何じゃ、もう終わりか。
ジュームを討ち取ったという傭兵隊長はどこにいたのだ?」
チンギー帝は不機嫌の極みであった。
「もしや逃げ出したのではありますまいか。
所詮は金で動く傭兵。
陛下の出馬を聞いて目ざとく脱出したということは考えられます」
「そうだとすれば予の楽しみをなくした罪は重い。
この国の人間は根絶やしにし、その傭兵は地の果てまでも追って拷問にかけろ。
後の戦は任せる。
予はこの辺りの狩りに行ってくる」
チンギー帝は護衛兵を連れてそのまま狩りに行く。
残されたムンク軍は要塞を攻めるが、遊牧民は根気のいる攻城戦が苦手である。
様々な手で野戦に引き出そうとするが、アダムは頑として出陣しなかった。
その間、ゲドリーはひたすら後方に回り、補給隊を襲撃していた。
兵士もさることながら、馬の飲む水や食べる餌の量は膨大だ。
近くの村々からの略奪だけでは到底不足する。
遠方から運ばせる補給隊をゲドリーは狙い、徹底的に補給を絶たせた。
「無敵のムンク親衛隊も飯が食えなきゃ戦えまい。
ならばどうする?」
ゲドリーの読み通り、進捗しない攻城戦と食糧や飼料の不足から、ムンク軍は各地に食糧調達の兵を派遣するが、少人数であればゲドリーはそれを襲撃し、皆殺しにして首を晒した。
「くそっ、山賊どもが。
ムンク軍を舐めるなよ」
ムンク軍は各地に討伐軍を出すが、ゲドリーはそれを本物の山賊の根倉に誘導し、自軍は捕捉されないようにした。
そして、あちこちに兵を派出したムンク本軍の兵数が減少し、同時に狩りに飽きたチンギー帝が戻ってきたことを知ったゲドリーは、近くの森に兵を移動させる。
「奴ら、とうとう攻城兵器を大量に持って来やがったな。
あれでは要塞も陥落する。
もう少し削りたかったが、ぼちぼち殺るか」
何かを待つゲドリーの背後には配下が身体を休めて突撃を準備していた。
西の空から黒雲が湧いてきて突然雷鳴を煌めかせ、豪雨を降らせた。
「今だ!
お前たち、相手は無敵のムンク皇帝、心中の相手として不足あるまい!
命は捨てろ、俺に続け!」
ごぉー!
突然の雷雨に慌てるムンク軍の本陣に、ひたひたとゲトリーは忍び寄る。
この大雨で視界は遮られ、雷鳴で音も聞こえない。
本陣らしき旗が靡いた天幕を見つけて、ゲトリーは歓喜した。
「何者だ!」
護衛兵の首を刎ね、そのまま天幕に入る。
十名ほどの身分の高そうな男たちが初老の男を囲んでいる。
「どこの兵だ!無礼な」
剣を抜き近寄る男を、見向きもせずにゲトリーは愛用する鉞で首を飛ばす。
そして斬りかかる男たちを斬殺し、蹴り飛ばし,ゲトリーは傲然とした初老の男に走り寄る。
「チンギー帝とお見かけする。
血塗れオーガことゲトリー、お命いただきに参った」
鉞を横殴りに振るうところを、チンギーは間一髪後方に飛んだ。
その間に後方に控えていた近習がゲトリーに斬りかかる。
「邪魔だ!」
近習の腕と刀を斬り落とすと、態勢を立て直したチンギーは短弓を放ってきた。
「おっと」
血を吹き流す近習を楯にして矢を受け止めてゲトリーは前に進む。
「曲者だ!早く助けに来い!」
遠くでは蹴り倒された近習が苦痛に顔を歪めながら叫ぶが、誰も来ない。
その頃には、ゲトリー軍が乱入し、どこも大混乱となっていた。
特にムンク本国以外の属国軍の裏切りという噂が流れたため、同士討ちすら起こっている。
皆が自分のことで手一杯な中で本陣のことは忘れ去られていた。
そして本陣の天幕は特に堅固に作られており、チンギーはそれを破って逃げることも難しい。
盾となる近習を次々と失い、ゲトリーと自ら戦い始めたチンギーは巧みな剣術を駆使するが,次第に疲れの色を濃くする。
「陛下、異常はありませんか?
