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甲冑を着たオーガと拝領妻  作者: デギリ
5/11

裏切り

ピッターフェルドは徹夜してようやく一つの策を考えついた。

その策は信じてくれる友人を裏切り、自らの命をも危うくするものであったが、国を預かる宰相としての責務を考えるとやむを得ない。


「誰かゲドリー将軍の家に行き、奥方にこれを渡してくれ」


アメリアはゲドリー不在時の辺境伯の代行者でもあり、宰相府からもよく連絡していたため、誰もなんの疑問も持たずにその手紙は届けられる。


その午後にアメリアは一人で宰相府にやってきた。

「国の存続に関わるお話と聞きましたが、夫とお話になることではありませんか?

それにしてもピッターフェルド様はお顔の色がよくないように見えますが」


アメリアの疑問にピッターフェルドは青白いな顔色で返答する。


「ハッハッハ、そりゃそうだ。

友とその家族をメチャクチャにすることを企んでいるクズが私だからな」


そして昨日のゲドリーとのやりとりを彼女に話す。


「なるほど、だから家に帰宅すると配下を集めて旅に出る用意をしておけと言ったのですね。

夫がその覚悟ならば私もそれに従うまで」


「ゲドリーは他国人だからそれでいい。

でも君はこの国で生まれ育ってきたし、今は領民もいるのだろう。

生まれ故郷の親兄弟やこれまでの友人、君を慕っている領民が無残に殺されてもいいのかね」


そう詰められたアメリアは黙り込む。


「そこで協力してほしいのだ」

ピッターフェルドはさっき書いたばかりのメモをアメリアに渡す。


「こんなこと、できません!」

一読したアメリアは真っ青になって叫んだ。


「いや、やってもらわねばこの国は滅びる。

どうせ王の子を托卵しているのだろう。

もう一度裏切っても同じだ」


「何を言うの!」


冷笑するピッターフェルドにアメリアは激昂してテーブルのコップを投げつけた。


「知らないと思っているのはあなただけだ。

なにせ王があちこちで話して回っているからな」


「では夫も・・」


「それはわからない。

さすがにゲドリーに、あなたの子どもは王の種ですと言えるほど妥協のあるやつはいないだろう。

いずれにしても、その策はあなたの協力無くしてはできない。

死ぬほどに辛いとは思うが、国のために頼む」


ピッターフェルドは土下座してアメリアに頼んだ。


それからどう帰ったかアメリアは覚えていない。


帰宅すると、庭でゲドリーが子どもやジュリー達配下とバーベキューをしていた。


「アメリア、早く来い。

肉がなくなるぞ!」


ゲドリーが笑って叫んでいる。


「お母さん、お帰りなさい!」


子どもたちが走り寄ってきた。


(このまま時が止まればいいのに)

アメリアはにこやかな外見を作りながらそう思った。


1ヶ月後、ムンク帝国からの使者が来た。

「チンギー帝はありがたくも今恭順すれば、このままの状態で我が領国となることを認めようと言われている。

直ちに服属するがよかろう」


(つまり今降伏すれば略奪暴行は行わないということか)

ピッターフェルドは頭で計算する。


「予もそのまま在位してよいのか」

ロビン王が身を乗り出して尋ねると、使者はふんと鼻で笑った。


「一国が滅びるときに誰かが責任取らずにどうするのだ。

王は国とともに滅びるべきだろう」


「何!

ならば恭順などしない。

徹底的に抗戦してやる!

