5. 奴隷商館
スラム街のひっそりとした場所にある立派な建物。
奴隷商館だ。
誘拐された者は、十中八九、奴隷として売られる。
おそらくレベッカは奴隷商館にいるだろう。
と、シャルルは推測していた。
レベッカを奴隷として買い取り、正規の手段で救出しようと言うのだ。
スラム街には、奴隷商館がいくつかある。
ここは人身売買と相性の良い場所であるため、奴隷商館が乱立しやすいのだ。
シャルルは、マルティネス家が懇意にしている奴隷商と会うことにした。
もしも、この場所にレベッカがいなければ、他の奴隷商館に向かうことになるが。
あいにくと悠長にレベッカを探している余裕はない。
シャルルが恐れていることは2つある。
一つ目が、レベッカに買い手がつくこと。
二つ目が、レベッカがスラム街から別の土地に運ばれること。
どちらにしろ、時間との勝負であった。
奴隷商館の玄関扉を開けると、ちりん、ちりんと鈴の音が鳴った。
店に入ると受付スペースがあり、小綺麗な空間だ。
清潔感があり、ここがスラム街であることを忘れてしまいそうになる。
「すみませーん。誰かいませんかー?」
と、シャルルは声を張る。
すると、奥の部屋から太った男が現れた。
水たまり模様のシルクハットを被った男だ。
上下金ピカな服を着ており、お世辞にもセンスが良いとは言えない。
「おやおや、これはシャルル様」
シャルルと奴隷商の男は顔見知りだ。
シャルルは何度か、この場所に足を運んだことがある。
当時は目ぼしい人材がいなく、奴隷を買うことはなかったが。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
奴隷商の男はシャルルを見ながら、おやっと疑問を抱いていた。
以前のシャルルと、今のシャルルでは口調や雰囲気が違っているからだ。
「奴隷を買いに来ました。女の子はいますか? 若い女の子です」
そうシャルルが言ったとき。
奴隷商の男はシャルルに見えないように、ニヤリと口元を歪めた。
――悪童も所詮は男。女を覚え、雰囲気を変えたわけですか。今後の良い取り引き相手になりそうで。ええ、お金の匂いがぷんぷんします。
男は良い顧客を確保できたと考え、笑みを深めた。
「もちろんです。希望を言ってくだされば、こちらまで連れて来ますよ」
「いえ、それには及びません。自分の目で見て、じっくり決めたいので。奴隷がいる部屋へと案内してくれますか?」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
シャルルは奴隷商の男に促され、奥の部屋に入った。
そこは受付の綺麗な部屋とは打って変わって、薄汚い独房のような場所になっていた。
そして、奴隷たちが商品のように並べられている。
――嫌だなぁ、こういう雰囲気。見ていて気分の良いものじゃない。
この国の法律では、人身売買は禁止されておらず。
一つの商売として成り立っている。
シャルルは、人身売買について文句をいうつもりはない。
聖人君子ではないからだ。
しかし、人身売買の現場を目の当たりにすると、嫌な気持ちになる。
けれども、笑顔を崩さないのがシャルルだ。
会社員時代に鍛えた鉄壁のスマイルを、そう簡単には崩させない。
シャルルは奴隷たちをざっと確認してみた。
すると、若い女の子が多いことに気づく。
「少女が多いようですが。何か理由でも?」
「ほっほっほ。最近、少女趣味の男性が増えておりましてね。そのおかげで私も儲けさせてもらい。ええ、とても感謝しております」
奴隷商の本音を聞いて、シャルルは不快に思った。
笑顔が崩れそうになるが、ぐっと我慢する。
「シャルル様はどういった子が、お好みでしょう?」
「特に指定はないですけど。なるべく、歳が近いと良いな」
「ほうほう、なるほど。では、こちらはどうです?」
と、奴隷商はシャルルが気に入りそうな少女を紹介する。
しかし、シャルルは、
「うーん、ピンと来ないです」
と言って、首を横に振った。
その後、数人の少女奴隷を紹介されたが、シャルルはいまいちの反応を示す。
奴隷商の言葉に相槌を打ちながら、栗色髪の少女を探していた。
レベッカっぽい少女もいたが、よく見てみると口元に黒子がなく、違う人物であった。
そうして部屋の中にいる奴隷を全て見たが、レベッカらしき少女は見当たらなかった。
「これで全てですか?」
「ええ、現在当店で扱っている全ての商品となります」
と奴隷商が頷いた。
そのときだ。
奥の部屋から、ドンッ、ドンッ、ドンッと扉を殴るような音が聞こえてきた。
「申し訳ありません。最近入荷した子がおりまして。まだ、躾ができておらず、商品ではありませんが……」
「もしかして、少女ですか?」
はい、と奴隷商が首を縦に振る。
それを聞いたシャルルは、
――当たりかもしれない。
と、浮き足立った。
「見せてもらっても良いですか?」
「しかし……」
「僕は躾がされていない少女を、自分好みにしていくのが好きなんですよ」
とシャルルは言う。
無論、彼にそんな趣味はない。
「それは、なんとも業が深いですな。あなたも人が悪い」
奴隷商の男は暗い笑みを浮かべる。
「見せていただけます?」
「はい、もちろんですとも」
男は笑みを浮かべる。
奴隷商からすると、買い手がたくさんいてくれた方がありがたい。
値段を釣り上げられるからだ。
シャルルは奥の部屋に案内された。
そして、そこには、
「ん、んんんんっ!」
口を猿轡で塞がれた栗色の髪の少女がいた。
そして、口元には黒子がある。
勝ち気の目の少女であり、その少女はシャルルに向かって救済を求めるように唸っていた。
――この子がレベッカだ。
シャルルはそう確信した。