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甲冑を着たオーガと拝領妻  作者: デギリ
6/11

凱旋なき勝利と後悔

ゲドリー達が出陣して数日後に帝国からの援軍が現れ、王国軍と合流して王都を出発する。

王国の国力を挙げた大軍の出陣式は盛大であり、王をはじめ民衆までが集まり、戦勝を祈願して送り出す。

帝国騎士団の美しい騎兵のパレードを持て囃す人々の脳中には、これまで国を守っていたゲドリーとその一党のことなどきれいに消え、傭兵どもは逃げ出したようだと噂する。


王国軍が出陣してから10日が経過、ムンクの軍勢が姿を現す。


その数約3万。

王国と帝国の連合軍とほぼ同数であるが、連合軍が重騎兵と歩兵を主力とするのに対して、ムンク軍はほとんどが身軽な軽騎兵であった。


平原で対峙する両軍だったが、お互いに偵察兵を放ち、様子を伺う。

連合軍を率いるのは帝国の騎士団長である。


「王国将軍のゲドリーという男はどうした?

元は傭兵上がり。勝ち目がないと逃げ出したか?」


「彼ならば先に出陣して地形を確認し、兵糧などを用意していたところです。

帝国騎士団が出張ってくるのであれば、脇役として控えておこうと今は予備軍となっています」


「それは身の程を知った行動だ。

傭兵など勝ちが決まった後の追い剥ぎくらいしか役に立つまい。


さて、東からやって来た野蛮人はろくに鎧も着ていないようだ。

我らの重騎兵の突撃に遭えばひとたまりもあるまい。侵略者は皆殺しにしてやる。

傭兵共に残してやる戦果はないかもしれないな。

ワッハッハ」


豪快に言い放つ騎士団長に釣られて騎士達は大笑いする。


一方、敵軍を視察してきたムンクの軍内でも強気な言葉が飛び交っていた。


「また自慢の重騎兵で突撃か。

これまで東方ナーロッパで散々に打ち破ってきたのに変化がないとは学ばない連中だな」


「馬鹿の一つ覚えですね。

いつもの偽りの敗走で引き出してから包囲殲滅でいいでしょう」


上座にいるのはナーロッパ征服を命じられたムンク四天王の一人、ジューム。

征西総督に任じられ、本国を出てからここまで敗北したことはない。


「では、早速かかれ!」

ジュームの指揮で敵軍に襲いかかる。


連合軍も突撃を始めた。

大司教から神の使いとして悪魔の軍を追い払えと鼓舞され、戦意溢れる騎士団の騎士達は凄まじい勢いで前に出る。


「退却だ!」

暫しの戦いの後、重騎兵に押されたムンク騎兵は引き銅鑼を契機に退却し始める。


「奴ら、早速逃げ始めたぞ。

追え!

二度とこの地に来られぬよう地の果てまでも追い詰めて皆殺しにしろ!」


騎士団長の号令に、我先にと追撃する騎士団だったが、歩兵主体の王国軍はそのスピードについていけず、騎兵主体の騎士団のみが先行していく。

しかし重量のある重騎兵では軽騎兵に追いつける訳もない。


それでも必死で追いかけていくと、やがてムンク軍は上り坂を上って逃げていく。

ムンク軍を追う騎士団は、ぜいぜい悲鳴を上げる馬にムチを入れて坂を上りきった。


そこで敵軍がきれいに陣を構え待ち構えているのを見る。


「帝国騎士団の方々、待ちわびたぞ。

さぁ、地獄への道案内をして上げろ」


ジュームの指揮の下、やっと追いついてきた騎士団は包囲され、周囲から矢を放たれ、騎士も馬も次々と倒れる。


「卑怯者!