まずはこの生意気な使者を斬れ!」


ロビン王はそう言うが、そこに集まっていた臣下は誰も動かず、兵権を預かるゲドリーの様子を伺う。

そのゲドリーは腕組みをして瞑目していた。

眠っているのかと思わせるほど身動きしない。


ピッターフェルドがその場を預かり、しばらく検討の時間を貰うこととする。


それから連日行われた御前会議は開戦派と恭順派が睨み合う。

開戦派は王を筆頭に文官や多くの貴族であり、恭順派はゲドリー達と一部の国外の情報に明るい貴族や商人達。


ピッターフェルドは中立を保っていた。


「ムンクの大軍はこれまで負けたことがなく、圧倒的な戦力だ。

勝ち目がない」


「国の主権を捨てて異民族の支配下に入ってもいいのか。

西方のナーロッパ諸国や皇帝、更に教皇からもここでムンクの防波堤となるように要請が来ている。

国民も対ムンク戦を望む声一色であり、異民族をやっつけろと叫んでいる。

ここで降伏などすれば民の反乱が起こるぞ」


「そもそも外敵から国を守るために将軍位や辺境伯を与えられたはず。

常勝といえばゲドリー将軍もそうでしょう。

家庭と大邦を貰って臆病風に吹かれたか」


ついにゲドリーを侮辱する言葉まで飛び出し、怒ったゲドリーの配下は刀を抜こうとした。


「やめろ。

あんたらの言うこともわかる。

もしも存分に暴れろと言うなら初戦ぐらいは勝って、ムンクの鼻っ柱を殴ってきてやる。

しかし、こちらは戦争一回分の戦力しかないが、向こうは無尽蔵の戦力だ。

一度怒らせた巨獣は此地を皆殺しにするまで暴れるぞ。

いいのか」


立ち上がったゲドリーは配下を手で押さえて、静かにそう言った。


誰もが気勢をそがれ、会議はその後無言で終了する。


会議後に宰相の執務室に寄ったゲドリーはピッターフェルドに囁くような声で告げる。


「俺たちがいるから勝てると思わせているようだな。

だからなるべく早急に逃げ出すことにする。

今まで世話になったな。

後は上手くやってくれ」


「待て!

お前がいなければ困る」


ピッターフェルドに答えずにゲドリーは出ていった。


(急がねばならん)


ピッターフェルドはアメリアに手紙を書き、火急に持って行かせる。


数日後、再度の御前会議が開かれる。

もう約束の期限まで時間がない。

今回はピッターフェルドは開戦側に回った。

皇帝や教皇と交渉して援軍や資金をもらうことに成功したと発表する。


「おぉ、皇帝陛下の高名な騎士団にも来ていただけるとは。

これだけの戦力があれば東の野蛮人など鎧袖一触。

臆病者の将軍とその配下もこれで安心でしょう」


開戦派は歓声を上げた。


一方、国内ではムンクと戦えと民衆は連日開戦を求めてデモを行っていた。

義勇兵も続々と応募され、青壮年の半分もが兵士になろうとし、応募しない男は女たちに白い目で見られていた。


非戦を主張するゲドリー達の家には罵詈雑言が投げ付けられ、投石が行われていた。


「血塗れオーガ、貴様などこういう時のために飼われていたのだろう。

野蛮人と戦って共倒れしてこい!」


「そうだ。

他国の山賊上がりが大貴族にしてもらったのだから、その恩をここで返せ!」


「お前の後は王様のタネの子どもが継いでくれるぞ

ワッハッハ」


下卑た野次が飛び交い、アメリアは子どもに聞かせるまいと家の中に閉じこもっていたが、この日はゲドリーが王宮に出かけた後、真っ暗な顔をして出かけた。


御前会議は開戦派が勢いづくが、ゲドリーはそれぐらいでは勝てないと譲らない。

いつもの平行線の主張にお互いに疲れ、長い休憩を取る。


ゲドリーが大将軍に与えられた部屋でエールを飲んでいると、屋敷にいるはずのアメリア付きの侍女が廊下を歩いていた。


「ケリー、何故ここにいる。

アメリアもいるのか?」


「ご主人様、奥様は宰相様に呼ばれてこちらに来られています」

何も聞かされてない侍女は悪気もなくそう答える。


「ならば一緒に帰るか。

もうこの不毛な会議に出ていても仕方ない」


ゲドリーは宰相の執務室に向かう。

彼を見て、掃除をしていたメイドが微かに鈴を鳴らす。


部屋の前で聞き慣れた声が聞こえる。

そのなめまかしさにゲドリーは足を止めた。


「こんなところまで来いなんてひどいわ。

夫がいるのよ。

見つかるかもしれないわ」


この声は間違いなくアメリアの声。

こんな淫らな声を誰に聞かせているのだ!


