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甲冑を着たオーガと拝領妻  作者: デギリ
2/11

ゲドリーという男の過去

ゲドリーが抗戦する諸侯を尽く誅滅し終えると、ロビンは全ての貴族の賛同を得て即位した。


時を移さずにロビン王はピッターフェルドを宰相に任命し、政治を託す。


「まずは何から手をつけるべきか?」

と問う王にピッターフェルドは即答した。


「言うまでもなく、ゲドリーに褒美を与え、彼を家臣として取り込まなければなりません」


「奴は下級貴族出身と聞くが、他国出身の傭兵だろう。金をやって縁を切れば良い」


ロビン王は第一王子戦でてっきり負けたと思い込んで泣きながら逃亡しているところを、ゲトリーに捕まって、「この早漏野郎。もう少し我慢できなかったのか」と大笑いされて以来、恥ずかしさもあって彼と会わないようにしていた。


また、ゲドリーの悪評を取りいる貴族から散々に聞かされてもおり、ロビン王は嫌そうな顔をしてそう反論する。


「今回の勝利がゲドリーの働きによることは誰もが承知しています。

彼と縁を切って、隣国に雇われて攻めてくれば誰が立ち向かいますか。

いや、雇われなくても今の王国は彼の武名で成り立っているようなもの。

ゲドリーが居なくなればたちどころに反乱が起きることは必至です」


そう言われた王は唸りながらもゲドリーを引き留めることを渋々承諾した。


ピッターフェルドは王宮を退出し、町の酒場に向かった。


戦を終え、王都に戻ったゲドリーは、ビッターフェルドに貰った前渡金を元手に連日部下を連れて、酒場と娼館を貸切にしてどんちゃん騒ぎをしている。


もっともその間に10人を超える暗殺者が彼を狙ってきたが、悉く生け取りとし、拷問にかけて依頼者を聞き出すと即座にその屋敷を襲撃し、一族郎党全て殺害していた。


その全ては貴族であり、彼の根切りで親族を殺された者たちである。


ある日、それまで健在だった貴族の一家が翌日には皆殺しにされているということはゲドリーの悪評と畏怖をますます高める。


さて、ピッターフエルドは貸切という張り紙を貼られた王都有数の高級レストランのドアを開ける。

そこからは濛々たる紫煙と酒と香水の匂いがぷんぷんと漂ってきた。


酒を煽り、手掴みで肉を頬張り、大声で怒鳴るように談笑する強面の男たちとその回りにたむろする女たち。その中心にゲドリーはいた。


「いよー、宰相様じゃないか。

残りの金とボーナスを持ってきたか?

まあ、話は駆けつけ三杯を飲んでからだ」


入り口で戸惑うピッターフェルドを、ゲドリーが目ざとく見つけて、並々と注がれたグラスを持って彼が来るのを待っている。


こうなれば飲まなければ話は聞かない。

ピッターフェルトはゲトリーの隣に座り、グラスを立て続けに三杯飲み干し、ゲドリーに返す。


周囲には山賊のような風貌の男達が美しく調理された料理の皿と高級ワインのボトルを次々と空にしている。


(こいつらに消費させるのは勿体無いような高級品だ)

ピッターフェルドは心でそう思うが、表情はにこやかに、皆の奮戦のお陰で勝てたぞと褒め称える。


やがて元の喧騒が始まるとともに、ピッターフェルドはゲドリーに話しかけた。


「報奨のことだが、これを機に我が国に仕えればどうだ?

前代未聞だが、お前の言ったように伯爵位と大きな領地を与えよう。

所詮傭兵稼業など浮草だろう。

部下とともに地に足をつければどうか」


それに対してゲドリーは酒を飲み干して、嘯いた。


「お前たち貴族どもが地に足をついて、俺たちが浮草など誰が決めた?