正々堂々と戦え!」


そう吠える騎士団長を見たジュームは「あの煩い男を黙らせろ」と命じる。

ムンク騎兵に喉に矢を射られて騎士団長は斃れた。


騎士団が全滅した頃、王国軍が後方から追いついてきた。


「さぁ、次の獲物がやって来たぞ」

ジュームの指揮により、ムンク軍は坂を駆け下りて、王国軍と激突。

巧みな弓馬の技術で翻弄してジリジリと相手を削っていく。


しかし、王国軍はゲドリーに軽騎兵との戦いを教授されていた。

歩兵の方陣を組んで弓を放ち、騎兵の襲撃に逃げ惑わない。

その為になかなか殲滅までは至らなかった。

一部は逃がしたものの、ようやく相手を壊滅させた時にはムンク軍も疲弊していた。


「やれやれ、思ったよりも梃子摺った。

奴ら、歩兵については抵抗のやり方を学んできたか。

とは言え、結果はこちらの大勝。 


一休みすればこのまま、王国とやらの都を襲撃して略奪するぞ!

これだけ抵抗したのだ。

見せしめに国民は皆殺しにするのがよかろう」


ジュームが兜を脱いで配下に命じた時、背後の坂から凄まじい勢いで何者かが大声で叫びながら駆け下りてきた。

その巨大な馬体とそれに乗る人影は人間とは思えない迫力があった。


「おぉー!

貴様が総督のジュームか。

恨みはないが、十年の夢の対価として我が刀の錆となってもらうぞ!」


「その巨体、貴様は王国の傭兵隊長か!

