track.8 また今日も呼び出された
次の日、僕は昨日のあれやこれやが嘘だったみたいに、何事もなく普通に学校へ登校していた。
毘奈には昨日ああ言ってしまったものの、クラスも離れているし、普通にしていれば霧島に絡むことなんてまずないだろう。
霧島もあまり関わって欲しくないみたいだし、下手すりゃ昨日借りたCDすら返せなくて、借りパクになってしまうかもしれない。
「今日は平和だったな……帰ろう」
また以前と変わらない、ロクでもなく退屈な日々が戻って来たみたいだった。
僕は放課後の掃除当番を終え、いつものように昇降口で靴へ履き替えようとする。
「……ん? なんだこりゃ?」
下駄箱の中に見覚えのない紙切れが入っていた。いや、よく見ればそれは封筒のようだった。
「よくもまあ、こんな古典的な悪戯……誰だよ?」
普通の男子であれば、一瞬興奮してしまうものかもしれない。
だが、僕は騙されない。何故なら中学時代に似たような悪戯を、タチの悪い女子から受けた経験があったからだ。
自分で言っていて悲しくなるけど、考えてもみろ、クラスの最底辺にいるひねくれボッチになんかラブレターを送る危篤な女子なんて、いるわきゃないだろ?
「それにしても、何この趣味?」
その如何にもといった感じの封筒の蓋は、毒々しいドクロのシールで閉じられていた。これじゃ、ラブレターじゃなくて不幸の手紙か脅迫状だ。
僕は刃物でも仕込まれていないか注意して封筒を開ける。中にはなんてことのないシンプルな便箋が入っていた。
「えーと、何々……?」
“拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます……”
ずいぶんと達筆でクソ丁寧な書き出しだった。僕を騙そうとするなら、それらしく書かないと意味がないというのに。
何だか気味が悪かったが、僕は首を傾げながら続きを読んだ。
“さて、突然ではございますが、昨日の件に関して重要なお話しがございます。
つきましては、本日放課後、屋上までお越し頂けますよう、お願い申し上げます”
色々と突っ込み所は満載であったが、一応何らかの呼び出しの手紙であるということは間違いなさそうだ。
「……で、このイミフな呼び出しの差出人は?」
“梅雨の晴れ間の青空に心浮き立つ昨今、どうぞお健やかにお過ごしください。――敬具
――霧島 摩利香”
「あ……」
途中まで悪戯と思い込んでいた僕だったが、その名前を見た途端、妙に納得してしまった。
「なんだあいつ、昨日は果たし状みたいのよこしやがって、ちゃんと手紙書けんじゃないか」
いや、問題はそんなことではない。手紙の文体がおかしいのは、世間知らずな彼女らしいっちゃらしい。
しかし、昨日の今日で呼び出しとか、なんかまずいことでもしたかな?
僕はだいぶ訝しみながらも、まさかすっぽかすわけにもいかないので、仕方なく屋上へと向かうことにした。
まあ、あのクソ丁寧な内容からして、怒ってるなんてことはないだろ。
僕はトボトボと階段を登って行き、少し建付けの悪い古びた階段室の扉を開いた。
「あ……え? き……霧島?」
彼女は僕の直線上に並々ならぬ様子で立っていた。短いが艶やかで綺麗な髪と、もう少し短かったら嬉しいスカートがそよ風にたなびいている。
しかも、彼女の水晶のような瞳は、何故か今日も研ぎ澄まされた刃物のような眼差しで僕を見ているのだ。
「那木君……ようやく来たようね」
「ど……どうしたんだよ、霧島? あ……あんな畏まった手紙よこして」
僕は霧島の物々しい雰囲気に怖気づいてしまう。
これは……怒っているのか? わからんが、滅茶苦茶臨戦態勢万全って感じだ。
僕がビビッて突っ立ってたもんだから、霧島は遠慮なしに詰め寄って来る。もう少しで腰を抜かすところだった。
頭には昨日の霧島の“いつかあなたを……食い殺してしまう”という言葉がよぎっていた。
そして彼女は、僕の前まで来るとゆっくりと口を開いたのだ。
「昨日貸したCDの件なのだけど……」
「な……あ……CD……!?」
そうか、やはり彼女が大事にしているCDをいつ返すとか、ちゃんと約束しないままに帰ってしまったから、借りパクされるんじゃないかと思ってるんだ。
どうしよう? ここはひとまず誠意を見せて、彼女からの誤解を解かないと!
「あ……安心してくれよ。霧島! 僕はレンタルDVDの返却期限を一度だって過ぎたことはないし、友達から借りたゲームソフトだってな、クリアしたらちゃんと!」
「ちょっと那木君、あなた何を言っているの?」
「……へ?」
霧島はなんのことやらって感じで首を傾げる。僕はアホ面をして聞き返した。
「……だって、大事なCDが借りパクされないか心配だったんでしょ?」
「ち、違うわよ! 人を勝手に器の小さな人間にするのはやめてもらえる?」
「え? じゃあ、一体何の用なの?」
「そ……それは……」
霧島は急に視線を逸らしてもじもじし始める。
恥ずかしがるクーデレ美少女……不覚にも僕は、心の中で「凄くいい!」と叫んでしまっていた。
彼女のどうしても聞きたかったこと。それはこの仰々しい前置きが嘘だったみたいに、さり気なく、そして愛らしいものだったんだ。
「き……昨日貸した曲、ど……どうだったかしら?」
「……え? 曲の事?」
「し……CDを貸したのだから、中身の曲について聞くのは、と……当然ではないかしら?」
つまり、霧島は僕を屋上にまで呼び出して、自分がオススメした楽曲の感想を聞きたかったってことだ。
おそらく、これまでこういった話のできる友人など誰もいなかったのだろう。だから彼女は、自分が大好きなものを僕がどう思ったのか、一刻も早く聞きたかったのだ。
そんな彼女が無性に可愛く思えてしまい、僕はついつい笑ってしまった。
「ちょっと! 一体何がおかしいの?」
「あはは……ごめん、まさかそんなこと聞かれるとは思わなくてさ」
「ま……まあいいわ、で……どうだったの?」
「ああ、昨日は忙しくてさ、今日にでもじっくり聞いてみるよ」
「そ……そう」
貸したCDを聞いてないことを知り、霧島は少し気を落としていた。
どうしようかと思っていたが、霧島にここまで期待されてる以上、借りたCDは必ず聴かなきゃならなそうだ。
「返すときに感想は伝えるよ。どうする? 霧島のクラスにでも持って行った方がいい?」
僕がそう言うと、霧島は表情を曇らせた。どうにも都合が悪そうだ。
「分かってると思うけど……あまり人前で私に会うと、あなたに迷惑をかけてしまうわ」
「別に俺は、もう気にしないけど……」
「それに、クラスで落ち着いて話なんてできないでしょう?」
「まあ……そうか、じゃあ、どうすればいい?」
僕の問いかけに、霧島は照れ臭そうに微笑を浮かべて言った。
「三日後……またここで会いましょう。気に入ったのなら、また何か貸してあげるわ」
僕は彼女のその嬉しそうな顔を前に、少しドキドキしてしまった。
この屋上でのみ、僕ら二人は会うことを許される……。何だかロミオとジュリエットみたいじゃないか。
昨日は警戒されて拒否られてしまったけど、この学園最凶の一匹オオカミは、なんだかんだ僕に懐いているようだ。




