3. 少年との会話
「手荒な真似はしたくないんだ。話し合いで解決するなら、それが良い。だから、襲撃した理由を教えてくれないかな?」
シャルルは少年を見据えながら言う。
――暴力反対。ダメ、絶対。会話って大事だよね。人間関係のトラブルのほとんどはコミュニケーション不足が原因って言うしね。
「…………」
少年はシャルルの話を聞いて迷っていた。
シャルルの言う通り、黙っていても問題が解決するとは思えない。
それなら、藁にもすがる思いで、シャルルに打ち明けたほうが良い気がした。
だが、少年が躊躇うのには理由がある。
それはシャルルの悪名だ。
マルティネス家の悪童。
スラム街に住む者なら、誰でも耳にしたことがある。
子供とは思えない所業の数々。
その凶暴さは大人すらも震え上がらせるという。
そんな人物に打ち明けても良いのか……。
だからといって、何も言わなければ何も進まない。
と、少年は悩んでいた。
「大丈夫。悪いようにはしないよ」
シャルルはニコニコしながら言う。
「信じられない」
「別に信じなくてもいいよ。僕を信用できない気持ちはわかるから」
シャルルとて、自らが信頼に値する人物でないことを知っている。
「でも、可能性があるのなら、かけてみるべきじゃない?」
シャルルは少年と目線を合わせるように座った。
相変わらず、笑みを浮かべている。
少年はシャルルの真意を掴めないでいる。
彼はシャルルの目を真っ直ぐ見て、
――目の前にいるのは一体誰なんだ? 本当にマルティネス家の悪童なのか?
と、疑問を覚えた。
そして、
――でも、こいつの言う通りだ。可能性があるなら、微かな望みであっても賭けるべきだ。
少年は意を決して言う。
「姉貴が連れて行かれた。マルティネス家の悪童が連れて行ったと、そう言われたんだ」
「それは誰からの情報かな?」
「知らない……。けど、マルティネス家の悪童がやったって!」
「知らない人の話を、安易に信じてはいけない。そう親に教わらなかったのかい?」
シャルルは静かに言う。
――そもそも僕は臆病だから、他人の話を鵜呑みにはしないんだけど。ネットの情報の大半は嘘だと思っているくらいだし。
しかし、同時に少年の心理状態も理解できた。
――大事な人を連れていかれ、気が動転していたんだろうね。まだ子供だから、それも仕方ないか。
「親なんていないッ!」
「家族は?」
「家族は……姉貴だけだ」
少年は吐き出すように言った。
それを聞いたシャルルは、
「なるほど、そういうことか……」
と小さく呟き、納得する。
――この子は、ただ一人の家族を誘拐した僕を恨み。そしてお姉さんを取り返すために、襲撃してきたわけだ。でも、僕には少女を誘拐した記憶がない。
つまり、少年にシャルルを襲わせた人物がいるということ。
しかし、誰が少年を唆したのか?
シャルルは大勢から恨まれている自信があり……。
相手を特定するのは困難だった。
――過去のシャルルの行いのせいで、僕の人生がめちゃくちゃだ。勘弁してくれよ。これからも僕は命を狙われ続けるのかな? 想像しただけで、胃が痛くなってきたよ。
「お姉さんを攫われたんだね。それは災難だ」
「災難だと!? お前がそれを言うのか! クソ野郎ッ」
「うんうん、僕はクソ野郎かもしれないね」
「自分で認めるとはな」
「だって、僕は悪童なんでしょ。だから、誘拐犯だと思われても仕方ない」
「やっぱり、お前が誘拐したのか!?」
「いいや、違うよ。そう思われても仕方ないけど、僕は誘拐犯じゃない。それに僕には誰かを誘拐できる度胸なんてないよ」
――犯罪なんて僕には程遠い世界だったからね。万引どころか、ネットで怪しいサイトすら見られなかったんだ。そんな臆病な僕が誘拐なんてできるわけないよ。
「それこそ、嘘だ……」
少年がじーっとシャルルを見てきた。
「ほんとのことなんだけど。信憑性がないみたいだね」
――辛いなぁ。今の僕は人畜無害なのに。
「当たり前だろ……ほんと、お前はなんなんだよ。マルティネス家の悪童なのか?」
「そう……らしいね?」
「なんで疑問系?」
「僕にも僕のことがわからないんだ」
――自分のことを自分が一番わからないって言うらしいけど、僕の場合は特殊なケースだ。
「なんだよ。じゃあ、誰がお前のことを知ってるんだ?」
「シャルルかな?」
少年はポカンとしたあとに、呆れてため息をつく。
「もういい。それで、襲撃した理由を話したんだ。これで何か変わるのかよ」
「もちろん、君のお姉さんを助けてあげるよ」
少年は目を丸くして、シャルルを見た。
そして、
――こいつは、本当に何なんだ?
と、混乱した。
イメージしていた悪童と、間近でみるシャルルが全く一致しない。
シャルルに捕まったら、即、殺される。
もしくは酷い拷問を受ける。
そう、少年は思っていた。
だが、実際に会ったシャルルの印象はまったく違った。
礼儀正しく、穏やかな雰囲気の人物。
たまに怖いときもあるが、噂される悪童とは似ても似つかない。
それがシャルルに対して抱いた感想だ。
――だけど、悪童と呼ばれたやつが優しいわけがない。絶対に裏がある。
そう、少年は警戒するものの。
何故かシャルルが嘘をついていないように思えた。
「ほんとに姉貴を助けてくれるのか?」
「僕は嘘が苦手なんだ」
「…………」
「いやー、無言とは辛いね」
「信じてなんかいない……けど……」
「どうした?」
「期待しないで待ってる」
「そっか。それじゃあ、君の期待を裏切るためにも、お姉さんを救出してくるよ」
少年は静かに息を呑む。
シャルルは続けて言った。
「ところで、お姉さんの特徴は?」
「栗色の長い髪。目の下に黒子があるから、すぐにわかると思う」
「なるほど、それは美少女そうだね」
「姉貴に変なことしたら、ぶっ殺す」
「何もしないよ。安心して」
シャルルはそう言ってから、立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
しかし、扉の前で立ち止まった。
彼は振り返って少年を見る。
「そういえば、君と、君のお姉さんの名前はなに?」
「オレはニコラ。そして姉貴がレベッカ」
「わかった。覚えたよ。ちなみに僕の名前はシャルル。よろしくね」
シャルルはそう言うと同時に、部屋を出ていった。
取り残された少年、ニコラは、
「……名前ぐらい知ってる。噂も聞いたことがある……。でも、本当にあいつがマルティネス家の悪童なのか?」
と、今日何度目かの疑問を口にし、首をかしげた。