異世界転生したらユニーク魔法が『竹を自在に生やす』で草生えた。
忘年会の三次会からようやく解放され、アルコールと疲労でふらふらの身体で42度の風呂へ入りそこから記憶がない。
それが俺の32年間の人生の幕であった。
みんな、ヒートショックには充分気を付けてくれよな!
そんな誰に宛てているのかも分からない言葉を頭に浮かべながら俺の意識は消失した、はずだった。
「えっと、すいません、間違えてしまいました……」
気が付くと会議室を思わせるような空間にいる。
折り畳み机に大量のファイルやら書類が積み上げられ、その後ろに埋もれるようにして少女の顔がぴょこぴょこと見えていた。
顔立ちは日本人っぽいが、髪は金色だし目は銀色だ。額と瞳の端には模様のような赤い化粧が施されていた。服装は女子ブレザーのようなかたちだが真っ白。目が痛くなる。
対する俺は全裸姿で突っ立っていた。
全裸。すっぽんぽん。
なにから言えばいいのか分からず立ち尽くしていると、ごとんと後ろから音がした。振り向くとパイプ椅子が置かれている。
「どうぞお座りください!」
いや、椅子より服が欲しいんだが……。
とりあえずパイプ椅子に座る。ここに人が入ってきたとき、俺はいっさい言い訳を許されない状況だ。誰か助けてくれ。いやむしろ助けに来なくていい。
「あの」
「な、なんですか!?」
「服ください」
「え? 不要ですよね?」
何で俺、変な目で見られているの?
死んで服は着たっていいだろ。
「……。じゃあ、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」
「はい!」
「間違えたとは?」
「あの、怒らないで聞いてくれますか?」
「状況によりますが……」
どうやら怒られることが怖いらしい。
気持ちはわかる。俺も叱られるのは嫌いなので。
「実は――あなたは死ぬ予定ではなかったんです」
「は?」
「同じ名前で同じ性別の人の予定だったんですが、わたし、この世界に配属されてから日も浅いし、ちょっと地理が弱くて誤ってしまって……」
同姓同名の人と間違えた、と。
なんだ? 俺の住んでいたアパート付近にいたとか?
「日本とオーストラリアを間違えてしまいまして……」
「バッッッッッッッッカ野郎!!!!!!!!!!!!!!!!」
思わず大声を出した。
少女は「ぴゃー!」と叫び、書類が大量に落ち――る前にひらひらと飛んでいく。そんなこと気にしてられない。
どこをどうしたら間違えられるんだ!
日本とオーストラリアの位置なんて小学五年生のテストのサービス問題だろうが!! 進研ゼミだってスルーするレベルだろ!!
「し、島国じゃないですか両方!」
「そんな開き直り方をするな! インドとインドネシアならともかく、日本とオーストラリアは全然違うだろ!!」
「え!? インドとインドネシアって違うんですか!?」
違うよ!
いやこんな話をしている場合ではない。話がズレすぎて軌道修正できなくなる前にどうにかして戻さなければ。
なんの話をしていたんだったか……。そうだ、俺は死ぬ予定ではなかったということである。
「つまり……オーストラリアに出張だか住んでいるかしている臼井恵と、東京に住んでいる臼井恵を間違えてしまったと……」
「え?」
「ん? おかしいですね……」
とてとてと少女は机を回って俺に近づいてきた。
全裸の男に普通に近づいてくるのはよくないのではないだろうか。もう少し警戒を持ってほしい。
ぺらりと見せられた紙は今まで見たどの紙質ともちがう、滑らかで輝いているものだった。少しだけそれに目を奪われた後、書かれている内容に視線を移す。
……日本語、英語、中国語、ロシア語、ドイツ語……知っている文字はそのぐらいであるが、そのどれとも似つかない不思議なかたちをしていた。
その中央に、これだけは日本語で書かれている文字があった。
『白井恵』。
――俺の名前は、『臼井恵』である。
「バッッッッッッカ野郎!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ひええ!! 怒らないって言ったのに! 怒らないって言ったのに!!」
「いやこれは怒っていいだろ! ひとの生死が関わっているんだからもうちょっと漢字の形に注意してくれませんかねえ!?」
しかも筑紫明朝フォントっぽいので書かれているんだからちゃんと違いが分かるだろ!
