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甲冑を着たオーガと拝領妻  作者: デギリ
1/11

勝利をもたらした男

月もない真っ暗な夜、篝火を焚き堅固な城を取り囲む軍勢から漆黒の小部隊が密かに抜け出す。


「付いてこられない奴は見捨てるぞ。いいな」

広い水堀を前に首領らしき巨漢の男が低い声で言い渡す。

皆が頷くのを見て、首領は真っ先に水に入り、音を出さずに泳ぎ出し、他の者もそれに続く。


堀の近くに行くと中からロープが垂らされている。

それに捕まると巨漢はスルスルと塀の中に入り込み、中で待っていた内通者に金子を渡した。


そして集まってきた男達とともに走り出し、裏門の見張りの一人に背後から近づき、音を出さないように気をつけながら扼殺し、周囲の部下も同様に次々と敵兵を密殺しているのを確認して、門を開けた。


外で待っていた配下の兵はそれに呼応して静かに慎重に中に侵入する。


その数200。

すべて巨漢の部下である。


彼らが静謐のうちに中に入るのを見てとると、巨漢は部下にだけ聞かれる声で、短く、やれ!と言う。


すぐに部下はあちこちに火を掛けて、大声で騒ぎだす。


「門を破られた!

敵軍が攻めてきたぞ!」


「もうだめだ。火を掛けられた。

相手が圧倒的に多い!」


すぐに騒ぎは城中に広がる。

そしてそれに合わせたのか、正門に破城鎚がぶつけられる音が響く。


「浮き足立つな!

持ち場を守れ!」


指揮官が声を枯らして叱咤するが兵の動揺は収まらない。


混乱の中、巨漢は敵兵から剥ぎ取った服に着替え、雑兵に与えられる簡易な兜を深く被って、顔を隠すと、後を部下に任して一人本丸を目指す。


誰何に遭えば、前線のホルド将軍の緊急の使者と名乗り、顔をはっきり見せろと言われれば命に関わる緊急時にそんな暇があるかと怒鳴りつけ、急ぎ大公殿下へ伝えねばならんと言って奥へと突き進む。


その間もますます兵火の音は激しくなる。

やがて、城の奥の部屋で、巨漢は険しい顔をし、豪華な鎧を着る中年の男と後ろで震える、家族らしい女子供達と面会する。


「ホルドはなんと言っている。抗戦できるのか?

