track.79 幼馴染奪還ゲーム
目を覚ますと、そこはいつもと何ら変わらない自分のベッドの上だった。
そうか、僕は夢を見ていたんだ。今思えば、ずいぶんと荒唐無稽な話だったもんな。
毘奈が病院に運ばれたのも、その裏で矢須が糸を引いていたのも、矢須の胸に顔を埋めたのも、みんなみんな嘘だったんだ……。
「最後のは、本当でも良かったんだけどな……」
僕は自分の顔に触れながら、ちょっともどかしそうに言う。
あんな雄大な自然に抱かれるチャンスなんか、人生でそうそうないだろうからな。
――ところがどっこい、嘘じゃありませーん♪♪」
「え!? ……矢須? いるのか!??」
どこからともなく、矢須の声が聞こえてくる。
僕はキョロキョロと自分の部屋を見渡すが、奴の姿はどこにもない。
――現実世界と何ら変わらないように見えるけど、もうゲームは始まっているわ♪ あたしもナビゲーターとして、たまに話しかけるからよろしくね♪♪♪」
「おいおい、始まってるって……で、一晩以内に毘奈と……その、キキキ……キスをすればいいんだな?」
――そうよ、でも安心して。ここは毘奈の夢の中……ここでは、現実とは違った時間が流れているわ♪♪」
「どういう意味?」
――こういう恋愛シュミレーションが、たった一晩だけなんて面白くないでしょ? だから一カ月間、吾妻にここでの時間をプレゼントしちゃうわ♪♪」
「そ……そんなに!?」
一体どうなるかと思ったが、今のゲームルールを聞く範囲では、意外にヌルゲーなのかもしれない。
毘奈とはあんな事になってしまったけど、僕に対する気持ちがあったのは事実じゃないか。
ここまでの条件が揃っていれば、さすがの僕でもキスの一回や二回……あくまでも、毘奈を救う為の人道支援としてやれるはずさ。
――じゃあ吾妻、頑張って♪♪ 毘奈と熱々で濃厚なキッスができることを祈っているわ♪♪♪」
そうして、矢須との交信は一方的に途絶えた。
どうやら、今日は月曜の朝のようだ。僕は歯を磨いて顔を洗い、朝食を食べるといつも通り学校へと出発する。
さてさて、比較的クリア条件は高くないようだが、それにしてもどうする?
いきなり顔を合わせて、「キスしてくれ」なんて言ったら、さすがにどんな顔されるか分かったもんじゃない。
理由を話したところで、信じさせるのは難しいだろうしな。夢の中だし……。
「試しに、今日会う約束でもしとくか」
いつもは鬱陶しくて、こちらから会う約束などほとんどしたことがなかった。
僕はスマホのメモリーから、毘奈とのやり取りを探す。
「あれ……? 見つからないな。確かにあったはずだけど」
文章でのやり取りはおろか、毘奈の携帯番号もメールアドレスも、僕のスマホには入っていなかった。
全然代り映えしないように見えるけど、やっぱりこういうところは少し現実と違っているらしい。
まあ、簡単にクリアできちゃ、ゲームにならないしね。どうせ昼休みにでも会えるだろうし、それでいいか。
ということで、僕は昼休みまでの時間をおとなしく教室で過ごすことにした。
何かいつもと雰囲気が違うと思ったら、どうやら僕のロクでもない噂がこの世界には存在しないらしい。
ああ、クラスメイトたちからそこら辺に落ちている石ころ扱いされることが、ここまで嬉しいとは思ってもみなかったよ。
僕は久々に、自分を普通の人扱いしてくれるクラスを満喫し、ぬくぬくと昼休みを迎えていた。
やれやれ、それじゃ手の掛かって鬱陶しい、あの幼馴染のところにでも行くとするか。
「早いとこ毘奈に会って、クリアの糸口を掴まなきゃな……」
僕はこのゲームのクリア条件を、毘奈に対してどう切り出したらいいものかと、思慮を巡らせながら彼女のクラスへと向かった。
相手があの毘奈だったとしても、ここは嘘でもそれっぽい雰囲気を作って、チューまで持ってってしまった方がいいものか。いずれにしても、嘘は気が引けるな。
廊下を歩きながら、僕はつい深く考え込んでしまっていたらしい。何しろ、前方から歩いてくる人すら見えていなかったんだから。
「……うわっ!?」
「イッター……!」
完全に僕の前方不注意だった。いや、向こうも話に夢中で、ロクに前を見てなかったのかもしれない。
僕と正面衝突した女子は、尻もちをついてしまった。
「ご……ごめん、よそ見してた! 大丈夫!? って、あれ……?」
「ううん……私も話してて、よく前を見てなかったよ。ごめんね」
一瞬、誰かと思った。だが、この適度に日に焼けた浅黒い健康的な肌と、特徴的なポニーテールはもう奴しかいない。
どうアプローチしたものかと頭を悩ませていたが、どうやら鴨がネギを背負って向こうからおいでなすったようだ。
「なんだ、毘奈じゃないか!」
毘奈は友達二人を連れて、購買にでも行くつもりだったらしい。
果たして、夢の中の毘奈ってのがどんなものか気になるところであったが、なんてことはない。小さな頃からずっと見てきた、いつもの毘奈だ。
でも、何か様子がおかしい。僕が声を掛けた途端、毘奈と毘奈の友人二人は、酷く怪訝な顔で僕を見つめていたんだ。
そうだ。僕は毘奈のその言葉を聞くまで、矢須と彼女に誘い込まれたこの世界を、甘く見過ぎていた。
数秒の沈黙の後、毘奈は首を傾げるようにして言った。
「君……誰?」
僕の背中にゾゾゾッと悪寒が走る。もしこれが事実だとしたら、僕はとんでもないゲームに身を投じてしまったことになるぞ。
「あはは……冗談だろ、毘奈? あの事……怒ってるのか?」
「さっきから、何言ってるの? 大体、話したこともない女子を呼び捨てとか、やめた方がいいよ!」
「……え?」
どうやら、これは本当に間違いではないらしい。
この世界の毘奈は、鬱陶しい幼馴染どころか、僕と面識すらなかったんだ。
青ざめて凍りつく僕に、毘奈の取巻きの女友達がいきり立って言う。
「いくら毘奈が可愛いからってさ、そういう近づき方、キモいからやめてくれない?」
「そうそう、いるんだよね……毘奈と接点持ちたくて、無理矢理アプローチしてくる男子……」
おいおい、マジかよ。僕はここに来て、このゲームの恐ろし過ぎる基本設定を知ることとなる。
そう、これはどこにでもいる冴えない男子高校生の僕が、おそらく学年トップクラスの可愛い女子である毘奈と、出会いから一カ月以内にキスしなきゃいけないという、とんでもない無理ゲーだったんだ。
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