track.52 妹、呼び出し?
僕と霧島のお父さんは、その後お風呂で何か噛み合わない異次元の会話をしていた。
自分も婿養子だったから大丈夫とか、兄妹はいるのかとか、本当によく分からなかった。
なんやかんやで、僕は風呂から上がり、霧島の待つ居間へと向かって歩いていた。
夜風の涼しい外廊下からは、高地にいるせいか月がいつもより大きく見えて綺麗だ。
山登りの汗を流し、晴れやかな気分で歩いている僕は、不意に今一番絡まれたくない奴に呼び止められる。
「おい、那木 吾妻!」
「え……燕未……香?」
振り返ると、巫女姿の燕未香がしかめっ面して立っていた。
なんだなんだ? さっき霧島の事で食って掛かった仕返しか?
どうでも良かったのだが、僕は顔を引きつらせながらも、根本的な違和感に突っ込んでしまう。
「えーと……今、那木 吾妻って言った?」
「そうよ、あんたの名前、那木 吾妻じゃないの?」
「そ……そうだけど、君今いくつだっけ?」
「十四だけど、それがどうしたの?」
霧島でさえ僕のことを“那木君”って呼ぶというのに、こいつは遠慮なしにフルネーム呼び捨て……。
まあ、野蛮人に礼儀を求めても仕方ない。僕は諦めてこの乱暴者の要件を聞く。
「あ……ああ、何でもないです。僕に何か用かな?」
「ちょっと話があるから、こっちに来なさいよ」
「……え? 話?」
これって人目につかないところに呼び出して、ボコボコにされるパターンじゃないのか?
僕が思いきり顔を引きつらせていると、燕未香はその煮え切らない態度にイライラしだす。
「別に殴ったりしないわよ。早くして! ぐずぐずしてるとぶっ飛ばすわよ!!」
「あ……はい」
果たして殴られるのか殴られないのか、一体どっちなんだろう……?
そんな疑問を抱く暇もなく、僕は燕未香に連れられるがまま校舎の裏に……じゃなくて、霧島家の裏庭に連れていかれた。
そこは月明りだけが照らす、枯山水の日本庭園だった。
暗がりの中へと下りて行った巫女姿の燕未香は、霧島と見紛うほどに神秘的で、思わず息を呑んでしまう美しさだった。
そんな見た目とは裏腹に、彼女は僕に対して無遠慮に聞いてくる。
「単刀直入に聞くわ。あんた、何が目的であの人に近づいたの?」
「何の目的で……て、……へ?」
「霧島家の財産目当てだったら、やめときなさい。得られるもの以上の災厄があなたに訪れるんだから」
一体この子は何を言ってるのか?
おそらく言えることは、燕未香は僕が不純な動機で霧島と仲良くしていると思い込んでるっていうことだ。
まあ、財産目当てっていうのも、うちの母親が絡んでくると強ち嘘とは言えないよな……。
しかしながら、何故かって聞かれたら一言で答えるのは難しかった。
「あのさ、よくわからないけど、仲良くするのに理由がいるの? 友達だから一緒にいるし、仲良くするもんだろ?」
燕未香は僕の回答が気に食わない様子だった。「ふんっ」と言って、更にまくし立ててくる。
「いいわ、あんたが仮にあの人の友達だったとして聞いとく。わかってると思うけど、あの人は普通ではないの。これから先も、あの人を巡って色々な災厄が起こるわ……」
そう言うと、燕未香は僕に鋭い眼差しを向けて詰め寄ってくる。
「あんたの家族や友達が、危険な目に遭うかもしれない。そうなったとき……あんたはそれでもあの人の傍にいられる? 支えられる覚悟はあるの?」
まるで彼女に銃口でも突き付けられたような気分だった。
ああ、少なからず分かってはいたさ。あいつの周りでは厄介事が絶えないってことにね。
だけど、もう僕の答えは決まっていた。あの日、狼となった彼女と約束したのだから。一緒に自由を探すんだって……。
「言われるまでもないよ。その覚悟がなかったら、こんなところにノコノコ一緒に来ちゃいない」
「ふーん、言うじゃない。で、あんた自身はあの人とどうなりたいの?」
「一言では言えない。だけど、少なくてもあいつには……霧島には、今まで辛いことがあった分、これからはいつも笑っていて欲しいと思うよ」
結構シリアスな雰囲気だったもんだから、僕は迂闊にもこの野蛮人の前で、ついついクサいことを言ってしまった。
すると、案の定燕未香は声を上げて笑い出したんだ。僕は思わず赤面してしまう。
「ククッ……あはははは! よくもまあ、そんな歯の浮くようなことを堂々と言えたもんね!」
「う……うるさいな! お前がさ……」
「ふん、いいわ! あんたの覚悟、ここから私が見ててあげる。あんたが簡単に覚悟を曲げるような男なら、私がぶっ飛ばしに行くから、首を洗って待ってなさい!」
燕未香はさっきまでの態度とは裏腹に、かなり楽し気な顔をして言った。
知らないけど、僕はどう転んでも燕未香にぶっ飛ばされるんじゃないか?
だが、彼女があまりにいい顔して笑うもんだから、僕はついつい彼女の顔に見惚れてしまっていた。
と、そんなタイミングでだ。霧島家の立派な柱や梁が不意にぎしぎしと音をたて、少し強めの地震が起こる。
僕は右往左往しながらも、落ち着いて揺れが収まるのを待つ。
「な……なんだ? 地震? 結構強いな!」
「ちょ! あんた、そ、そこどいて!!」
「え? う……うわぁ!!?」
いきなりの強い揺れに、燕未香は巫女の緋袴に足を取られて僕に向かって倒れ込んできた。
そりゃ、僕だって条件反射で転ばないように受けとめるわな。
おかげ様で、何故か僕の胸に顔を埋める巫女姿の燕未香という、なんともマニアックな光景が作り出されてしまったんだ。
「ちょっと! いつまで人の体触ってんの? ぶっ飛ばすわよ!」
「え……ああ、ごめん!」
燕未香に凄まれ、僕は慌てて彼女の肩から手を離した。
気のせいか、乱暴者の燕未香の頬が真っ赤に染まっているように見える。
それにしても理不尽だ……。僕はこれまで一方的にやられていた仕返しとばかり、につい口を滑らせてしまう。
「お前さ、いつもしかめっ面してるけど、さっきみたいに笑ってた方がいいぜ?」
「……は? どういう意味?」
「せっかく霧島に似て可愛いんだからさ、もうちょっと女の子らしくした方が……」
やめておけばいいのに、とんだ藪蛇だった。
口は災いの元なんてよく言ったものだ。いや、霧島家では軽はずみな発言は、即命取りになってしまうのだ。
「か……可愛いって言うな! あの人になんか似てない!! 女の子らしくなくって悪かったわね!!」
結局、僕は燕未香にぶっ飛ばされた。