できれば南方の味方が戦うまでここに敵軍を引き寄せておきたいが、もはや城が保たねば妻子と落ち延びるしかない。

どうすべきか?」


城主である太公の問いに巨漢は周りの護衛兵を見渡して答える。


「この素早い攻勢は内通者がいると思われます。

そのため、外に漏れぬようホルド将軍の命により内々にお話させていただきます」


そう言って巨漢は城主に近づくと、いきなりその首を締め上げ、気絶させた。


「オレはオーレッド・ゲドリー。

常勝の傭兵と聞いたこともあろう。


門は破られ、太公は捕らえられた。

もはや貴様らに勝ち目はない。

命までは取らん。降伏せよ」


その言葉を聞き、剣を抜いて取り囲む衛兵からうめき声が聞こえた。


「あの情け容赦ない傭兵ゲドリーか。

逆らえば嬲り殺しにされるぞ」


「これまでに数知れない戦場で武勲を立て、落とした城は数十、殺した相手は数知れず。

抵抗する相手を笑いながら撲殺し、絞め殺していくケダモノだ」


恐るべき巨漢を相手に戦う気を失った兵は武器を投げ捨て、ゲドリーの指示で外に白旗を掲げる。


「もう本丸が落ちたのか。

何が起こったんだ?」


本丸の外ではざわめく敵軍に対して、ゲドリーは窓から片手で太公の首根っこを掴んで全身を窓の外に吊り下げ、大声で怒鳴る。


「オーレッド・ゲドリー、ここに敵将を捕虜としたり。

命が惜しければ降伏せよ。

惜しくなければオレが地獄に送ってやろう」


空中に浮かされた太公は恐怖で口も利けずに失禁した。


ゲドリーはそこで兜を取って、下から眺める敵兵にニヤリとしたその面を晒す。


その顔つきは、短く刈った髪に、大きな四角い顔面、釣り上がり爛々と光る大きな目、巨大な鷲鼻、洞穴のような大口、その顔を見た太公の妻や娘は気を失った。


それを見てカッカと嘲笑う凶相の男は人とは思えなかった。

悪魔に敵したかのように敵兵は戦意を失い、両手を上げて降伏した。


「王子、城を落としてきましたぜ」


縛り上げた太公を鞍の後ろに荷物のように積んで、ゲドリーは後方で待つ主君という名の雇い主のところに駆け戻る。


「でかしたぞ、ゲドリー!」


王位を争うロビン王子は整った美しい顔を綻ばせて満足げに笑ったが、その顔は強張っていた。


そして王子の傍に控える凛々しい騎士姿の美男子が焦りを含んだ声をかける。


王子の腹心、ピッターフェルド伯爵である。

王子の傅役として巻き込まれたら男だが、参戦後は実質的に司令官の仕事をこなしている。

王子にゲドリーを推薦したのも彼である。


「ゲドリー、快勝してくれたところをすまんが、後方の戦線が危うい。

このままでは味方の諸侯軍は破られて第一王子の軍がここまで攻めてくる。

一息つき次第、そちらに向かってくれないか」


「おいおい、オレの仕事は大公の軍を打ち負かすことで、第一王子の本軍には手を出すなと言わなかったか?


アンタらの配下の貴族たちは傭兵の手を借りるまでもなく、敵軍を叩きのめすと意気軒昂だったがな。


まあ、アンタらが負ければオレも金が手に入らない。なんとかしてやるが、この値は高くつくぞ」


戦争前の軍議で貴族たちに散々馬鹿にされていたゲドリーは不快気に吐き捨てる。


シュタイア王国では、王が急死し、残された二人の王子のうちどちらが王位を継承するかをめぐり、国を二分する争いが持ち上がった。


年長の第一王子は王太子でもあり、圧倒的に支持を得ていたが、第二王子のロビンは兄と不仲であり、身の危険を感じて勝算を考えることなく挙兵した。


第二王子派の筆頭と見られていたピッターフェルドは、やむを得ずにそれに応じたが、この圧倒的な不利を覆す為にゲドリーを雇うことをロビンに付くための条件とした。


ロビンと側近達は、武名ととともに凶相かつ狂暴で知られる傭兵隊長のゲドリーに難色を示したが、ピッターフェルドは勝つためだと押し切った。


しかし、ロビンは自派の諸侯に忖度し、ゲドリーを第二戦線の大公戦に向かわせ、第一王子本軍と戦場で雌雄を決することは諸侯や騎士による軍に任せることとした。


先に挙兵したのは大公軍である。

第一王子の後見人である大公は北方の諸侯をまとめて、南進、ロビン王子を挟撃せんとした。


まだ第一王子本軍が編成中であることを確認し、ゲドリーはロビンを旗印として傭兵軍を中核とした軍勢で敵軍を撃ち破り、敗走した敵が城に立て籠ったところを包囲した。


その時、このままではロビン王子が勝ってしまうと危機感を覚えた南方の諸侯が慌てて第一王子側に立って北に進軍した。


ロビンは味方についた諸侯を動員して、大公軍が片付くまで持久戦とすることを命じていたが、巧みに誘き寄せられ大敗を喫していた。


急使によると、敵軍は勝利で勢いに乗って膨れ上がり、ここにいるゲドリー軍の数倍の兵力で向かってくると言う。


「頼むゲドリー!

勝てば褒美は思いのままに与えよう」


ロビン王子はもはや外見を取り繕うことなく、これまで嫌っていたゲドリーの手を握って頭を下げる。


「それじゃあ、使い切れないほどの大金とともに俺を追い出した実家を見返す為、ピッターフェルドと並ぶ伯爵位でも貰うか。

まあ、任せていろ」


数倍の敵と聞いてもゲドリーは慌てる様子もなく、部下をまとめて、南に向かう。

その途中で、褒美を餌に更に各地から傭兵を募つた。


常勝ゲドリーの名は傭兵の世界に鳴り響いており、その下には勝ち馬に乗ろうと多くの兵が集まってきた。


敵軍との会戦場まで来ると、邪魔だから後ろで見ていろと言われたロビン王子とピッターフェルドは小高い丘に護衛騎士とともにいた。


もしゲドリーが敗北すれば、隣国に亡命する予定である。


王子は身を固くしながら不安気にピッターフェルドに話しかけた。


「かなり兵が集まったと聞いたが、それでも見たところ、敵軍は我が軍の倍以上。

おまけに敵軍は領主たちの正規兵で、ゲドリーの配下は金で動く傭兵ばかり。勝てると思うか?」


ピッターフェルドは聞こえよがしに高らかに笑い声を上げる。


「何をおっしゃいますか。

指揮をするのは常勝を謳われている男。

奴は勝てる見込みの戦しかしません。

ゲトリーが戦う以上勝てます!」


それを聞いた王子とその周辺の者はホッとしたような顔をして、そうだなと笑い合った。


しかし、その自信に満ちた態度と裏腹にピッターフェルドの内心は不安でいっぱいである。


(勝つかどうかなどわかるはずないだろう!

