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甲冑を着たオーガと拝領妻  作者: デギリ
3/11

側妃アメリアの降嫁

王城の後宮には正妃と側妃達の部屋が連なっている。正妃や身分の高い貴族の娘は広くて、王の居室に近いところを与えられる。


その中で遠方の狭い部屋がアメリアの与えられた部屋である。


彼女は貧乏騎士の実家から伝手を辿り、出稼ぎのようなつもりで宮殿に侍女として仕えに来ていた。


そして、ロビンが王位に即くとは誰も思わない、ただの第二王子だった時に、彼の身の回りの世話を命じられた。


そこそこの美貌と優しい性格を気に入られて、そのままお手付きとなり、彼の即位に伴い側妃となったが、近頃はめっきりと訪れられることが無くなっている。


そんな彼女の元に久しぶりに王の近侍から今夜の訪問の予告があった。

アメリアは彼女の侍女に手伝わせて、懸命に身繕いして王の訪れを待つ。


やって来たロビン王はひとしきりアメリアの歓待を受けた後、憂い顔で話を切り出した。


「ここの後宮の暮らしはどうだ?

王子の側仕えの時は気楽で良かったが、王の後宮に入ると外にも出られず窮屈だろう。


また、アメリアが騎士の出で後見となる貴族もいないことから虐められ、肩身の狭い思いをしているとも聞いている。


いっそここを出て、外の者に嫁いだ方がお前の幸せではないか」


えっ、アメリアは言葉を失った。


王宮でしばらく勤めてから田舎に帰り自分に見合った相手に嫁ぐつもりの彼女を、自分の側室として面倒をみると強引に抱いたのはロビンである。


また、挙兵した後に、勝ち目がないと正室や側近にも見放され、後悔して泣いていたロビンを、アメリアは一生懸命に励ました。


それが、即位してから掌を返すように、大貴族の娘達が寄ってきた。

ロビンは戦争時に離れていった正室を離縁し、中立派の最大貴族である公爵の娘を正妃に立てた。


貴族の勢力バランスからそれはやむを得ないとアメリアは思う。


しかし、その後も多くの高位貴族の令嬢を後宮に入れ、アメリアのところには寄り付きもしなくなったことは許せなかった。


ようやくの訪問が用済みとの宣告とは、アメリアはせっかく着用したドレスを翻して、奥に引き込み、王との話を打ち切った。


しばらく待ったが、呼びかけても出てこないアメリアを諦めて王は去った。


翌日、泣き疲れて眠ったアメリアのもとに、宰相のピッターフェルドが訪ねてきた。


ロビンの後ろ盾である彼とはロビンが第二王子のときに侍女としても側室としても親しく話をしていた仲である。


「降嫁の話なら聞きません!」


顔を合わせるなりそう叫ぶアメリアに対して、ピッターフェルドはまあまあと手で押さえて、有名店の菓子を差し出して言う。


「昨晩からなにも食べてないでしょう。暖かなお茶を飲んで、これを食べて落ち着こう」


そう言われてお腹がペコペコなことに気づき、お気に入りの菓子を食べて少し落ち着いたアメリアはようやく話しを聞く気分となる。


ピッターフェルドの言い方は柔らかかったが、内容は厳しかった。


王になったロビンには多くの有力貴族の娘が寵を競うこととなり、後ろ盾のないアメリアが寵愛を受ければ自身や、また産まれればその子にも危害が加えられる可能性が大きい。


後宮など嫉みと憎悪、怨恨の世界だ。

ここで不審な死を遂げた者は数えきれないほど存在するが、真相が明らかになったことはない。


後宮という不気味な世界で、見えない敵に怯えたり、来ることのないロビンを待って、死んだように暮らしているよりも王からの下賜として大切にしてくれる男へ降嫁したほうがよい。