逃げ出したと聞いていたのが潜んでいたのか!」


盛大な出陣式からの連合軍の行軍は全てムンクの密偵から報告されていたが、そこにはゲドリー一党の姿はなく、噂によれば逃亡したとのことと言われていた。


「本当は逃げ出したかったがな。

世の中のしがらみというやつで、そうは上手くいかないわ。

貴様の首がこの世の土産よ」


ジュームの配下の軍勢は戦闘を終えて、武装も取り、酒を飲む者、寝ている者もいるなどすっかり油断していた。


護衛もろくにおらず、気楽にしていたところへの襲撃に誰も対応できない。


「うぉー!」

ジュームは慌てて刀を取るも、ゲドリーの得物である鉞で首を刎ねられる。


普通ならばここで敵軍は崩壊するが、戦闘に熟達したムンク軍はそうはいかない。

最高指揮官がいない中、各自が必死の抵抗を行う。


それでも長時間の戦闘で疲弊していたムンク軍は一人また一人とゲドリー軍に討ち取られ、半数以上を失ってついに逃走した。

ここで逃がせば反撃の可能性がある為、ゲドリーは必死で追いすがる。

水流が渦巻く川を背後にムンク軍の残党を追い詰め、殲滅した。


しかし、練達した戦士であるムンク兵の命を捨てた抵抗は凄まじく、ゲトリーは5000の手勢のうち、3割を失う。

これまで勝ち続けていたゲトリーにとってこれほどの損害を被ったことはなかった。


「鬼神のような奴らを皆殺しにしようとするんだ。

これくらいは死ぬとは思っていたが、その先頭に俺がいるはずだったのだがな」


久しぶりに先頭に立つて鉞を振るい続けたゲトリーの全身は返り血と自らの血により真っ赤である。

数千の軍勢の中で最も敵兵を殺戮しまくった彼を配下は畏れるように、崇めるように眺めていた。


「トーマス、エドワード、ヘンリー、ゴードン、ジェームス、パーシーみんな死んだのか。

奴らとは20年以上の付き合いだ。

まあ、俺ももうすぐそっちに行く。先に行って待っていてくれ」

ゲドリーは戦死者一人一人の口に酒を注いでやる。


古参の幹部たちも激しい戦闘で死亡また重傷を負った者が多い。


ゲトリーが地に膝をつき、仲間の死を悼んでいるところに、ジュリーが娘のキャシーを連れてやってくる。

諜報や補給担当のジュリーには後方で待機させ、敗北と見たらキャシーを連れて逃げてくれと大金を与えて託していた。


「ジュリー、何とか勝てたが、死ぬつもりの俺が生き残って、仲間がたくさん死んじまった」

幼馴染と娘という最も気が許せる相手に呆然としながらゲドリーは愚痴を吐き出した。


その時、

「お父さん、危ない!」


近くの敵兵の死体の山から突然「仲間の仇、ゲドリー死ね!」と斬りつけてきたムンク残党に、咄嗟に反応できなかったゲドリーに代わり、娘のキャシーが薙刀で首を斬る。

その腕の冴えは周囲のベテラン兵を驚嘆させるものであった。


キャシーは9歳だが、普通の15歳ほどの体格を持ち、武芸の上達も著しい。

それも女オーガと言われる一因であるため母のアメリアに武芸の稽古を禁じられていたが、彼女はお父さんと一緒に戦うと、ゲドリー配下に教えてもらっていた。


「ありがとう、キャシー。

助かったぞ」


「お父さん、死にたいなんて言わないで。

せめて私がお父さんみたいに最強の騎士になるまで生きていてよ」


「そこは私の花嫁衣装を見るまではというところだろう」


「男なんて嫌い。結婚なんてしないでお父さんと戦に行くわ。

だからずっと元気でいてね」


ゲドリーは娘の声を聞いて、少しは元気が出たような気がする。


「では急いで帰るぞ。

怪我人を医者に見せねばならん。

誰かピッターフェルドに勝ち戦を知らせろ。

ついでに約束は果たしたとも言っておけ」


『敵軍を殲滅しました!

我が軍は大勝利です』


その知らせを受けて王都は熱狂した。


「やはり東方の野蛮人など帝国の騎士団の足元にも及ばなかったのだ」

「いや、王国軍の活躍が大きかったのだろう」


上は王宮での諸侯諸卿から下は居酒屋での民衆まで好き勝手に言い合う。

侵略されるかもという恐れは黒雲のように王都を覆っていたので、それが一掃されて人々ははしゃいでいた。


そして勝利を誇る軍の凱旋を待つ。

しかし、戻ってきたのはボロボロになった敗残兵達。


徐々にわかってきたのは、皆が祝って送り出した帝国騎士団と王国軍は壊滅され、勝ったのは逃げたかと思っていたゲドリー軍だったということ、その勝利は騎士団や王国軍を捨て石としたもの。


そしてゲドリー軍は、王宮の使いを無視して王都に入らず、王都の傍にある砦に入るとそこから出ようとしなかった。


「ふざけるなゲドリー!

お前たちは騎士団や王国軍の戦いを黙って見ていて、その犠牲の上に勝っただけだろう」


「お前達こそ捨て石になれば良かったんだ。

うちの倅を返せ!」


「私の夫は死んだのに何故アンタ達は生きているのよ!」


大勢の民衆が王都から砦までやって来てゲドリーに野次を飛ばし、投石をする。

砦は固く門を閉じて深閑として何も答えない。

塀を乗り越えて中に押し入った者は半死半生にされて投げ捨てられた。


文句を言う民衆が居なくなった頃を見計らい、女達の一団がやってくる。

その先頭にいるのはアメリア。その背後にいるのはゲドリー軍団の妻達である。


「「あなた、旦那様、生還されたのならば家にお帰りください。

子供達も待っているわ。

ここを開けて話を聞いて!」」


門の前で大声で嘆願すること一昼夜。

疲れ果てて泣き寝入りした彼女らの前で門は開いた。


中に入るとゲドリー以下の将兵が待ち構えていた。

その姿は無傷の者など誰もおらず、血が包帯を滲ませており、手足を失った者も見受けられる。

それだけでも、これまで無傷での勝利を当たり前としていた妻達には衝撃であったが、夫達の顔は妻に向けるものとも思えないほど冷ややかであった。


「俺達をこの国で働かせるために、お前達がいやいや妻になった話は聞いた。

とは言え、10年も連れ添い、根無し草の傭兵どもに暖かな家庭という夢を見させてくれたことに報いるため、こうして命懸けで国を守った。

これで貸し借りなしだと思うが、これ以上何か言うことはあるのか?」


それは、いつも部下の家族には優しい言葉をかけていたゲドリーの声とは思えないほどの冷酷な響きであった。


誰も口を開けない中、一人の女が叫ぶ。


「これで全員ですか。

私の夫トーマスはどこにいますか?」


ゲドリーは天上を指さして言う。

「奴は一足早くヴァルハラで酒を飲んでいるよ」


「そんな・・

いやー!」


「私の夫のエドワードは!」

「パーシー、どこなの!」


ジュリーは戦死者の墓標を示し、そこに夫の名前を見つけた者は泣き崩れた。


「心配するな。

いくら不義不貞の妻でも遺産や報奨金はお前たちのものだ。

その金で愛人と楽しくやればいい。

もう泣き真似はやめろ!」


苦々しくゲドリーは吐き捨てる。


「違うのよ!