一通り怒鳴ると、少しばかり気持ちが落ち着いた。まだ動揺と混乱は続いているが。
目の前の少女は困り眉で俺を見上げてきている。
「でも、終わったことは仕方ありませんよね……」
「それ俺のセリフだろ!!!!! えっ、じゃあ、何!? このまま死んでくださいと言うのか!?」
「いえ。こちらのミスですので、あなたが望めば新たな生を受けることが出来ます」
事務的な話に移ると、さっきまでの狼狽え具合はどこに行ったのか急に真面目な顔になる。
「……元に戻ることは?」
「肉体はもう死んでしまっているので無理です。同じ世界で再び生まれ直すのは可能ですが……」
淡々と話す少女へ、俺は一種の諦めを感じた。
こいつは人間のカタチをしたなにかだ。思考回路は人間ではない。
『間違えて悪かったなあ』とは感じていたにしても、『それまでの繋がりがすべて絶たれた』までは想像がつかないんだろう。
新しい生に飛びつく気持ちにはなれないが、かといってこのまま消えるのも癪であった。
「分かった。べつの世界で生まれ直す」
「同じ世界ではなく?」
「ああ」
俺がいなくなっても何も影響がないにしても……遺した人たちのそばに二度と『臼井恵』として居られないならいっそ別の場所に生きたほうがいい。
「で、多少は配慮してくれるんだろうな?」
「と、いいますと?」
さりげなく足を組んでちんちんを隠す。
最初からこうすればよかったな!
「アニメとか漫画で見たことあるんだが――異世界転生みたいなあれだろ?」
「はい、異世界転生そのもの」
「チートな能力とか、強い生き物に生まれ変わるとか、そういう特典は?」
「あー。あれ、先輩方の間で一時期大ブームになって規制が入りまして……」
「規制入るの!?」
というか俺が初めてではないのか!
なんか言い方的によく転生させているみたいな感じで怖くなってきた。命をおもちゃみたいに扱うな。
「なので最近は転生者本人の人柄や知識を生かせる後宮とか、悪めのご令嬢になって善行を積むとかが流行っています。あ! 婚約破棄もありますね。いずれも本人の技量次第です」
「ああそう……ギスギスした人間ドラマは不得意なんだよな……」
「私は面白いと思いますけどね。――あれ?」
少女は不思議そうな顔をして一歩下がった。
――ふわりと俺たちの間に淡い光が舞い降りる。
爽やかな風が吹いた。まるで、木々の間を抜ける透き通った空気のような――懐かしい感覚。
またたきをしていないはずなのにいつの間にかそこには女性が立っていた。
白衣と緑色の袴、その上から黄緑色の着物を肩に羽織っている。
黒々とした髪と深い緑色の瞳。
まっすぐに俺を見つめてほほ笑んでいる。
どこかで見たような、見ていないような。あと全裸の男に動揺しない女性に心当たりがない。母さんぐらいか。
「あなた様は……! ようこそいらっしゃいました!」
少女は姿勢を正し、ぺこりとお辞儀をした。
おいおいおい、俺への対応と違うように見えるんだが。
女性は内緒話をするようにそっと少女に屈みこんだ。口元は動かず、声も一切聞こえない。葉の擦り合うようなやさしい音だけ。
会話しているようにはとても思えないのに少女は真剣な様子で聞いている。やがて、口を開いた。
「問題ありません。ただ、そうなるとあなた様は臼井恵さんと生と死を共にすることになります。よろしいですか?」
女性はゆっくりと頷いた。
俺に関することらしいのに、まったく状況が呑み込めない。
「え? 何の話をしていたんだ? というかその人は誰?」
「誰って、ひどい方ですね。看取っておきながら!」
ひどいって、お前にだけは言われたくないんだが。
看取った……?
じいちゃんとばあちゃんは確かに看取ったが、顔つきが違う。そもそも俺の周りでこんな人が死んだ覚えなんてない。
女性は俺の頬にそっと触れた。体温は無く、するりと風が抜けたような感覚。
「神様ですよ。土地神様。なんのご縁があったか、わたしにはわかりませんが――あなたとそのお方は強いえにしで結ばれています。良かったですね」
土地神様?
神様を看取った――?
まるで覚えがない。俺はそんな神秘体験をしたことがあったのか?