皆が不安な中、勝てると思い込ませるのが主君の仕事。それを自分から不安を煽ってどうする!

若いとはいえ、心配なことだ)


彼らの問答の間に、戦端は開かれていた。


「行くぞ!

突撃だ。奴らの先鋒を突き崩せ!」


ゲドリー軍は早々に軽装騎兵が走り出す。


「傭兵の軽装騎兵など一捻りだ!

重装騎兵の破壊力を見せつけてやれ!」


敵の先鋒指揮官である伯爵が吠えた。


両者のぶつかり合いは一瞬で決まり、重装騎兵の破壊力の前に軽装騎兵はすぐに遁走し始めた。

その敗走は後方の部隊にも広がり、ゲドリー軍全体が後退を始める。


「口ほどにもない。追撃をしてゲトリーの首を取り、ロビンを捕えるぞ」


後方から見ていた第一王子は容易く崩れた敵軍を嘲笑うと、全軍を上げて追撃を命じた。


しかし、ゲドリー軍の逃げ足は早く、後方の森の中に逃げ込み、なかなか追撃に至れない。


功に逸る将兵は我先にと追跡を急ぐ。

それを見ていた第一王子は、更に追撃を上げる為、ロビン王子を捕えた者には望むだけ褒美をやろうと叫んだ。


それを聞いて周りの護衛兵すら追手に加わり、第一王子のそばには数人の側近だけとなったとき、右手の薄暗い森の中から大きな馬が走ってくるのが見えた。

馬上には、黒い衣装の巨漢が鉞を持って乗っている。


「何者だ!」

誰何する側近は馬蹄にかけられて頭を割られる。


「敵兵だ!迎え撃て!」


第一王子は叫び終わらないうちに鉞で首を刎ねられ、巨漢はその首を手に持って高らかに笑った。


「敵王子の首はゲドリーが頂いた!

まだ戦う者は相手になるぞ」


「おのれ!殿下の仇!」

剣を抜いて打ち掛かってきた数人の側近を片手の鉞であっという間に斬り殺し、ゲドリーは物足らなさげに周りを見る。


猛獣が獲物を見定めるようなその眼に、集まってきた兵は自然と後退りする。


「チッ。もう終わりか。つまらんな」

ゲトリーはつまらなそうに戦場を見渡した。


後方からやっと追いついたゲドリーの配下は高らかに「第一王子はゲドリー隊長が討ち取った」と声を合わせて叫ぶ。


旗印の第一王子が討ち取られたことを聞いた配下の将兵は一斉に崩れ去り、雪崩を打って逃げ始めていた。


ゲドリー軍の傭兵は反転し、功名の機会と襲いかかる。

逃げ腰の敵兵はもはやゲドリー軍の獲物と化していた。雑兵では手柄にならないと傭兵達は騎士や貴族を求めて血眼となっていた。


反撃してきそうな相手もおらず、勝ちは揺るがないと見たゲドリーは追撃を任せて、後方で待っている筈のロビン王子を迎えに行く。


(最初の偽装の敗走を見て、逃げ出したかもしれんな。

ピッターフェルドが止めていればいいのだが、そうでなければ探し出すのが面倒だ)


逃げ足の早そうな雇い主のことを考え、ゲドリーは面倒気に溜息をついた。


誰もが無謀な挙兵と思っていた第二王子の勝利から3ヶ月が経つ。


この波乱劇にシュタイン王国の支配層である貴族は大きな動揺を示したが、ゲドリーの武力と切れ者のピッターフェルドによる巧みな切り崩しにより、大半の貴族はロビン王子を君主と認め、国政は収まりつつある。


一部の強硬な反対派にはゲトリーが兵を率いて討伐を行っている。

この段階で服属していない貴族には容赦をする必要はないというピッターフェルドの言葉を受け、ゲトリーは女子供を除いて成人男子は根切りという方針で臨み、貴族たちに恐怖を与えている。


その行いと見た目が伝説の鬼やオーガに似ていることもあり、その結果ついた渾名が、「悪鬼ゲドリー」「甲冑を着たオーガ」「悪魔が放った獣」などである。


悪評を聞いたゲドリーは、噂する貴族や民衆を捕らえようとする部下を押し留めて言う。


「悪名は無名に勝る。これから俺に挑んでくる敵はこの評判にまず打ち克たねばならんな」

と言って豪快に笑った。


それを遠くから見た人々はオーガが高笑いすればこんな笑いかとますます恐れおののいた。


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