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甲冑を着たオーガと拝領妻  作者: デギリ
7/11

最後の戦いへの準備

ゲドリーからの急使で勝利の一報を得たピッターフェルドはすぐに動いた。

皇帝や教皇、民衆に被害は知らせずに大勝利と宣伝する一方で、自らの懐刀に命じて密かにムンク帝国へ向かわせる。


「キャスパー、国の主権以外であれば、王や宰相の首であれ、どのような譲歩をしてもよい。

何としても和平を結んできてくれ」


ピッターフェルドは戦場に調べに行かせて、どれほどの損害があったかを承知していた。

正規軍は壊滅し、ようやく残ったゲドリー兵団もボロボロである。


(一勝しておけば、この後に和を結んでも皇帝にも教皇にもメンツは保たれる。

いや、ここで名誉ある和平を結めば東西の中立国として漁夫の利を得、私は大宰相と呼ぼれるかもしれない。

逆にここで和を結ばなければ破滅だ!)


王や宮廷は大喜びで、東方の野蛮人など恐れるに足らずと連日宴会を開いていたが、宰相府の官僚は膨大な被害に呆然としていた。


援軍を出してくれた皇帝への謝金、死傷した兵士への弔慰金だけでも国庫は空っぽである。

加えて働き盛りの青壮年が多数居なくなり、農工業で支障がでている。

今年の税収は激減するだろう。


そこへ届いた教会からの要求書

『我らの祈祷の効果で異教徒を討伐できた。

その感謝の気持として税収の三分の一を寄付をすべきであろう』


「強欲坊主め!

貴様らが戦場で戦ってこい」


それを読んだピッターフェルドは破り捨てた。


ピッターフェルドの使者であるキャスパーは、苦労の末、ムンクの首都に辿り着き、皇帝チンギーとの面会にこぎつけた。

 

一代で遊牧民族をまとめ大帝国を築いた英雄チンギーは初老であったが、まだ逞しい筋肉と鋭い眼光を持ち、キャスパーの和を乞う言葉を聞いていた。


「クックック

予が征西に向かわせたジュームは信頼する四天王の一人。

それを討ち取り、無敗を誇った精鋭のムンク兵を殲滅するとは素晴らしいな」


どれほどの怒りを買い、場合によってはこの場で殺されるかもしれないと覚悟していたキャスパーは、チンギーが非常に上機嫌であることに驚いた。


「キャスパーとやら、予はこれまで大小100を超える戦を行ってきたが、ここ十年程は戦に出ておらん。

それはもう勝ちが決まっていて詰まらぬからよ。

残る余生、楽しめるほどの戦はないかと思っていたのが、ジュームを殺すほどの男がいるとはな。


予は嬉しいのだ!

よかろう。次の征西戦は予が親衛隊を直率して行こう。

奴らも戦がなくて退屈している。


そのゲドリーという男に万全の準備をしておくように申しておけ。

無論予の率いる軍もそちらに合わせて2,3万にしておこう。

いや、楽しみだ」


和平など口の端にも登らずに、キャスパーは歓待された挙げ句に膨大な手土産を渡されて帰国の途についた。


彼の口から、チンギーの言葉を聞いたピッターフェルドは頭をかきむしる。

チンギー皇帝率いる親衛隊と言えば、精鋭揃いのムンク兵からのよりすぐり。

チンギー自身も古今無類の名将と名高い。

その彼が嬉々として攻めてくるのであれば、もはや滅亡は免れない。


ピッターフェルドは重い足を引き摺るようにゲドリーの立て籠もる砦に赴いた。

ゲドリーに会うのは、アメリアとの偽装不貞以来である。


アメリアがゲドリーとの復縁を願いに行き、それを断られてから自宅に籠もりきりであることは報告を受けている。

娘のキャシーは不貞の噂を聞いて母を忌み嫌って父の元から離れず、ゲドリーの館はアメリアと長男のジョンの二人である。


(ゲドリーの家族をバラバラにした俺など死んで詫びるべきだが、国家存亡の折、今はそうもできん。

顔を見るのも嫌だろうが、暫くの間、この命を許してくれ)


ピッターフェルドは殺される覚悟でゲドリーに面会を求めると、意外にもすぐに通された。


ゲドリーの部屋に入ると、ゲドリーは肖像画を見ながら、エールを飲んでいた。

その肖像画は昔ジュリーに見せられた、ゲドリーの元婚約者エリスを描いたものであることに気づく。


「ピッターフェルドか。

どうした生気のない顔をして」


ピッターフェルドは、お前こそと言いかけて、言葉を呑み込んだ。

ゲドリーの表情は見たことがないほど、感情が抜け落ちたものであった。


ピッターフェルドは実務的にチンギー帝の言葉を伝える。


「ハッハッハ

いいねえー。世界最強の皇帝が俺のようなオーガを退治しに来てくれるとは名誉なことだ。

なぁエリス。

お前もそう思うだろう」


肖像画に話しかけるゲドリーから、ピッターフェルドは目を逸らした。


「もう何もいらない俺だが、キャシーと残る仲間だけは俺が責任を持たねばならん。

一度はムンク軍を退けた以上、もうこの国とお前への義理は果たしたな。

チンギーと一戦するのもいいが、もうどこかに逃げて娘と仲間と生きていくのもいいかと思っている」


(それは困る!