ちらりと女性を見るが、彼女は紅のひかれた唇で柔らかく弧を描くだけで何も教えてくれない。
「私が担当しているもう一つの世界に飛ばしますね。大丈夫、地球よりちょっと大変かもしれませんがいいところですよ!」
「不安要素しかないんだが!? 特にお前が担当しているあたりが!」
「しばらくは念話できるようにしておきますので、お困りならお呼びください」
「いやいやいや、もっと今すべき説明とかないのか」
足元に穴が開いた。
落ちる――というよりは吸い込まれていく。
「習うより慣れろ、というではありませんか。あと私そろそろ定時なので……」
「お前絶対後者のほうだろ! 待て待てあの人は誰だったんだ!? 次の世界はまともなのか!? 後人間なのか!? 別の生き物なのか!? エルフとかオークとかスライムとかクモとか!?」
「いってらっしゃ~い!」
「いってきま~す! じゃねえんだよバカッッッッ!!!!!!!!」
●
「シャルト。今日を以て、お前をインシャルッカ家から追放する!」
「うっす」
転生し、生まれ変わってから15歳の誕生日を迎えた日。
俺はほとんど顔を合わせたことのない父親にそう宣告された。
特段驚きもしなかった。
伯爵家の五男。家は長男が継ぎ、次男以下は土地を貰って細々と暮らす身だ。
婿入りという手もあるが、それは俺には難しい話である。
「意味の分からん魔法など使いおって……」
吐き捨てた父親の足元から何かが飛び出す。
この世界には存在しない植物。
真っ直ぐに伸びた、真竹。
このユニーク魔法のせいで俺は病弱という設定をつけられ、ほとんど家の中で過ごす羽目になっていた。教会に見つかって異端者扱いされたくなかったのだと思う。
だがいつまでも穀潰しを飼ってはいられない。俺の誕生日は区切りに良かったんだろう。
「まあ確かにこれは草生えますよね。いや、生えたの竹だけど」
抱腹絶倒ネタを言うも、まわりからの反応は無であった。
異世界ジョークだからかな?
「今までありがとうございました。じゃっ!」
ひっくり返った父親へ俺は頭を下げると速やかに退室して荷物を取りに行く。
こんな気はしていたのですでに旅の一式はまとめてある。未練もない。金品もちょっとくすねておいた。
屋敷の門を出るときに一度振り返る。いつもならこの辺りまで来ると静止されるが、今日はそれもない。
見送りはしないようにと言われていたのか誰もいなかった。――いや、ひとりだけ。
窓から身を乗り出して、双子の妹が手を振っている。俺はそれに一度だけ返すと歩き出した。
「どこに行こうか、カグヤ」
いつのまにか横に浮いていた半透明の女性へ話しかけた。
白衣に緑の袴。黄緑色の着物を肩に羽織っている。
どうやら俺にこのちからを授けた張本人らしい彼女は、やっぱり喋らず首を傾げた。もう生まれてからずっと一緒だが、声を発したことはない。
街を抜け、森に出たところで俺は足を止める。ここから先は知らない土地だ。
ひとまず休憩するために倒木に腰かけて俺はため息をついた。
世界は広大だわ。
行く当てなんてないのでとても困る。いっそどこかのパーティの荷物持ちとして雇ってもらうかな……。ダンジョンに置き去りにされたら死にそうだけど。
大して知識もなく、内政なんてまるで分らず、漫然と前世で生きてしまったツケが助走をつけて殴ってきている。だって転生するなんて普通考えないだろ!
何度かため息をついているとカグヤは心配して俺の足元にボコボコとたけのこを生やしてきた。ありがとう。さしみにするとうまいんだよな。醤油が恋しい。
「米と醤油っぽいものを探す旅もいいな……。そもそもこの世界よく知らないし」
せっかく自由の身になったのだ。行きたいところに行こう。
そんなことを考えているとなにやら突然騒がしい音が聞こえて来た。悲鳴のようなものも聞こえる。
立ち上がってあたりを見回す。肉眼では見えないが、近くではあるらしい。
俺は剣術を習ってはいたがめちゃくちゃ強いわけではない。それに、知らない人間のために戦うのは無謀だ。守ったはずの者に攻撃されてもおかしくはない世界なので。治安が悪い。
「離れよう」
立ち上がる。
が、カグヤはじっと音の方向を見ていた。
「どうしたの?」
問いかけと共に、ばたばたと足音が聞こえて来た。
まずい、気付かれたか?