あれは国を守ってもらうためにピッターフェルド様に言われてついた嘘なの。

あなたのことを裏切ったことなどないわ。


他の女達も同じ。

みんな行き先もなく困っていたところを結婚してもらいとても感謝している。

誰も不貞や不義などしていない!

信じて!」


ジュリーの妻が血を吐くように叫ぶ。


「そうだとしても俺達のことよりも国や親兄弟を優先したのは事実だ。

つまり国のためなら俺たちは死んでもいいということだ。

俺たちはお前たち妻子しかなかったが、お前たちにとって俺たちは二の次ということに違いはあるまい」


ジュリーは駆け寄ってきた妻を突き放し、そう罵った。


「いつも勝って帰ってきたあなた達が負けるなんて思いもよらなかった。

だって生まれ育った国を離れて他国に行くなんて思いもよらなかったし、宰相様からは少しやる気を無くしているようなので、ショック療法を与えればまた勝って帰るので、この国で今まで通りに暮らせるぞと言われて、そうかなと思ったのよ」


妻たちは必死で弁解する。


話が終わらないのを見たゲドリーは言う。


「もう夕方になる。一晩ゆっくりと夫婦で話し合え。

許して元鞘になるのもよし、許せないとするのもよし。

それぞれがとことん話しをしろ」


そしてゲドリーの私室にアメリアが訪れる。


「ごめんなさい、あなたの心を弄ぶようなことをして。

許されることではないと思うけれど、本当にあなたを愛している。

結婚してから誰にも心も体も許していないわ。

もしあなたが戦死したら後を追うつもりだった。

お願いだから、家に帰ってきて、前と同じように暮らして欲しいの」


涙ながらに頼むアメリアにゲドリーは何も言わない。


長い間の沈黙の後、ゲドリーは話す。


「お前と結婚する時にピッターフェルドに言われた、エリスとお前を同一視するな、違う人間だということをもっとちゃんと聞いておけば良かったよ。


俺も頭が冷えて来ると、ちょうど俺が訪ねたタイミングで睦言を交わすようなことをしているのがおかしいと思ったし、いくら考えてもそれまでに不貞のような素振りは見られなかった」


「ならば帰ってきて、また私を愛してくれるの!」

アメリアは希望に縋るようにゲドリーを見る。


「でも駄目だ。

エリスは、俺がオーガとか鬼とか言われるとどんな相手にでも突っかかっていってくれた。

あいつは俺のことを本当に好きで、どんなことでも褒めるしかしなかったんだ。


お前のあのときの悪口雑言が頭に響いている。吐き気がする。

エリスがそんなことを言うわけがないと身体が拒んでいるんだ。

これはエリスじゃない、アメリアだと言い聞かせているが、お前の顔を見るとエリスを思い出す。

もうお前とは暮らせない。


家も財産もお前に渡そう。

これまで10年間ありがとう」


「殴ってもいい!

奴隷のように扱っても構わない。

もう二度とあなたの悪口なんて命にかけて言わないわ。

どこでも付いていく。

だからもう一度私と暮らしてよ、お願いだから!」


アメリアがいくら泣いて訴えてもゲドリーは黙って酒を飲むばかり。

やがてゲドリーはベッドで横になり、アメリアは恐る恐るその隣に身を横たえた。


(もうダメなんだわ。

殺されてもあんなことを言うんじゃなかった。

国なんか捨ててこの人について行けば良かった)


思うことは後悔ばかり。

今日が最後だと思い、眠っているゲドリーの大きな背中に抱きつき、泣きながらアメリアは眠った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者様の中編小説からしか得られないエネルギーがあります。 本作もとても素晴らしいです。心から応援してます。
[良い点] 娘には本心から好かれてる様で良かった。 [気になる点] あまりにもアメリアが哀れ・・・ [一言] どんな終わりになるにせよ王子と宰相は相応の報いを受けて欲しい。
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