track.49 月狼山登拝
次の朝、僕は霧島に五時に起こされる。
何もこんなに早くとは思ったが、早く出ないと帰って来れないらしい。
登山に使う靴だとかザックだとかは、家に予備があったみたいで霧島のお父さんが貸してくれた。
こんな格好させて、何を大袈裟な……と内心思っていたが、着替えの終わった霧島の格好を見て、僕の覚悟の甘さに気付かされる。
霧島は、カラフルなウェアとザックを背負った山ガールなどでは全くなく、白装束に足袋を履いた修験者みたいな格好をしていた。
「き……霧島、登山に行くのにずいぶん大袈裟な格好なんだね……」
「月狼山は修験の山なの。那木君はともかく、私たちが登るときはいつもこの格好よ。それに、登山ではなくて登拝に行くの」
「ああ……そうなんだ……」
登山すら真面にしたことのない僕は、そんなものなのかと無理矢理自分を納得させて霧島の家を出発した。
月狼山に登る前に、僕らは月狼神社でお参りをしていく。神様から月狼山に登る許しをもらうのだとか。
朝の月狼町は、深い霧に覆われていた。そんな中を、僕らは本殿へ向かって参道を進んで行く。脇に置かれた狼を象った石像が、ちょっぴり怖かった。
そして、本殿へと辿り着いた僕は、霧島の作法を見よう見まねでお参りをする。二礼二拍手一礼……投げ銭はいつだったっけ?
「そういえば、ここでお参りできるのに、なんでわざわざ山に登るの?」
「ここは言わば、神様の家の玄関といったところかしら? 月狼山そのものが神社の御神体なの。山頂にある奥宮へ登拝しに行くのよ」
「へぇー……」
よく分からなかったが、僕は関心した風に相槌を打った。
とりあえず、登って拝んで、下りてくればいいんだろ? 僕は何も考えず、軽い気持ちで出発をする。
「霧島、山頂まではどのくらいあるの?」
「そうね、距離にしたら大体六キロくらいかしら」
「なんだ、そんなもんか!」
こんな大袈裟な装備に、水を2リットルも持たされるもんだから、もっと大変なのかと思ったよ。
僕は完全に山道を舐め切って、駆け足でもするかのように斜面を登っていく。
「おーい、霧島! 早く登っちゃおーぜ!」
「あんまり急ぎ過ぎるとバテるわよ! まだ先は長いのだから!」
霧島の忠告なんてどこ吹く風。僕はペース配分なんて全く考えず、どんどん進んで行く。
なんだ、登山て大変そうなイメージがあったけど、やってみたら意外にちょろいじゃないか。
澄み切った空気に、軽快な足取り、ハイになっていた僕は、どこまでも行けるような気がした。
そして数分後……。
「那木君、だから言ったじゃない。急ぎ過ぎるとバテるって……」
「はあ……はあ……はあ……き、霧島、も……もう半分くらい歩いたかな?」
「何を言っているの? まだ一キロも歩いていないわ」
「はあ……はあ……ええ!?」
霧島の返答に、僕は呆然としてしまった。
正直、山を舐め切っていたことは認めよう。しかし、なんだ? 山で使うメートル法は、平地の×3とでもいうのか?
息を切らしてバテバテの僕は、深い樹林帯の中で絶望的とも言える山頂までの遠さに絶句してしまう。
「初めてだもの。仕方ないわ、少し休憩していきましょう」
「う……うん、助かるよ。霧島は余裕そうだね」
「ゆっくりでも、息を切らさないペースで歩き続けるのがコツよ。のどが渇く前に、水分を小まめにとることもね」
と、霧島のアドバイスを聞いて、僕は再スタートする。
だけど、一回バテてしまった僕は、すぐに歩けなくなって休憩を繰り返した。
霧島はこんなポンコツな僕を、文句一つ言わずに優しくエスコートしてくれたんだ。
「もう少しよ、もう少ししたら景色が開けるわ」
確かに、歩けど歩けど木ばっかりで、もういい加減うんざりしていた。
僕は額の汗を拭いながら、ひたすら重い足を前へ前へと運んでいく。
僕は一体、何のためにこんな辛い思いをしているのだろうか? そんな考えが頭を過ったまさにそんな時だった。
「す……凄い!!!」
僕らの視界を遮っていた木々は、まるで境界線でも引かれたかのように消え去った。
僕の目の前には、デタラメなくらい青い空の下、どこまでも果てしなく連なる雄大な山々が広がっていたんだ。
疲労困憊であった僕だが、その圧倒的な光景に一瞬で心を奪われてしまった。
「ここが月狼山の森林限界……山頂まではあと少しよ」
霧島は感動している僕に、優しく微笑みかけるように言った。
ああ、クソ大変だと思ったけど、この光景を見れただけでここまで来た意味はあった気がするよ。
僕は最後の力を振り絞って、ゴツゴツしていて歩きにくい岩場を進んだ。
そして、少し先を行っていた霧島が立ち止まり、空まで続いていくと思われた道が途切れた時、僕は到達できないんじゃないかとさえ思った、月狼山の頂に立っていた。
「ああ! もう歩けない!!」
山頂に着くなり、僕は登り切った達成感やら充実感やらで、“月狼山頂”と書かれた看板の横で仰向けに寝そべっていた。
標高は二八〇〇メートルを超えている。多分気のせいだと思うが、見上げている空がいつもより近くに見えた気がした。
霧島はそのまま寝落ちしそうな勢いの僕に、やれやれといった感じで言う。
「那木君、登り切ってそれで終わりじゃないのよ。奥宮に参拝して、その後は暗くなる前に山を下りなきゃいけないのだから」
霧島の立っている先には、少し広い山頂にひっそりと佇む小さな社が見えた。
僕は寝そべったまま、少し困った様子の霧島の顔を見上げるようにして言う。
「綺麗なところだね……」
「……え?」
「悪い話ばかり聞いて来たから、最初は一体どんな怖い場所かと思ってた。……だけど、霧島が生まれて育った場所……凄く綺麗なところだったよ」
疲労と充実感で、僕はハイになっていたのかもしれない。
僕は普段だったら言えないようなこっ恥ずかしいことを、感情の赴くままにつらつらと語っていたんだ。
そんな僕の言葉を聞いて、霧島は一瞬ハッとしつつも、穏やかな笑顔を返した。
「そうね……私もそう思う」
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