幸せな日々と迫り来る戦雲
婚儀の時間が迫る中、アメリアは涙の跡を化粧で隠し、花嫁衣装を美しく着用する。
王宮の広間ではゲドリーが着なれない正装をなんとか身につけ、大将軍と辺境伯を授けられていた。
ゲドリーは、アメリアを目ざとく見つけると、照れたように笑いかける。
強面に全く似合わない邪気のない笑顔に、並み居る高官達は驚愕するが、アメリアは笑って応える。
二人の笑顔をロビン王は睨みつけていた。
ゲドリーがたんまりと教会にお布施を握らせたお陰で、婚儀は司教の進行のもと、ゲドリーの適当な振る舞いに合わせつつ、どこの王族かと見紛うばかりに豪奢に行われた。
アメリアがロビンの側室となった時には、王宮に一室を与えられたのみで、なんら婚儀らしいことをされなかった。
それが今や王や宰相を筆頭に国内の顕官や貴族が並んで、二人の結婚を祝っているーたとえそれがピツターフェルドの強制であってもーことは身が震えるほどの喜びであった。
そして、婚儀が終わると、そのままゲドリーに手を引かれて、元は大公の館だったという豪邸に入る。
玄関で大勢の従者が立ち並び、挨拶する中、ゲドリーは大声で叫ぶ。
「飯だ!
くだらない儀式で腹が減ったぞ。
俺とアメリアに特別美味い飯を持ってこい!」
予期していたのか、ゲドリーの最側近のジュリーが、近寄ってきて言う。
「ゲドリー、大声を出すな。花嫁が驚いているぜ。
そういうと思って飯はこちらに用意してある。配下一党も揃って待っているぜ」
「それは手回しがいい。
これからベッドで一戦交えなきゃいかんから、酒は抜きだ。
エリス、いやアメリア、俺の自慢の手下達を紹介するぜ」
ゲドリーは大食堂に集まった数十人の主だった幹部クラスの配下を一人一人名前を呼んでアメリアに紹介する。
「お前ら!
これからアメリアが俺の嫁だ。よく覚えておけ!」
「「姐さん、よろしくお願いします!」」
強面の男達に頭を下げられ、アメリアは戸惑った。
男たちが飲み食いし、冷やかすなどの賑やかに宴会の時間が続いた後、そろそろいいかとゲドリーはアメリアを抱き上げ、食堂を出る。
ヒュー!あちこちから歓声が上がる。
アメリアは羞恥で顔を伏せるが、ゲドリーはニコニコして手を振りながら寝室に向かった。
ベッドでは思いの外、ゲドリーは優しかった。
「よく来てくれた。
これからここがお前の家だ。
浮気不貞以外ならばなんでも好きにしていいぞ」
そしてマグマを爆発させる時に、「俺の子を産んでくれ!」と叫んだ。
それから何度抱かれたのかアメリアは思い出せない。
翌朝彼女は、隣に眠る男のうなされる声で目が覚める。
「エリス、エリス、やっと会えた。
もうお前を離さない。
ずっと俺の隣にいてくれ」
夢の中で涙を流し、嘆願する男に対して、アメリアは迷子となった幼子をあやす様に頭を撫でる。
そして内心で呟く。
(私のことを婚約者と重ねているのね。
ならば昨夜のロビンのレイプのことを話すと、きっと婚約者を汚されたように感じ、ロビンのことを殺すに違いない)
心の染みのように気にはなるが、平和な生活を守るため、昨晩のレイプのことは黙っておくこととする。
あとはロビンの子を孕まないことを祈るのみ。
それからのアメリアは、通常の貴族の家のように家事を使用人に任せることなく、自ら甲斐甲斐しく夫の世話を焼き、また辺境伯夫人として、家内や領内のことを取り仕切り、たまには傭兵団変じて家臣団の面倒を見た。
頭領のゲドリーが娶った今、家臣達も妻を求める。
山賊上がりの男に嫁ぐなんてと白眼視される中、アメリアは中下級貴族の行き先のない次女三女を説き伏せて娶せ、家臣の人心を得る。
多忙の中で、アメリアの懐妊がわかる。
大喜びするゲドリーをよそに、タイミング的にロビンの子かも知れないと思うアメリアの心中は複雑であった。
産まれた子は男の子であったが、その顔を見た時にアメリアは目の前が真っ暗になった。
その顔立ちは間違いなくロビンの子である。
喜ばないアメリアの様子に産婆や侍女などが事情を察しておし黙る中、アメリアは全員に口止めをし、外で待ち侘びるゲドリーを呼ぶ。
「おお、男子か。
俺に似ずに良い男のようで何よりだ」
ゲドリーと配下は世継ぎの誕生に大喜びであった。
アメリアは産後落ち着くと、すぐに次子を産みたいとゲドリーにねだった。
早く彼の本当の子供を産まなければ落ち着かない。
その一年後、今度は女の子が産まれる。
今度は見るからにゲドリーの特徴を受け継いでおり、アメリアは安心するも、ゲドリーは己と似たその子を哀れんだ。
妻子を得て、ゲドリーの戦い方も変わる。
これまでのように自ら単騎で突撃する様なことはやめ、子飼いの指揮官を前で戦わせて、後方から軍勢を指揮する方法を取る。
その戦い方でもゲドリーが常に勝利を得た。
正統性に欠けるロビン王を、足元が弱いと見て、周辺諸国や疎外された貴族が攻めかかる。
これらの国内外の外戦、内戦に全て勝ち抜き、常勝将軍の名を確たるものとするゲドリーと、諸外国との外交と、貴族や平民のバランスを保った内政を行うピッターフエルドのお陰で王国はそれから10年間安定した発展を遂げる。
その間、アメリアは長子ジョージが大きくなるにつれて、ますます王ロビンに似てくることが気がかりでならなかった。
王はしばしばゲドリー一家を宮廷に招待し、ジョージの顔を見てニヤニヤしていた。
托卵が成功したことにより、ゲドリーに優越感を得ていることがアメリアにはよくわかる。
ゲドリーは勘のいい男だ。
アメリアは、その彼がこの件について何も言わず、ジョージと娘のキャシーを同じように溺愛していることが不思議であった。
キャシーが女の子であったため、もう一人は男子を産みたいと熱望していたアメリアだが、キャシーを産んだ時に体調を崩し、これ以上の出産は命の保証ができないと言われ、ゲドリーから止められていた。
(心の底から私を愛してくれているあの人に償うためには、命に替えても男子を産みたい!)