そう諄々と説くピッターフェルドに、アメリアは爆発する。


「それで、私を誰のところに追いやろうとしているのよ!」


「名前を聞いた事があるかも知れないが、今度の戦の立役者であるゲドリー将軍だ」


「血塗れオーガと噂される男になんて・・

私は生贄なの?」


後宮の女達にも色々な人物の噂は聞こえてくる。

それも面白おかしく誇張された噂だ。


ピッターフェルドは怒ることなく、粘り強くゲドリーについてその並外れた武勇と、彼の不幸な過去を語った。


「なるほどね。

その許嫁の方とわたしがよく似ていると。

そして、ゲドリー将軍の心の隙間を埋めて、国に仕えるようにして欲しいということかしら。


不要になった私をいいように使おうとしているのが見え見えだわ。


でも、そのエリスという方が羨ましい。

命を賭けるほど愛されていたのね。


それに比べて、自分の言ったことにも責任持たずに女を弄んで捨てようとするあのお方は・・」


もともと聡明なアメリアは冷静になれば、もうロビン王のことは見放すだろうと、ピッターフェルドは考えていたが、その通りの展開となった。


そして、翌月にある戦勝パーティにおいて、そこに出席してゲドリーと顔合わせをするように頼み、その場を後にする。


アメリアは今聞いたゲドリーという男について静かに思いを巡らした。



さて、ここまでは計画通りに運んだが、その後、翌月の戦勝パーティに、ゲドリーを出席させるのにピッターフェルドは大汗をかいた。


もはや酒や美食、女の遊興にも飽きたゲドリーは、戦場が恋しいと、契約金の後金を貰って、この国を出ると言って聞かなかった。


それを宥めすかし、ピッターフェルドはなんとかゲドリーに王宮まで足を運ばさせる。


ピツターフェルドの指定した時間にやって来たゲドリーだが、戦勝パーティまでまだ随分と時間がある。


「庭でも散策していてくれ」と案内されたゲドリーは、そこで女の悲鳴を聞く。


「正妃様が散歩に来られているのに、この下賎な女は何を邪魔しているの?

ここは王族の為の庭。陛下の気まぐれで拾われた者が来ていい場所ではないのよ」


ピッターフエルドに言われて、庭で偶然の遭遇を装ったゲドリーとの顔合わせの為にやってきたアメリアであったが、その前に正妃一行に出会い、叱責を受けていた。


アメリアは宰相の許可を取ってあると返答するが、正妃たちは聞く耳を持たない。


侍女一人だけを連れてきたアメリアを正妃達は取り囲み、罵倒した上に、護衛の女騎士に護身用の木剣で打擲するように命じる。


正妃にすれば、王子時代から寵愛を受け、不利な継承戦の時も側にいたというアメリアは目の上のたんこぶ。この機会に打ち据えて殺すか半死半生ぐらいにしてもいいと思っていた。


「やめて!」

叫ぶアメリアに撃ち下ろされようとする木剣は頭上で消失し、細かな木片がばらばらと落ちてくる。


「おいおい、そんなに戦がしたければうちの傭兵団にくればどうだ?