どうやら傭兵どもが襲撃してきたようですが・・」
その時にやってきたのは、ムンク帝国きっての強者、バトゥ。
窮地にあるチンギー帝を見ると、即座に腰の小刀をゲドリーに投げつけ、同時に走り寄って大刀で斬りかかる。
「ちっ。
あと一歩だったのに」
ゲドリーはバトゥの方に向き直りつつ、一息ついたチンギーの隙を見逃さない。
ポケットのナイフをその顔面を目掛けて投げつけた。
しかし偶然横を向いたチンギーの耳半分を千切っただけでそれは終わる。
「陛下!
大きな怪我ではありませぬ。
この男、後は私が始末致しますので、お下がりください」
その時にはバトゥの配下が続々と来ており、チンギーを守って移動していく。
「千載一遇の好機を逃したか。
後はどれだけ暴れられるかだ。
俺の暴れぷりを見せるのなら外の方がよい。
貴様、外で殺り合わねえか」
ゲドリーの誘いにバトゥも乗った。
天幕の外はまだ激しい雨が続いている。
あちこちで戦戈の音が聞こえる。
「俺の手下が暴れているわ!
俺も負けてられねえなあ」
ゲドリーは鉞を思いっきり叩きつけるが、バトゥの剛刀はそれを受け止める。
次はバトゥの下からの跳ね上げた蹴りをゲドリーは下がってかわす。
彼らのぶつかり合いは限りなく続くように思われる頃、チンギー帝は指揮系統を確立し、混乱を収めていた。
ゲドリー配下は、徐々にゲドリーが戦っているところに追い詰められる。
「ハッハッハ
貴様の手下も集まってきたな。
揃って地獄に送ってやる。
いや、何故か女がいるぞ。
小汚い面だが、戦のあとに可愛がってやるか」
バトゥの言葉にはっと見ると、ジュリーとともに後方にいるはずのキャシーがいた。
「よそ見するな!」
決めようと大きく振ってきた剛刀を紙一重でかわし、ゲドリーはバランスの崩れたバトゥの首を太い腕で締め上げた。
「貴様、オ・レの娘に手を出すと言ったな!」
ゲドリーの顔色が怒りで真っ赤になっている。
見る間に窒息し、顔色が変わるバトゥを救おうと飛びかかってきた兵士をキャシーが串刺しにする。
「卑怯者!
これはお父さんの一対一の戦いよ!
それを汚す者は許さない」
場違いな女の子の、堂々とした言葉にムンク兵は気を呑まれる。
(キャシー、戦闘にそんなものはないぞ。
どんなに汚くても勝たねば意味はない)
と思いながら、ゲドリーは失神したバトゥの首を折り、絶命させた。
そのゲドリーの下にキャシーや生き残る配下が集まるが、その周囲には何十倍のムンク兵が取り囲む。
「面白いものを見せてもらった。
だが、ここまでだ」
チンギー帝が耳から血を出しながら、現れた。
「キャシー、俺の首に掴まれ」
小声でゲドリーが囁く。
その巨体でチンギーに向かい、慌てる敵をなぎ倒して突破することを考えたのだ。
命は惜しくないが、この娘だけは生かせたい、その思いだけが満身創痍のゲドリーを支えている。
「そこの傭兵隊長よ。
お前の考えはお見通しだ」
屈強な護衛兵がチンギーの前に並び、縦となる。
「お前に王国への忠誠心などあるまい。取引をしよう。
予に仕えよ。貴様ほどの人材は滅多にいない。
貴様の倒したジューム、バトゥも貴重だが、貴様の才はそれを大きく上回る。
大功を立てれば褒美は思いのままだぞ」
「もう欲しいものもない。
義理は果たしたし、ヴァルハラで俺を待つ女もいる。
皇帝の耳を吹き飛ばした男などいらないだろう。
ただもし許してくれるなら娘と配下だけは命を助けてやってくれ」
それを聞いたキャシーは胸にすがった。
「お父さんが死ぬなら私もここで敵兵を道連れにして討ち死にする」
「頭領、それはないでしょう。
生きるも死ぬもともにしましょう」
ゲドリーは険しい顔をして黙り込んだ。
それを見たチンギーは笑い出した。
「天下無双の貴様も娘には勝てんか。
よからう。
しばらく客将として予と行動をともにせよ。
そして気に入れば予に仕えよ」
「陛下、奴は陛下の命を狙った人間。
ここで命を絶つべきです」
周囲はそう止めるが、チンギーは聞かなかった。
「今日は久々に血湧き肉躍る良き日であった。
予は数年は若返った気がする。
その礼だ」
ゲドリーは黙って頭を下げて、鉞を地に投げ、チンギー帝に降ることを了承した。