track.58 夏の終わり
家族の絆を取り戻した霧島は、それからしばらく故郷に留まることにした。
いてくれて構わないとも言われたが、僕だってたまには空気くらい読む。
家族が心配するからということで、僕は一足先に自分の家へ戻ったんだ。
家に帰るなり待っていたのは、愛する僕の家族……などではなく、黙って霧島の故郷へ行ってしまったことにだいぶご立腹な幼馴染だった。
何故か、僕の部屋の真ん中で仁王立ちしていた毘奈が詰め寄ってくる。
「あーずーまー!! 伊吹ちゃんからしっかり密告……じゃなかった、聞いたからね! どういうことか、きちんと説明してもらおうかな」
「え……いや、別に大したことは……」
慣れない山登りや、化物退治でだいぶ疲労困憊なのに、これから毘奈の詰問を受けなきゃならんと思うと、頭をかきむしりたくなる思いだったよ。
だが、意外や意外。いつも独裁国家の秘密警察みたいに執拗な毘奈だったが、今回はあっさり引いてくれる。
「まあいいや、深くは聞かないでおこう。その代わり……」
「え……?」
やはり何も無しでとはいかなかった。毘奈はニンマリしながら僕に理不尽な要求を突きつけてくる。
何でも、残りの夏休み、毘奈のお出かけに必ず付き合えとのことだった。僕はこいつの使用人か……。
断ると面倒なので、僕は渋々それに同意した。どうせ毎日のように部活だろうから、お出かけなんてたまにだろうしね。
それからしばらくして、霧島からこっちに帰ったとの知らせが届いた。もちろん手紙でね。
夏休みも残り僅かとなっていた。久しぶりに霧島に会えることに少し胸を躍らせつつ、僕はギターを習う為に霧島のマンションへと向かう。
霧島には会いたいけど、ぶっちゃけ彼女の厳しい指導を考えると複雑な心境だ。
そんなこんなで、僕は久しぶりに霧島のマンションを訪ねていた。
彼女はいつものようにオートロックを解除し、僕へ部屋まで来るよう促す。
部屋の前まで行き、インターホンを押すと、やはり僕の表情は緩んでいた。
「あいつ、元気にしてたかな」
そんな間抜け面をしていた僕へ、玄関ドアが開いた瞬間飛んできたのは、まるで弾丸のような人の拳だったんだ。
「え……ええ!!?」
ぎりぎり腰を落とし、その拳から逃れた僕の前に立っていたのは、いつか見たストリート系ファッションに身を包んだあの少女だった。
「なんだ、那木 吾妻か。変な男が訪ねて来たから、変質者かと思った」
「……て、お前、絶対わかってたよね! わざとだよね!」
すると、奥から慌てた様子で霧島が飛び出してくる。開口一番何なんだよ、一体?
「燕未香! どうしてあなたは、いつもいつもそうなの!?」
がさつな妹を霧島が叱ろうとするも、燕未香は何の悪びれた様子もなく飄々と言う。
「こっちの学校に転校することにしたの。だから、これからよろしくね」
「ああ……そうなんだ……って、ええ!?」
「あんたがヒトマタを退治してくれたから、もう巫女をする必要もなくなったの。だから、姉さんもいるし学校はこっちにしたのよ」
「まあ、上がれば」と言わんばかりに、燕未香はリビングの方へ歩いて行った。
霧島はへたり込む僕に手を貸すと、リビングまで行き、ソファに我が物顔で腰をかけていた燕未香に溜息を吐きながら言う。
「燕未香、那木君は恩人だし年上なんだから、少なくとも呼び捨てはやめなさい……」
「いや、霧島、もういいよ……」
「それもそうね」
「……え?」
半ば諦めかけていた燕未香のフルネーム呼び捨てが、姉妹の絆を回復した姉の指導によって今改善しようとしていた。
良かった良かった。まだだいぶガサツなようだけど、僕が月狼でやったことは無駄ではなかったようだ。
そう僕が感動しながら燕未香を見ると、彼女はしたり顔をして言った。
「これからよろしくね、兄さん」
「……へ?」
なになに? 一体何が起こったの? 僕は呆気にとられて凍りつく。
「だって、うちのお父さんもお母さんも、あなたを婿養子にする気満々よ。どうせ姉さんと結婚するんでしょ?」
「は……いや……結婚? ええー!?」
「ちょっと何を言っているの、燕未香!? 那木君は友達だって……」
右往左往する僕と霧島とは裏腹に、燕未香は立ち上がり僕らに詰め寄るように言う。
「皆んな言っていたわよ。友達だなんて方便だって。そうじゃなきゃ、男一人を自分の家に泊まらせたりしないってね。しかも、一緒の部屋で寝てたんでしょ?」
「そ……それは……」
「わ……私たちは別に……」
燕未香のド正論に、僕らはお互い向かい合ってだんまりしてしまう。霧島の顔は真っ赤っかだったよ。
どうしよう。何もなかったとはいえ、この流れは十四歳の中学生の教育に非常によろしくない気がするぞ。
すると燕未香は、たじたじの僕に向かって念を押すように言う。
「それと、大事な姉さんと結婚するんだから、まさか姉さんのいない間、別の女なんかに現を抜かしてなかったでしょうね?」
「あはは……まさか」
色々と前提は間違っているが、この質問に関しては確実にアウトだった。
毘奈とのことはどうする? こいつにバレたら、説明する暇もなく血祭りにあげられるぞ。
僕は幼馴染としてしまった軽はずみな約束を、心底後悔していた。
もういい。そろそろいい加減話題を変えなければ!