いや、リンチが得意なだけなら街のチンピラが似合いか」


遥か上の方から迫力ある重低音の声が正妃たちを嘲弄する。


「無礼な!貴様、この方を誰と心得る・・」

キッと正妃に随行する者がそちらを睨むが、声が途中で途切れた。


そこには、人とは思えない巨大な身体が木剣をつまみ上げ、にぎり潰していた。


影となっているその顔を目を凝らして見ると、幼い頃に読んだ絵本に出てくるオーガや鬼を思い起こさせる。


ジロリと睨まれた女達は、悲鳴を上げ、逃げ惑い、中には腰を抜かす者もいる。


阿鼻叫喚の中、アメリアは突如現れた男を呆然と見ていた。


田舎の貧乏騎士の娘だった彼女は、この男を見て、怯えたり、畏怖するよりも、生家近隣でよく見かけた、血と汗に塗れた泥臭い騎士や従士を思い出す。


田舎の騎士社会で最も侮られ、馬鹿にされるのは相手に舐められること。

舐められない為に自ら顔に傷を入れるものすらいる。


そこではロビンのような軽い雰囲気の美男子は、まず喧嘩を売られ、そこで負ければ女達からも歯牙にもかけられない。


周囲の敵対騎士、奥深い森から出てくる蛮族や野獣から家族や郎党を守らない男に何の価値もない。女であっても容色と同等以上に男の留守を守れる胆力が重んじられた。


血統の次に、美男美女に高い価値がある宮廷の価値観では下の下のゲドリーの顔は、相手を恐れさせるだけでも田舎では認められる。


彼女はロビンに抱かれるまで、いずれは田舎に帰り、そんな強面の誰かに嫁ぐのだろうと思っていたのだ。


ゲトリーの顔を恐れることもなく、久々に見る強面の男を懐かしく思う。


一方、ゲドリーはアメリアの顔を見て、呆然とし、小さな声で「エリス、生きていたのか・・」と呟いてから思い返すように首を振る。


「いや、確かにおれはアイツの遺体を抱きしめ、土に埋めた。

馬鹿なことを言うな」


己に言い聞かせるように独り言を言うゲトリーに、アメリアは救ってくれた礼を言う。


そこに、それまで陰で見守っていたらピッターフェルドが現れ、二人をそれぞれに紹介する。


「まだパーティまで時間がある。

折角の機会だ。茶でも飲もう」


ピッターフェルドの案内で東屋に行き、3人は歓談する。と言っても、多くはピッターフェルドがアメリアにゲドリーとの付き合いを語り、彼女がそれに質問するという形であったが。


(そろそろ良いか)と思ったピッターフェルドはアメリアを帰して、ゲドリーと差しになる。


まだ惚けているゲドリーに、ピッターフェルトはずばり聞いた。


「ゲドリー、あの女が欲しいか?

この国に仕官するのであれば、私がなんとかしてやろう」


「適当なことを抜かすな!

あれは王の側妃だろう。おいそれと貰えるものではなかろう!」


声を荒げるゲドリーに、魚は釣り針にかかったと内心でピッターフェルトはほくそ笑む。


「万難を排してそれをなんとかしてやろう。

だからお前はこの国の将軍となるのだ。

いいな」


返事をしないゲドリーに厳かに言い渡すと、ピッターフェルトは我が策成れりと心中でほくそ笑む。


暫し宰相の執務室で落ち着いた後に王宮に向かうと、大広間で既にパーティは始まっていた。


上座に座るロビン王には美貌を誇る王妃の他にアメ多くの妃が側に侍る。その末端にアメリアはいた。


「ふんっ!!」


数人の衛兵が開けようとするのを押しのけて、大広間の巨大な扉を自ら開いてゲドリーが姿を現すと、喧騒が消え、小さく悲鳴や慄く声が聞こえる。


「誰がオーガを連れてきた。

ここは野獣の展覧会か。

よく聞け、貴様のような野獣は森に帰るが良い。

さっさと往ね!」


ゲトリーの面前に向かい、そんなことを言うのは、今最大勢力を誇る正妃の実家である公爵家の嫡子。


己の権勢を見せるためか、ゲドリーを侮り、嘲笑する。


「ふっふっふ。

若鳥は己を知らずか。

ここが戦場でなかったことを感謝しろ」


不気味にわらいながらゲドリーは巨大な掌で彼の頭を掴み、持ち上げると、ミシミシいう音が周りに聞こえ、若い貴公子は泣き叫ぶ。


「やめろ!