昔の婚約者と重ねているところがあるとは言え、ゲドリーは多くの貴族に勧められる側室を全て断り、娼館にも行かずに、アメリア一人しか眼中に置いていない。
そのゲドリーに言えないまま、彼の子としてロビンの子を育てていることを思うと、アメリアは心苦しい。
アメリアも自らが子を産めないのならば側室を持ってくれるように頼んだが、ゲドリーは不思議そうに返す。
「もう男女とも子はいる。
それにお前以外の女との子どもはいらない」
平穏の日々が続く中、急報が来る。
ナーロッパ諸国の東方が遊牧帝国ムンクに侵略されつつあるという。
東の隣国から救援の使者が来た。
「見返りもなく救援を頼むとは、虫のいいことだ」
過去に攻められたことはあれど今はそれなりに友好関係にある隣国の助けを求める書簡を読み、吐き捨てるように言うロビン王を無視して、ゲドリーはピッターフェルド宰相に、偵察がてら援軍に向かうと言う。
遥かに広がる草原地帯の遊牧民は戦闘において凄まじい破壊力を持つと傭兵達は言い伝えてきた。
ゲドリーはその実像を掴みにいきたかった。
数百の騎兵だけを連れてゲドリーは戦地に向かう。
恐ろしい強さと残虐性を持つというムンクの軍団に向かっていく夫と配下が心配で、アメリアは度々子供を連れて最新の情報が入る宰相府に赴き、ピッターフェルドに状況を問いただす。
その途中、呑気に狩りや観劇に行くロビン王に出会うと、彼はキャシーを無視して、アメリアとジョージに近づき、抱きしめようとする。
アメリアはその手を振り払い、ジョージは嫌悪の目で彼を見て呟いた。
「父上は国を守るために出陣しているのに、国王たるあの方は遊び呆けてばかり・・」
やがて急使がやってくる。
「隣国はムンク帝国に大敗。
けれど我が軍はゲドリー将軍の指揮で無傷で撤退しています」
緊張した雰囲気がホッと落ち着くが、ピッターフェルドは強い語気で文官に言う。
「何を安心している!
隣国が侵されたということは次は我が国だ。
どうするのか早急に対策を立てねばならぬ」
数日後帰還したゲドリーはすぐに宰相府にやってくる。
「あれは勝てん!
あの死をも恐れない勇敢さ、弓馬の卓越した技術、どれをとってもこの国の軍勢では太刀打ちできん。
さっさと降伏することを勧めるぞ」
「やはりそうか。
降伏は視野に入れているが、前例を見るとそれには国王の死は必要だ。
当然王は降伏に絶対反対だ。
それに西方からは皇帝や教皇から徹底抗戦を命じられているのだ」
ピッターフェルドはため息混じりにぼやく。
「知るかそんなこと。
そもそも王などこういう時の責任を取るためにいるのだろう。
ロビンなど政治も戦も俺たちに任せて遊び呆けているじゃないか。
あんな奴の首で済むなら安いものよ。
皇帝や教皇はこの国を肉壁にして時間稼ぎしたいだけだろう。
相手にする必要はない」
「国同士の付き合いや信教の問題もあり、そういう訳にもいかん。
それに国民は戦争を叫んでいる。
隣国には親戚知人も多く、彼らがこの国に逃げ込んで来ているからな。
ここで降伏や和平など言えば、群衆がこの王宮になだれ込んでくるぞ」
苦笑いしてそう話すピッターフェルドにゲドリーは冷たく言う。
「ならば勝手にしろ。
俺たちはここで面子のために無駄死にしてやるほどの恩は受けていない。
家族と郎党達と他所にいかせてもらうからな」
「待て、お前に抜けられては困る。
お前が死ぬ気で戦えば勝てるのではないか」
「油断させて初見殺しを使い、刺し違える気で行けば初戦は勝てるかもしれない。
しかし、相手は大国。二の矢、三の矢とくれば絶対に負ける。
俺にも守りたいものができた。
そんな死にに行くような戦はやらん」
そう言うと話は終わったとばかりにゲドリーは出ていった。
「くそっ。アイツの言う通りだが、せめて一勝はしてからの和平に持ち込まなければ我が国は保たない。
なんとか奴を死に物狂いで戦わせることはできないか」
宰相の執務室では深夜までピッターフェルドの呻く声が聞こえた。