そう思ってか、霧島は焦りながら無理矢理話を変えようとする。
「あ……そういえば那木君、ずっと気になっていたのだけど……」
「え……なに、霧島?」
いいじゃないか。霧島にしては気が利いているぞ。……と、僕が霧島の機転に感心した矢先……。
「そ……その、燕未香のことは“燕未香”って名前で呼ぶのに、どうして私のことはいつまでも……“霧島”って呼ぶの?」
「……は?」
「もしかして那木君……燕未香のことが……」
なんなのこの展開? 霧島に感心した僕が馬鹿だった。これじゃ、余計に話がややこしくなるじゃないか。
「ふ……ふーん、そうなんだ。に……兄さんは私の事が好きなんだ。だだ……だけど、私は自分より強い男しか……えーと、相手にしないんだから!」
霧島の爆弾発言に、得意気だった燕未香も、顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。
そして、霧島の暴走はこれでは終わらなかった。まるで僕を更に追い打ちするようにね。
「も……もしかして那木君、人に罵られたり、殴られたりすることに喜びを感じる特殊な性的趣向を持っているとか……だから、燕未香を!?」
「き……霧島、何を言っているのかな?」
「そ……そうか、やっぱり兄さんは変態だったんだ」
「那木君……私はその……そういうことで差別とかしないから!」
「ち、違うって!!」
こうして、様々な誤解を孕みながらも、僕の偉大なる高校一年生の夏休みは終わりを迎えようとしていた。
僕とクーデレ狼の物語は、僕とクーデレツンデレ姉妹の物語へと変貌しちゃうようだ。
皆様、ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
これにて第三章『月と狼の伝説』は完結となります。
前回は久方ぶりに評価をいただくことができました。感謝感激です!!
ブックマーク・いいねもありがとうございます!!
ブックマーク・評価・いいね等、たくさんの反響、もの凄く励みになっております。
読者の皆様の温かなご支援のおかげもございまして、本作品のブックマーク登録も、何とかその数60名様に到達することができました。本当にありがとうございます!!
例によって、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
どうか今後とも、本作品への温かなご支援の程、伏して__|\○_ よろしくお願い申し上げますm(_ _)m
ということで、例によってここでは第三章に登場するキャラ紹介をしたいと思います。
【キャラ紹介】
◇霧島 燕未香
原作『失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~』には登場しなかった、ヒロインの妹です。
ヒロインがクーデレだったので、ツンデレにしてクーデレ・ツンデレ姉妹にしてみました。
元となったキャラは、『☆ロストボーダー・オンライン――巨大ロボットはファンタジーゲームの夢を見るか?』に登場させた、VRMMO格ゲー少女“飛燕”です。
本名不詳だったので、この作品で本名初披露でした。
名前の由来は、北アルプスの燕岳から。
【好きだったゲームがリマスター!?】
前回、たまたま紹介したスクエニの『クロノクロス』というゲームですが、このタイミングでリマスターがスイッチで出ることが決まりました。
発売から二十年以上経ってからのリマスター……。
今までプレーできなかった追加要素もあり、かなり胸熱です。
結構難解な話のゲームですが、凝ったシナリオが好きな方は、是非プレイしてみて下さい。
【この作品を書くことになった短編企画の件】
元はと言えば、友人と同じ条件で短編を書いてみようと始まったこの企画。
かれこれ半年以上経って、やっと友人の短編が完成したのでご紹介します。
ラブコメ好きの方は、是非読んでみて下さい。
タイトル:
『地味キャラ男子な俺の彼女は、陽キャラ巨乳ギャル? それとも清楚系アイド
ル?』 作者:さくらつぼむ
この小説のURL:https://ncode.syosetu.com/n7551hm/
【第四章予告】
学園ラブコメと歌いながら、かなりファンタジー展開が重なってきました。
第四章は、久々に学園もの要素の強いお話にしてみました。
夏休みが終わり、ようやく平和な日常を過ごせると淡い期待を抱いていた吾妻君。
そんな新学期初め、“鋼鉄の女王”と呼ばれた元生徒会長が留学より帰国。
相変わらず学園最凶を欲しいままにしていた霧島 摩利香と衝突し、案の定吾妻君も巻き込まれます。
アメリカ帰りの謎のヒッピー少女など、個性の強すぎる新キャラも続々登場。
第四章 『鋼鉄の女王』
3/27(日)開始予定です!
ご期待下さい!!