衛兵よ、ヤツをなんとかしろ!」


その命に従い、ゲドリーを取り押さえんとした衛兵は容易く蹴られ、壁に当たって血を吐く。


頭蓋骨を締め上げた後、公爵家世子の顔面を軽く殴り、壁に叩きつけ、その美麗な顔を血塗れとするとゲドリーは、突然の騒乱になすすべも無い王に向かう。


「ご裁定頂けますか、我が王よ」


ロビン王は震えながら「ゲドリー将軍は我が股肱の臣下。彼を侮辱することは許さん」と言う。


そして、王のその隣にピッターフェルトが赴き、その耳に呟くと、王は臣下を見渡して語る。


「ゲドリー将軍は、我の擁立に当たっての大功を立てた。諸侯諸卿はそれを肝に刻み、彼を軽んじることのないようにしてもらいたい。


そして彼のその功績に報いるため、ゲドリーを大将軍及び辺境伯に任じるとともに、彼への信頼の証として、我が愛する側妃アメリアを降嫁させる。


皆の者、祝ってくれ」


その悄然とした言葉を聞き、列席している妃達や貴族夫人は一斉にアメリアの方を見る。


その視線は、堕ちていく者への嘲笑や哀れみ、好奇心と様々である。


アメリアは無表情を保ちながら、王の面前にいるゲドリーの隣に立ち、王に対して「畏まりました」と述べる。


呆然と言葉もないゲドリーの近くに、ピッターフェルドが向かう。

そして彼の代わりに王に礼を述べた。


「前例のない厚遇に言葉もありません。

王のため、国のために粉骨砕身の覚悟で働くと申しております」


そして足元も覚束ないゲドリーを連れて、王宮から退出した。


ピッターフェルドの屋敷に着き、ゲドリーはようやく目が覚めたようだった。


「貴様、俺を嵌めたな!」


「お前にも王にも最善となるように取り計らっただけだ。

それともアメリア妃は要らなかったかね」


「アメリアというのか。

容貌も声色もエリスにそっくりだ。

存在を知ったからには手にいられずにはおられない。

王がダメと言うなら王宮を襲撃して奪うまで。

感謝するぞ」


「言っておくが、彼女はアメリアで、お前の幼馴染のエリス嬢とは違うことを認識して、彼女と接してくれ」


ピッターフェルドの声も耳に入っているのか、こんなに浮かれるゲドリーを初めて見た。


そしてピッターフェルドは秘蔵のワインを取り出し、2人で乾杯した。


その一週間後、翌日に結婚式という夜、アメリアは部屋で荷造りをしていた。


あの後、ゲドリーからは一刻も早く来てもらいたいとの強い申し出があり、叙任式と合わせて、一週間後という短期間での結婚式の予定となり、彼女は慌ただしかった。


「陛下が来られました」

侍女が声をかける。


あのパーティ以来、彼女は王に会っていない。

もはや彼女の関心はゲドリーに注がれ、王に対しては何も思わなくなった。


(今更会って詫び言を言われても鬱陶しいだけ。

会いたくないわ)


断らせようとするアメリアだが、制止する言葉を無視して、王はズカズカと入ってきた。


そして、侍女や近侍に席を外させて、二人きりになる。


「謝罪なら結構です。

捨てた女に今更優しくする必要もないでしょう」

というアメリアに、酒臭い息を吐きかけて、ロビン王は言う。


「予はお前を捨てたくはなかった。ピッターフェルドめに言いくるめられて、こんなことになったのだ!

ゲドリーめ、そなたのことを物欲しげに見よって。

予は国王、誰よりも偉いのに、予の気持ちを蔑ろにしおって!」


その姿は、それほど気に入ってもいなかったオモチャを譲ることになって駄々をこねる子供そっくりであった。


どうやって宥めすかして帰らせるかと考えるアメリアは、突然ロビンに押し倒される。


「やめてください!

私は明日嫁ぐのです。

何を考えているの!」


「うるさい!

今日までは予の妃。それを抱いて何が悪い。


ゲドリーめ、あの戦の時に予を早漏などと馬鹿にしよって。


その早漏の子供を己の子供と思って育てるが良い。

その姿を嘲笑ってやる」


王は血走った目でアメリアを見据え、抵抗する彼女の頬を何度も張り、それでも暴れる彼女に対してその首を絞めて失神させ、強姦した。


目が覚めた彼女に、ゲドリーには言うなと口止めをすると王は去っていく。


残されたアメリアは一人悔し涙を流した。










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[一言] 自分の物だと思っていたのに離れるから気に入らない、まさにおこちゃま。
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