「私がいくら戦えと言っても、あのオーガは嫌がるのだよ。

戦うしか能がないのだから、さっさと行けばいいものを。

アイツに腹が立って思わずここまで呼んでしまったのだ。

許してくれ」


この甘ったるい声はピッターフェルド。

コイツはこれまで妻も娶らずにあちこちで浮名を流しているとは聞いていたが、まさか俺の妻にまで手を出していたとは!


「ピッターフェルド、あなたが愛人にしてくれるというからあのオーガへの降嫁にも応じたのよ。

あの恐ろしくて汚らしい男に抱かれるのがどれほど苦痛だったか。

ちゃんと愛してくれなければ約束違反だわ」


「ああ、君は実に上手くあの野獣を操ってくれたね。

もうひと踏ん張りだ。

今度の戦争でアイツが死ねば君を正妻に迎えよう」


「嬉しいわ。

この時を待っていたの」


その後抱き寄せ、口づけをするような音が聞こえたのを最後にゲドリーは踵を返して廊下を急ぎ足で戻る。


廊下で再び鈴の音が響き、ピッターフェルドとアメリアは偽りの抱擁を止めた。

ふたりとも顔色は真っ青である。

汚らわしい場所から早く離れたいとばかりに無言で帰宅しようとするアメリアに、ピッターフェルドは言う。


「すぐに帰ると激怒したゲドリーに何をされるかわからないし、君が白状すれば命懸けの大芝居も台無しだ。

しばらくホテルに泊まっていることだ」


ひょっとしたら怒ったゲドリーが見境なく斬り掛かってくるかもしれない、その時は及ばずとも何合か抵抗し、その間にアメリアを逃がそうと考えていたピッターフェルドは、アメリアに注意する。


「わかったわ。

あなたの計算通りにあの人が出陣するまでホテルにいるわ。

そもそも会わせる顔もないし。


でも、もしあの人が戦死したら私は後を追うつもりよ。

その時は私達の子どもの面倒を見て」


「勿論だ。

こんなことしか思いつかない私を軽蔑してくれ」


そしてアメリアは足早に出て行った。


その頃ゲドリーはちょうど出くわした侍従を捕まえて、「お前らの言う通りに出陣してやると王とピッターフェルドに言っておけ」

と怒鳴りつけ、館に馬を疾走らせた。


そして郎党を集めて、俺は戦に行くぞと言い放つ。


「ただし、勝てる見込みは薄い。

行きたくない奴は家族を連れてこの国を出ろ。

退職金を出してやる」


誰もでていく奴はおらず、逆に暗い顔をして、俺たちも出陣しますという。


「どうした?」

「揃ってカミさんに言われました。

私達の国を守るためにあんた達と結婚したのよ。私達はいわば国の為の生贄。

どこか他国に出ていくって言われても付いていくわけがないでしょう。

十年もいやいや付き合ってあげたのだから死んできてと」


「不貞や托卵を告白された奴もいます。

俺らなんて所詮は傭兵や山賊上がり。

貴族の嫁にバカにされ、見下されていたのだとわかりましたよ」


「俺の嫁はあんなに愛していると言ってくれていたのにな。

あれが全部嘘だったとは・・」


「うちのナンシーは、嫁の幼馴染の子種だとよ。

そもそもそいつと結婚の約束をしていたらしいわ。

あんなにかわいがっていたのが他人の子だとはな」


みんな、半泣きでヤケクソで笑っている。

ゲドリーも同じ顔だった。


「ハッハッハ、俺も同じだ。

所詮は血塗れオーガとその部下に暖かい家庭は似合わんか。


しかし今更他所の国で傭兵稼業をするのもしんどすぎる。

この国で十年夢を見させてもらったお礼に死にに行くか」


「「頭領、お供します!」」


逃げ出す用意をしていたので、出陣の準備はすぐに整った。


「お父様、どこかに行くの?

あたしも連れて行って」 


愛娘のキャシーがやって来た。

この娘が己に似るがために、オーガの娘、女オーガといじめられていることをゲドリーは知っている。


(俺が死ねばこの娘はどうなることか。

ここに置いておけば誰にも守ってもらえずに非道い目にあわされるだろう)


もはやゲドリーはこの国の誰も信じられない。


「では一緒に行くか」

 

ゲドリーは娘を鞍の前に座らせて出陣する。


王や家臣、民衆、そして家族も誰一人見送りのない寂しい出陣であった。


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