隠れるにしても大きな岩などはない。竹を生やしてもバレる。
仕方がない――迎え撃つか。緊張しながら柄を握りしめる。
木々の間からこちらに向かって走ってきたのは――頭から角を生やした褐色肌の少女だった。白いワンピース姿で、手にはゴツい枷が嵌められている。
後ろからは強そうな男がふたり追いかけてきていた。楽しく鬼ごっこをしているようには見えない。
俺に気付くと角の少女は足を止め、キッとにらみつけて来た。追ってきている奴らの仲間と思っているらしい。
「逃げるなら早く行きな」
俺は短く告げる。敵対の意思がないことを示すために両手をあげながら。
彼女は困惑の表情を浮かべたが、すぐに俺の脇を通り抜けていった。早い。
同時に、俺は目の前へ等間隔に竹を生やした。格子となったそれに阻まれ男たちは足を止める。
よかった、横に何本か生やしただけなのでちょっと横にずれたら突破できる程度の足止めだったけど律儀に立ち止まってくれた。バカともいう。
「貴様! なんだこれは! 通せ!」
「すいません、お話を伺いたくて……。なにがあったんですか? あの女の子、囚人のようには見えなかったんですけど」
そもそも収監塔はこの辺りではなく聖都にあるし、護送する兵士はこんな山賊みたいななりをしていなかったはずだ。
「ごちゃごちゃうるせえな! 殺すぞ!」
ストレートに元気な回答が返って来た。
男は懐から紙きれを取り出し、竹に叩きつけた。魔法陣が描かれている。
「【燃えろ】!」
紙が光り、発火した。またたくまに竹が燃えていく。青竹を燃やすとはかなりの強さだな。
隣でカグヤはしかめ面をしていた。まあ、いい気分ではないだろう。
「ひどいなあ」
ものすごい形相をしながらこちらに突進するとばかりに走ってくる二人の前にそれぞれたけのこを一本生やした。ギャグマンガのようにすっ転ぶ。
だいぶタイミングとかスピードが良くなったな。やっぱり日夜庭の隅で練習してきた甲斐があった。……それも追放された原因のひとつだったのではないだろうか。
悠長に考えているヒマではない。
俺はもたもたと記憶の中からこの場で使える詠唱魔法の文句を思い出し、唱える。
「【土の精霊、ノームよ! 森の静寂、草花の平穏、土の眠りを破る者たちをいかがする!】」
つまるところあれだ、うるさい奴らがいるけどどうする? という意味だ。
この場合自分も男たちと同類判定を受けたらまずいのだが――こちらにはカグヤがいる。彼女はどうやら土属性の精霊と相性がいいらしく、ほぼ無条件でこちら側の味方になってくれるのだ。
ざわざわと足元の草が伸び出す。
「【日の光再び顔覗かせるまで拘束せよ】」
俺は男ふたりを指さすとまるで繭のように草は身体を覆ってしまった。
呻いているものの拘束は緩まない。不用意に森で火なんて使うから精霊はご立腹なはずだ。
魔術師なら簡単に抜け出せるだろうけど素人にはまず無理だ。どうせ仲間が探しに来るだろうし、そうでなくても明日の朝には拘束は解かれるはず。運悪く魔獣に見つからなければ。
とりあえず働いてくれたので俺は荷物から瓶を取り出す。親父秘蔵のワインである。街で売ろうと思っていたが重かったのでここで空にする。
地にだばだばとワインをかける。酒精はどの精霊も好きだからな。
「お元気で!」
別れ際の挨拶をしっかりとする。
そして少女の逃げ去った方向へと向かった。お礼が欲しいとかそういうのではなく、手枷が嵌められ自由を失ったままでは街にも降りられないし森での生存も立ちいかないはず。助けたからにはそれなりの責任も取らないと。
しばらくきょろきょろとしながら歩いていると、近くから気配を感じ取った。反応するよりも早く、なにかが俺に飛びかかり押し倒される。
視界の端でカグヤが目を見開いていた。――彼女は何もできない。
「……やあ、さっきぶり」
黒髪赤目、頭からはオリックスのように後ろへ鋭く生えた角。
褐色肌の少女が俺に馬乗りになって鋭く俺を見据えている。
「お前は誰だ? 何故私を助けた」
手枷を喉元に押し付けつつ問いかけて来た。尋問が拷問に変わっているんだが。