俺には誰にも負けぬこの力と技、そして地獄にでもついてくる部下がいるぞ。

王の気分や周辺諸侯たちの侵略で脅かされる貴様らの方が危ういのではないか?」


「そう言われると返す言葉もないが」

ピッターフェルトは怒らずに頭を掻きながら、ゲドリーと出会った頃を思い出す。


それは父が急死し、ピッターフェルドが跡を継いですぐの頃、周囲の領主が好機とばかりに攻め寄せてきた時のことだ。


急使を出したが、頼みの王家は他に出兵してあり、援軍は間に合いそうにない。


ピッターフェルドは有り金に加えて借金をして傭兵を募った。

しかし機を見るに敏な傭兵が敗色の濃い彼に付くことはない。

大手の傭兵団には軒並み断られ、寄ってくるのは金を持ち逃げしようとするのが明らかな輩のみ。


困り果てたピッターフェルドに声をかけたのが駆け出しで無名だったゲドリーである。


「よう、困っているなら俺が雇われてやろうか。

俺の名はゲドリー。戦えば必ず勝つぞ。

ただし、契約金は高いがな」


聞いたことのない名前だったが、その自信満々の態度と見たことがないほどの凶相は窮地にあったピッターフェルドの心を揺さぶるものがあった。


他に縋る当てもなく、敵軍はまもなくやってくる。

ピッターフェルドは家臣の反対を押し切り彼を雇うこととした。


「お前は幸運だぜ。

さて、戦は俺がやる。

お前は自軍を率いて後方で見ていろ」


敵軍は2000、こちらはゲトリーが300、ピッターフェルトが必死で徴集した兵が400。

合わせても3分の1に過ぎない。


ピッターフェルドは自分も兵を率いて戦うつもりであったが、ゲドリーはそれを一蹴し、素人は手を出すなと言う。


確かにピッターフェルドは政略こそ自信があったが、武芸が苦手であり、これまで紛争に出ても勝った覚えは少ない。


彼はこのオーガのような巨漢の手を握り、「お前に任せる」と頼み、全てを託すこととした。


小高い丘に布陣したピッターフェルドが不安に思いながら見守る中、戦は始まった。


通常行われる矢合わせを始めた敵軍に対して、ゲトリー軍はそれを無視し、遠方から見てもすぐにわかる巨漢、ゲドリーを先頭として猛烈な勢いで突撃を始めた。


「無謀な!」


これは負けたかと思うピッターフェルトであったが、ゲドリーは味方も引き離し、単騎でまだ戦気がない敵の先鋒をあっという間に蹴散らし、みるみる本陣に迫る。


まだ戦端は開かれていないとのんびりしていた敵の中軍の兵にとって彼は突如起こった嵐のようなものであった。


進撃の邪魔になる将兵のみを切り捨て、本陣への襲撃を急ぐゲドリーはまもなく旗印と煌びやかな甲冑を装着した騎士が並ぶところに辿り着き、キョロキョロと回りを見渡す。


「何奴!

ここは総大将キムリー侯爵の前だぞ。

無知な傭兵が迷い込んで来たのか、お前がいる場所ではない。

すぐに立ち去れ!」


護衛騎士のその言葉を聴きながら、ゲドリーは中心にいる侯爵らしい男をめがけて、馬の腹を蹴り、躍り掛かった。


「貴様、何をする!」


まさかこんなところに敵がいるとは思わなかった油断を狙われ、侯爵はゲドリーに額を槍で刺されて絶命した。


「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!

敵の総大将の侯爵、常勝無敗のゲドリーが討ち取ったり!

逃げ去るならよし、敵するならば皆殺しだ!」


ここで名を売らねばならんと、地の果てまでも聞こえんと大音声で喚き立てるゲドリーに、護衛騎士が向かってくるが、一合も交えず、突き殺す。


その頃にはゲドリーの配下も押し寄せ、同時に大将を失ったことを知った敵軍は諸侯の連合軍の弱点を顕にし、其々が逃げ始めた。


それを見たゲトリーは部下に一斉に叫ばせて、ピッターフェルドに合図した。


勝利を決めたので、名を上げるために敵軍の後を追って戦果を出せということだ。


ピッターフェルドは合図に従い、逃げ惑う敵を追い、そこそこの戦果を上げた。


このお陰で彼は戦下手という貴族社会での評価を豹変させ、以後、彼を侮る者はいなくなった。


一方、ゲドリーはこの戦で傭兵としての評価を高め、その後からは有力な傭兵隊長として各地の諸侯に雇われることとなる。


この戦でともに名を挙げたことに親近感を覚え、それからもしばしばゲドリーと音信を交わしていたピッターフェルドは、今回ロビンにつかざるを得ないと判断するとすぐにゲドリーを頼り、その契約金なども彼の言うがままに全て応諾した。


(この男がいなければ今頃は断頭台だったな)