意気込んできたチンギー帝がオモチャがないとすれば、激怒してこの辺りを荒らし回るのは必定。

叶わぬまでもゲドリーに奮戦してもらい、この国への寛大な措置を貰いたい)


ムンク帝国は勇者や強者に寛大で、弱者や怯者に酷薄というのは有名である。

ピッターフェルドとしてはゲドリーに勇戦してもらい、チンギーから寛大な和平を引き出したかった。

しかし、あまりに勝手な理屈ということもわかっていたため、言い出せなかった。


「お父さん、いいじゃない。

世界最強と戦ってみようよ!」


「頭領、どこかに行っても虚しく果てるだけだ。

ここらで死に花を咲かせるのもいいんじゃないですか。

それに先に逝った奴らもヴァルハラで戦いぶりを見てますぜ」


隣で話を聞いていたキャシーと仲間がドアを開けて、口々に言う。


「お前達がそれでいいならそうしよう。

もう俺に残されたのはお前たちだけだ」


ゲドリーは気だるげに同意する。


キャシーはそれを嬉しげに聞いた後、ピッターフェルドを殺さんばかりに睨みつける。


「人の心を操って思うように動かそうとする汚い男が!

お前のせいで我が家は滅茶苦茶になった。

そんなお前が無事に生きていけると思うな。

絶対に殺してやるからな!」


キャシーの周りにいるゲドリー配下も、祖国や故郷をダシに夫を裏切るように妻たちを誘導したピッターフェルドに対して,刀に手をかけて今にも殺そうとする素振りである。


「待て、まだコイツは必要だ。

ピッターフェルド、次の戦に向けて、残っている男どもを動員してできるだけの軍勢を作れ。 

そして国中の物資を徴発しろ」


戦闘モードとなってきたゲドリーが強い口調で命じる。


「いや、先日の戦闘で多数が死に、国庫も物資も枯渇している・・」


抗弁するピッターフェルドの頬をゲドリーは殴りつけた。


「四の五の言うな!

俺らに死ねと言っているのだろう。

まさか他国人の俺達に任せて、知らんぷりできると思ってないだろうな。

お前たち自身の問題だ。国中の家から男を集めろ、財産を取り上げろ!」


さすがに一言も言い返せずに、ピッターフェルドは宰相府に戻った。


「行くも地獄、引くも地獄か」


3ヶ月後、王国は怨嗟の声しか聞こえない。

男は老いも若きも動員されて野戦築城と兵の訓練に追われ、女は男が抜けた生産に追われている。


もうすぐムンク軍が復讐にやって来る、今度は皆殺しにされるという噂の中、国外逃亡を図る者も後を絶たない。


「この非常時に国外逃亡は最前線行きだ!」

憲兵が捕まえた逃亡者を見せしめに吊るしている。

しばらく前にパレードや勝ち戦を聞いて浮かれていた王都とは思えないほどの荒廃ぶりである。


アメリア達ゲドリー軍団の妻たちは、夫達の戦いが迫ると聞き、何度も砦に向かい、許しを願った。

夫達の中には許す者もいれば、裏切りを許せない者もいた。

許した者の家庭も元通りではない。

不貞や托卵まで言って、絶望を与えて戦地に赴かせたことは夫達の心に深い傷を与えていた。


今日はアメリアだけでなく、長男ジョンも来ていた。

ゲドリーは戦の準備で多忙であったが、彼らと面会する。


「父上、次の戦は僕も連れて行って欲しい。

僕は父上の跡を継いで大将軍にならなければならない。

それとキャシーは家に帰ってきて、女らしく行儀作法の勉強をしたほうがいいよ」


そう言うジョンは、自分が托卵された子どもとは気づいていない。

ゲドリーの子として立派な騎士になろうと努力していた。


「兄貴、そんな事を言うのは私に勝ってからにして。

お父さんの後を継ぐのは私がふさわしいわ」


キャシーは1年年下ではあるが、ジョンよりも身体も大きく、武芸も強い。

そして自分と違って、父に似ない美男子の兄のことを好きではなかった。


二人は試合をするが、ジョンはすぐに刀を跳ね上げられ降参した。


「くそっ。王様から指南役も借りて今度こそはと思ったのに」


「兄貴は王様に好かれているからね」


「ジョンは王都で武芸を磨き、王や母を守れ」

ゲドリーの言葉に微かにトゲがあるのを気づいたのはアメリアだけだった。


「キャシーは女の子よ。

私が育てるわ」


「いや!アタシはお父さんと居る」


アメリアの言葉はキャシーに否定される。

ゲドリーはキャシーを危ないところに行かせないと約束し、アメリアはそれ以上は言えなかった。

アメリアを見るゲドリーの目に以前のような愛情はない。

妻として扱うものの、それ以上のことには触れさせない態度がアメリアを傷つける。


(私がしたことはそれほどこの人を傷つけたのね。

あれほど君を愛しているんだ。あとで誠意を持って謝れば修復できるよという宰相の言葉を信じるんじゃなかった)


あれから何度後悔しただろう。

アメリアは心で涙を流した。


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