これ、答えを間違えたら死ぬよね。慎重にいかなければ。
「俺はシャルト。さっき家を追放されたばかり」
「え?」
「それから、助けたのは気まぐれだよ。たまたま俺の前で困っているように見えたから手助けしただけ」
カグヤが気にしていなければあの場を去り、この角の少女とは出会わなかっただろう。
前の世界での祖父は、縁を大事にしろと言っていた。それに従ったまでだ。
少女はしばらく俺の目をじっと見ていたが、ゆっくりと立ち上がった。ヤバい、風が吹いたらスカートの中が見えそう。
「私はシィアネマズル・ゾル。……シアでいい」
想像以上に名前が長かったので困惑していたのが分かったのだろう。
ため息交じりに彼女は言った。
「ここよりはるか東にある岩の村【ゾル】の神、だった」
「神……?」
「現人神と言えば分かるか?」
「あ、うん」
あらびとがみ。生きたひととして現れた神。
屋敷の書庫を漁っていたらそういう文献を見たことがある。どうやらこの世界の俺の祖父は民俗学的なものに興味があったらしい。
「まあ、正確に言うと――神様だった」
一瞬シアの瞳に掠めた寂しそうな影に、俺はそれ以上の追及を出来ない。
「それよりそっちだって神のようなものを従えているじゃないか。なんなんだお前は」
「ん? カグヤが見えるの?」
「うっすらとだが」
心配そうに触れない手で俺をよしよしするカグヤに目を向けているので確かに見えているのだろう。
……恥ずかしいから外でやるのはやめてほしい。
「特になにって訳ではないけど、生まれたときから一緒にいる」
「特殊なヤツだな……」
まあそれは思うよ。
しばらく会話が途切れる。その間に僕は身体を起こして立ち上がった。
スカートがひらひらして気が散るんだよ。
「折角助けてくれたのに、悪いことをした」
ぽつりとシアは言う。
「亜人を集める蒐集家がいるんだ。中には精霊と無理やり契約して侍らす者もいると聞くから、てっきりそのたぐいかと」
天界の少女との会話を思い出す。
なにが「いいところ」だバカタレ。
「誤解が解けて良かった。それより、その拘束外していい?」
「出来るのか」
シアの手首を指さす。
よく見ると紙に書いた魔法陣が何枚もベタベタと手枷に貼られている。この魔法陣は剥がせそうだな。
そっと触れると拒否するように指先にしびれが走る。解除の対策もされているな。この程度で済んでいるのは、カグヤの力が魔法陣の力を押さえつけているからだろう。何も対策していなかったらひどい痛みにもんどりうつ羽目になっていたはずだ。
びりびりと魔法陣を剥がして無効化していく。最後に残ったのは手枷そのものだ。
金属か。錆が浮いているとはいえ頑丈なしろものだ。
「鍵がいるな……。さっきの男たち持ってる?」
「その必要はない」
バキン、とシアは易々と手枷をへし折った。
俺はあんぐりとし、カグヤは手を口に当てた。
「もともとゾル村の住人は力が強いし、私は神の力があるから底上げされていてな。それを封じるための魔法陣さえなくなればあとはぶっ壊すだけだ」
たくましい。
そんな存在をたったの二人だけで追いかけていたのもすごいけど。バカなのかな。
「さて、助けてもらった身でありながら図々しいが……。シャルト、そしてカグヤ」
「あ、はい」
「どうか私を仲間に入れてくれないか? 狭い世界で生きて来た世間知らずだから足を引っ張るとは思うが、荷物持ちにはいいと思う」
狭い世界で生きて来た世間知らずなのは俺もだが!?
突然の申し出に俺は狼狽える。
ここまでの腕力の持ち主がいたら心強いけれど、でも俺でいいのだろうか……。
カグヤの方を見るとぶんぶんと腕を振っていた。興奮しすぎてたけのこが足元から生えている。
言わんとしていることは分かった。
「俺も、シアが思っているよりは弱いと思うけど……よろしく」
「ふふ、暴力は任せろ。よろしく」
血気盛んだな。
俺たちは握手をする。その上からカグヤも手を添えて来た。
そうして、俺の二度目の人生はここから本格的に始まることとなる。
●
いずれ『緑柱の魔神』と呼ばれる男の、始まりの日。