4. 囚われの少女
4話を変更して投稿しております。
スラム街は3つの組織によって支配されている。
まずは元傭兵団であり、生粋の武闘派集団が揃っている〈金狼〉。
次にスラム街の中でも暴力的な者たちが集う〈喧嘩屋〉。
そして、最後が最も古くからをスラム街を治めるマルティネス家だ。
お互い一時休戦の状態にあるが、隙あれば噛み殺す勢いで
睨み合っている。
レベッカとシャルルは、マルティネス家が支配する地区で暮らしていた。
他の2つの比べると、幾分治安が良い。
治安が良いと言っても、所詮はスラム街。
トラブルは日常茶飯事だ。
暴力や強姦、誘拐などなど。
レベッカは常に警戒しながら、あえて顔を汚し、醜女に見えるように工夫していた。
綺麗でいると、標的にされやすいからだ。
そして、危険な地域には近寄らないようにしていたのだが……。
目を覚ますと、知らない場所にいた。
暗い部屋だ。
薄汚く、微かな腐臭が鼻腔を刺激する。
太った男がレベッカを見下ろすように立っていた。
「おや、起きたようですね。おはようございます」
男は慇懃無礼な態度で挨拶をする。
レベッカは声を出そうとしたが、
「ん! んんんっ!」
猿轡をはめられており、上手く声を出せなかった。
ここで初めて、彼女は自分が誘拐されたのだと気づいた。
少女がスラム街で生活していれば、いつ誘拐されてもおかしくない。
最も後腐れがなく誘拐できる存在が、スラム街の住人だから。
貧民に人権なんてものはないのだ。
誘拐された者たちは大抵奴隷として売られる。
外見が良い女子なら、娼館、もしくは貴族や豪商に買われる。
屈強な男なら戦闘奴隷。
それ以外なら、鉱山奴隷などの使い捨ての働き手として買われていく。
どの道にしろ、幸せな未来はないと考えるべきだ。
「ほっほっほ。よくよく見てみれば、これは上玉です」
男は舐め回すようにレベッカを見た。
レベッカは悪寒を感じた。
ゾクリ、と冷たいものが背筋を這いずり回る。
男の値踏みするような視線を受けて、レベッカは自分が売られる身であることを実感した。
「フォード男爵が好みそうな少女ですな。世の中には変わった趣味の方がおられる。そのおかげで私は儲けられているので。ええ、文句を言うつもりはありませんよ。大歓迎です」
と、男はぶつぶつと独り言を呟く。
レベッカは「フォード男爵」と聞いて、すうーっと体の奥底が冷えるような感覚に襲われた。
男爵には黒い噂が多々ある。
それはスラム街に住むレベッカにも伝わってくるほどだ。
まず、フォード男爵は少女愛好者である。
14歳のレベッカはちょうど男爵の好みの年齢だ。
加えて、男爵には数々の拷問を施し、少女を痛めつける趣味がある。
いわゆる加虐性愛者と言うものだ。
少女愛好者であり、加虐性愛者である男爵に買われれば、どんな未来が待っているか……。
そも、多くの貴族にとって、スラム街の住人なんてゴミクズのようなモノ。
奴隷として買われた時点で、人として扱われようなどと考えてはならない。
暗い想像がレベッカの脳内を支配する。
痛みつけられ、捨てられる自分の体。
ぞわっと全身の粟立ちを覚えた。
「今回も男爵に良いモノが売れそうで。私は大変満足であります」
奴隷商の男は「ほっほっほ」と薄気味悪く笑った。
「んんん!」
やめて! とレベッカは主張しようにも、喉から溢れるのは意味のない言葉。
だから、彼女は唯一の抵抗として男を睨んだ。
すると、奴隷商が手を叩いて喜んだ。
「おお、これは良い! まさに男爵が好きそうなタイプ。威勢のよい少女を調教することに、悦びを覚える方ですから」
奴隷商は笑みを深くする。
見ているものをぞっとさせる笑みだ。
レベッカは絶望する。
物のように扱われる奴隷に、もはや人間としての尊厳はない。
スラム街で極貧な生活をしていても、レベッカには人間としての誇示があった。
いつか、弟とともに貧しい生活を抜け出し。
幸せになることを夢見て、今日まで生きてきた。
――こんなところで終わるなんて……絶対に嫌なのに……。
「……んんっ」
レベッカは暴れようとするが、体を縛られていて動けない。
くねくねと芋虫のように動き回る。
奴隷商の男はレベッカの姿を満足そうに見つめる。
と、そのときだ。
ちりん、ちりん。
鈴が鳴った。
来客者を知らせる音だ。
「すみませーん。誰かいませんかー?」
呑気な少年の声が店内に響き渡った。
「おや、来客のようですね」
と、男は言ってから、レベッカに告げる。
「ここで大人しくしておいてくださいね。あなたは私の大事な商品ですから」
そう言って、男は部屋を出ていき、カチャリと扉に鍵をかけた。
残されたレベッカは、
――どうにかして、男爵に売られるのだけは回避しないと……。
と必死に頭を回転させた。
しかし、周りを見渡しても逃げ道はどこにもなかった。
高いところに窓が見えるが、どう頑張っても届かない。
自力で脱出するのは不可能に思えた。
運良く、救世主が現れると思うほど、レベッカは夢みがちな少女ではない。
それでも、
――誰か助けて。
と、願わずにはいられなかった。