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女の子との初デートに幼馴染がついてきた

作者: 墨江夢

 俺・汐崎玲斗(しおざきれいと)は、これまで女の子に好かれた試しがなかった。

 パッとしない見た目、平均的な学力、多くもなければ少なくもない友達。プロフィール欄に特筆すべきことのない俺は、クラス内で影の薄い人間だった。


 そんな俺だから、当然誰かの恋愛対象になるわけもなく。気付けば貴重な高校時代を、恋愛とは無縁のまま過ごしている。


 でも、それで良いのさ。

 人にはそれぞれ身の丈に合った生き方というのが存在して、単に俺に恋愛は相応しくなかった。それだけの話である。


 しかし高校に入学して1年半が経過したある日、俺の日常に変化が起きた。

 放課後、俺はクラスメイトの間宮穂乃果(まみやほのか)に呼び出されて、屋上に足を運ぶ。


 間宮さんは俺と同じ、図書委員会所属だ。クラスで図書委員なのは俺と間宮さんだけだから、自然と話す機会も多かったりする。


 それなりに会話をする女子に、放課後の屋上に呼び出された。普通の男子高校生ならば、絶賛勘違いすることだろう。

 しかし、俺は違う。

 恋愛に縁がないと自覚している俺は、これから間宮さんに告白されるなどと微塵も思っていない。


 どうせ委員会関連の話だろう。教室や図書室ではなくわざわざ屋上に呼び出すということは、機密事項なのだろうか?


 数分後。

 業務連絡だとばかり思っていた俺は、まさに鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。なぜなら――


「好きです」


 予想に反して、間宮さんは俺に告白してきた。

 

 ……えっ、ちょっと待って。間宮さん、今俺に「好き」って言った? 

 間宮さんは、じーっと俺を凝視している。告白に対する返事を待っているのだろう。


 彼女の頬は、夕焼けの中でもわかるくらい紅潮していて。期待と不安と緊張が、こちらにまで伝わってくる。


 だけどね、俺の方がもっと焦っているんですよ? だって告白されるだなんて、夢にも思っていなかったから。


 間宮さんのことは、嫌いではない。

 清楚系がタイプである俺は、ぶっちゃけ大人しい印象の彼女にかなりの好感を抱いている。


 しかし、交際するとなると話は別だ。

 たとえ短期間だったとしても、あるひと時を共有することになる以上、俺は間宮さんのことをもっと知ってから、誠意を持って返事をする義務がある。


「間宮さん……まずはお友達からってことじゃダメか?」


 だから俺は、保留という選択肢をとった。

 自分でも、ヘタレだと思う。だけど勢いで結論を出して、彼女を不幸にするよりはずっとマシだろう。


 間宮さんも、そんな俺の考えを察してくれたのだろう。

 返事を先延ばしにしたことに対して一切の不満を見せず、了承してくれた。


 ただ、条件付きではあったのだが。


「汐崎くんがそうしたいなら、私は待ちます。私のことを知って、今後の人生のことを考えて、そして答えを出して下さい。でもその代わり……デートにくらい、付き合ってくれますよね?」

「デート?」

「はい。互いのことをもっと知る為には、今以上に交流を深めなければなりません。そこで、デートを行なうのです」

「なる……ほど」


 デートは別に恋人同士じゃなくてもするものだし、お互いのことを知るのに有効な手段と言えよう。

 それに返事を待って貰っているからには、こちらも何かしら譲歩しなくてはフェアじゃない。


「それで、その……もしデートが楽しかったら、本格的に交際を検討してくれませんか?」


 まぁ、デートをしてみて心の底から「楽しい」と感じたならば、それは恋愛感情を抱いていると考えて差し支えないだろう。


 早速俺と間宮さんは、週末にデートをすることにした。





 その日の夜。

 俺は宿題に取り掛かる前に、一本電話をかけた。


 電話の相手は、女の子だ。でも、間宮さんじゃない。

 俺が電話をかけたのは、幼馴染の内田羽衣(うちだうい)だった。


 手が空いていたのか、羽衣はすぐに電話に出る。


「もしもし、俺だ」

『……オレオレ詐欺なら間に合ってます』


 いや、画面に俺の名前が表示されるだろうに。

 ……表示されてるよね? 幼馴染なのに登録されてなかったら、マジ泣きするよ?