そう思ったピッターフェルトは、改めて向かいの男の恐ろしげな顔を見つめ、「勝ち目は薄かったのに何故味方してくれたのだ?」と尋ねる。


「勝ち目が薄い時だけ頼るくせに何を言う」

ゲドリーは呵呵と笑って言う。


「簡単なこと。お前ならば俺に軍の全権を持たせてくれる。自分で好きに戦う方が人に使われているより面白いからな」


ゲドリーは何故そんなことを聞くと言わんばかりに軽く答えた。


ピッターフェルドが必死の形相で頼みに行った時もこんな風に考える暇もなく「わかった」と言ってくれたことを思い出す。


多少は友と思ってくれているのかと思いつつ、それはともかく、今はこいつを引き留めねばならないと思い出したピッターフェルドは彼に話しかけた。


「どうすれば王国に仕官してくれるのだ?」


「戦がありそうな時に雇えばいいだろう。

面白そうならば雇われてやるぞ」


とりつく暇もなくゲドリーにあしらわれて、ピッターフェルドは店を出る。


気落ちした彼を後ろから追ってくる足音が聞こえる。


「旦那、待っておくんなせ」


はぁはぁと荒い息を吐きながら、ゲドリーの故郷からの幼馴染にして参謀格のジェリーがやって来た。


「うちの大将の仕官ですが、伯爵と広大な領地と言うのは嘘じゃありませんな」


「ああ、それは嘘偽りのないことを誓おう」


その言葉を聞くと、ジェリーは安心したように吐息をついた。


「うちの大将も十分に戦功を挙げて、武名も売れた。そろそろ落ち着いて欲しいと思っていたので、お話は渡りに舟です。


問題は大将を落ち着かせる気にさせることですが、

こんな女はいませんか。

できれば貴族身分で優しく、大将をうまく操縦できる頭のいい人がいいのですが」


ジュリーが見せたのは、若い女性の描かれた、小さな持ち運び用の絵だった。


「これは?」

ピッターフェルドの問いかけにジュリーは、話が長くなると店に誘った。


席につき、ビールを二杯注文すると、ジュリーは話し始めた。


「彼女はゲドリーの許嫁のエリスという女です。

アイツは小さい頃からあの顔なのでモテなかったが、エリスだけはいつも庇ってくれるゲドリーを慕っていて、それならと親同士が決めた婚約だった。

あの時ほどゲドリーの喜んだ顔を見たことがない」


そう言ってビールをちびちびと飲むジュリーの顔は辛そうだった。


「それからどうしたんだ?」


「アイツを買って後継としていた親父さんが急死すると、あの顔を毛嫌いしていた母親は次男に後継を変更し、宰相府に届け出た。賄賂とともにな。


それが認められると、隣の領主の娘さんだったエリスも次男の婚約者とすることを両家で決めた。


父親の遺言状を持って宰相府に訴えたゲドリーは敗訴と言い渡されると、エリスを連れて旅に出ようと隣の領主館を強襲したんだ。


そこで見たのは、父親の厳命とゲドリーへの愛に挟まれて短剣で自裁した彼女だったそうだ。」


思い切ったようにそう言い切ったジュリーはビールを飲み干してから、小声で続けた。


「ゲドリーはその後大荒れに荒れて、自分の育った館と隣の館を灰にし、エリスの父と自分の弟を殺し、母親は命は取らなかったが丸坊主にして放り出した。


更に宰相府に殴り込んで、100を超える衛兵と殺し合い、血の海にしてきたと聞く。


血塗れで旅に出るアイツの後ろからついて行ったオレに、アイツは死ねなかったと呟いていたよ。


それからは知っての通りの傭兵暮らしだ。

しかし、オレにはいくら戦で大勝ちしても、美味い酒を飲んでも美しい女を抱いても、アイツは泣いているように見える。


宰相さんよ。

エリスみたいな女をアイツの嫁にさせてやってくれ。

心の居場所ができればアイツだって落ち着くと思うんだ」


ジュリーの述懐を聞き、ピッターフェルドは女の肖像画をじっくりと見て考える。


絶世の美女と言うにはやや丸顔で目が垂れ気味で唇が厚ぼったい。

しかし、優しそうで、一緒にいれば落ち着くと思わせる容貌であった。


(よく似ている女を知っているが、なかなかハードルが高い。

しかし、国のため、王のため、そしてゲドリーの為になんとかしなければ)


ピッターフェルドは立ち上がって、もう酒も飲まずに彼の返事を待っているジュリーの肩に手を掛けて、任せておけと強く言う。


「ありがてえ。

恩に着ますぜ」


そう言うジュリーの言葉を背後にピッターフェルドは王宮に向かった。






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