『冗談よ。……で、何の用? もしかして、女の子の口説き方でも聞きたいの?』


 本人はジョークのつもりだろうけど、何つータイムリーな内容だよ。何か知ってるんじゃないかと、勘繰りたくなるわ。


「俺は誰も口説かないよ」

『そうよね。アンタに女の子を口説く甲斐性なんてないわよね。……ん? 俺「は」?』


 些細な俺の失言に、羽衣は目ざとく気付く。流石と言ったところだ。


『ということは、何? アンタ、女の子に口説かれたって言うの?』


 初めからデートのことを相談するつもりだったし、別に秘密にする必要もない。というか、隠したところで数日もしない内にバレる気がする。


 俺は間宮さんから告白されたことと、返事を保留にしたこと、そして返事を待って貰っている代わりにデートすることになったことを、素直に羽衣に話した。


 事情の一切を聞いた羽衣はというと、


『ふーーーーーーん』


 異様に長い「ふーん」を返してきた。


「あの〜、もしかしなくても羽衣さん、怒ってます?」

『べっつにー』


 いや、それは怒っている人間の反応だろう。


『因みにそのデートは、いつする予定なの?』

「一応、今週末を予定している。映画を観て、一緒にお昼を食べて、午後はカラオケに行くつもりだ」

『今週末って……もうすぐじゃない! 何でもっと時間を置かなかったの!? 間宮さんとのデートが、楽しみなんでしょ!?』

「まぁ、楽しみと言えば楽しみだけど……」


 間宮さん云々は関係なく、生まれて初めての女の子とのデートだ。そりゃあ胸だって躍るものである。


『どうせ前日の夜は楽しみで眠れないんでしょ!? 当日の夜は間宮さんを寝かせないんでしょ!? 二日連続で徹夜確定じゃない! いやらしい!』

「……意味わかんねーよ」


 それからしばらくの間、羽衣はヒートアップしっぱなしだった。

 およそ10分後、ようやく羽衣の興奮が収まったかと思ったら、彼女はとんでもないことを口にし始めた。

 

『決めた。私もそのデート、ついて行くから』


 デートについて行く!? この女、何口走ってんの!?


「いや、それはダメだろ!」


 俺だけならまだしも、間宮さんの都合もあるわけだし。

 俺は即座に拒否したのだが、羽衣にそんな常識は通じない。


『別に許可を求めてないわよ。ついて行くって宣言しただけ』


 なんという横暴。


『玲斗の彼女になろうってんなら、まずは私に話を通すのが筋ってもんでしょ? 私が認めない限り、アンタの彼女にはさせないわ』

「お前は俺の何なんだよ?」

『幼馴染ですけど、何か?』


 お前の中で幼馴染の概念は、どうなっているんだよ? 幼馴染特権強すぎない?


 しかしながら、デートある以上やはり間宮さんの了承は得ておくべきである。

 普通に考えたらデートに他の女の子同伴なんて、許すわけがない。「間宮さんが嫌だって言ったから」という理由で、羽衣の申し出を改めて断ろうとしたのだが……驚くことに、間宮さんは羽衣の同伴を許可した。


「確かに、幼馴染の内田さんに認められないで、汐崎くんの彼女は名乗れませんよね」


 いや、名乗れるでしょ? 女子の中で、幼馴染ってどれだけの力を有しているの?


 兎にも角にも。

 週末、俺は幼馴染同伴という世にも珍しいデートをすることになったのだった。





 そしてやってきた週末。俺にとっては、Xデー。

 待ち合わせ場所に到着すると……既に羽衣が待っていた。


「何でお前が一番乗りなんだよ?」

「だってもし遅れたら、私のこと置いていくつもりだったでしょう? そうはさせないわよ」


 誰よりも俺のことを理解している幼馴染。見事に俺の作戦を封じてきやがった。


 羽衣と二人で待つこと20分。

 約束の時間より5分遅れて、間宮さんはやって来た。


「遅れちゃって、ごめんなさい! 結構待ちましたか?」

「いいや、今来たところだ」


 勿論嘘だけど、そう答えるのがデートの定石だ。ネットにそう書いてあった。

 

 しかしながら、俺が嘘をついてももう一人も嘘をつくとは限らなかった。


「えぇ、結構待ったわ。初デートに遅刻するなんて、減点対象よ」


 ……ついて来ている身なんだから、お前はもう少し気を遣え。


 最初の行き先は、映画館だ。

 何を観るのかは、事前に間宮さんに決めて貰っている。

 間宮さんが選んだのは、今流行りのラブストーリー『愛LOVE悠 2』だった。


 ここでもまた、若干一名口を挟む女がいる。


「初デートでラブストーリーというのは無難な選択ね。だけど、どうして続編を選んだのかしら? 玲斗が1を観てなかったらどうするの?」

「あっ。俺1のDVD、間宮さんから借りたんだわ」

「何それ、ずるい! 私観てないんだけど!」


 仮に俺がずるいんだとしたら、お前は図々しすぎるよ。

 因みにこの映画、1を観ていなくても楽しめるらしい。


 映画が終わると、丁度お昼時になっていた。


「この時間になると、どの店も混んでるな」

「大丈夫ですよ。ランチ、私が予約しときましたから」


 そう言って間宮さんが俺たちを連れて来たのは、テレビで紹介されたこともあるイタリアンレストランだった。


「ここね、トマト料理が凄く美味しいんだよ」

「へー、そうなのか」


 トマト料理と聞いて、俺はドキッとなる。俺はトマトが苦手なのだ。


 しかし今問題なのは、トマトが苦手なことじゃない。

 間宮さんを蹴落としたくて仕方ない羽衣が、そのことを彼女に伝える可能性があることだった。


「はい、アウトー!」


 案の定、羽衣はここぞとばかりな間宮さんを糾弾する。


「玲斗はトマトが嫌いなんですぅ。彼女になりたいんなら、それくらい知っておいてよね!」

「えっ、そうだったんですか!? そうとは知らずに、私ーー」

「いや、気にしないでくれ。食べられないわけじゃないし、最近は徐々に克服してきたから」


 レストランでは間宮さんが気を遣ってトマト味の少ないものを注文してくれたので、トマトが苦手な俺でも美味しくいただくことが出来た。

 

 余談だが、料理を誰よりも美味しそうに食べていたのは、他ならぬ羽衣だったりする。


 午後は予定通り、カラオケに行った。

 対抗心を燃やした羽衣が間宮さんに「私より高得点取れるかしら?」と勝負を持ちかけ、全敗したのだが、それについてはあまり触れないでおこう。


 そして夕方。お開きの時間になった。

 改札を抜けたところで、羽衣が一度トイレに行く。


 二人きりになった俺と間宮さん。その瞬間を待ってましたと言わんばかりに、彼女は本題を切り出してきた。


「それで、今日のデートはどうでした? 楽しかったですか?」

「あぁ、楽しかったよ」


 初デートだというのに然程緊張することなく、一日を満喫出来たと思う。

 

「それは良かったです。ところで……今日楽しかったのは、私とデートしたからですか? それとも、内田さんがついてきたからですか?」

「……え?」


 予想外の質問に、俺は声を失う。

 間宮さんは、一体何を言っているのだろうか? 


 俺は羽衣の同伴を、煩わしく感じていた。だからこの満足感は、間宮さんとデートしたからこそのものだ。

 その筈なのに……不思議と俺は即答出来なかった。


「じっくり考えてみて下さい。その上でやはり私が好きだと言ってくれたら、凄く嬉しいです」





 今日一日楽しかったのは、間宮さんとのデートだったからなのか? それとも羽衣がいたからなのか?

 間宮さんからの問いかけが、頭から離れない。


 自室の天井を見上げながら、一人思考を巡らせていると、羽衣から電話がかかってきた。


『で、告白されたの?』


 開口一番、何を聞いてくるんだ、こいつは?


『どうせされたんでしょ? その為に、わざとあのタイミングでトイレに行ったんだから』

「そうだったのか……やけに長いトイレだと思ったぜ」

『失礼ね。乙女はトイレになんて行かないのよ』

 

 どこの昭和のアイドルだ。

 

 しかしこの女も、他人を気遣うことが出来たんだな。ちょっと見直したぞ。


「告白は……されたよ。一応な」

『……何て答えたのよ?』

「その前に、俺の方からも一つ聞いて良いか? ……お前はどうして、今日ついてきたんだよ?」

『それは……幼馴染だからよ』

「そういう建前は要らないから」


 幼馴染だから。そんなの理由でデートを邪魔するなんて話、聞いたことがない。

 俺は羽衣には別の理由があるのだと確信していた。


『……どうしても言わなきゃダメ?』

「言わないなら、金輪際お前からの質問には一切答えない」

『……わかったわよ』


 観念したように呟いた後、羽衣は大きく息を吸い込む。そして吸い込んだ息を吐くと同時に、胸に秘めていた思いも吐き出した。


『玲斗を取られたくなかったの。ただ、それだけ』


 ……はい?


「それは……幼馴染としてだよな?」

『……一人の女としてよ」


 今まで幼馴染を超広義的に捉えていたというのに、ここにきてその定義を覆してきた。

 これまで羽衣の口にしていた「幼馴染として」のほとんどは、「女として」という言葉に変換される。


 羽衣の告白を聞いて、同時に俺は間宮さんの言っていた謎のセリフの意味を理解した。

 間宮さんは、羽衣の気持ちを察していたのだ。だからあんな意味深なことを言ったわけで。


 自分の価値観が覆る。

 価値観だけじゃない。思考も感情も、羽衣に対する気持ちさえも、それら全てがひっくり返る。


 今日のデートだけ見ても、確かに羽衣がいなければこんなに楽しくなかったかもしれない。羽衣がいたからあんなにも心が落ち着いたのだ。


 これから俺がやることは、決まっている。

 まずは間宮さんに謝って。それから羽衣をデートに誘うとしよう。

 

 映画の続編を観るときは、きちんと1作目を観せておかないとな。どうせなら、その鑑賞も一緒にするとしよう。

 

 そしてデートの最後に、俺の方から告白するんだ。

 次のデートは、きっと二人きりで出来ると思うから。

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