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1. 悪童転生

 目を覚ますと、知らないところにいた。

 そんな経験をしたことはないだろうか?


 例えば、前日に飲みすぎて酔いつぶれたとき。

 目を覚ますと、自分の家ではない天井が見えた。

 隣に美女が寝ていた、ということではなく、友人の部屋に運ばれただけであり。

 大抵は男の期待を裏切られる結果に終わるわけだが。


 少なからず。

 目を覚ましたときに知らない場所にいた、という経験をした人は多いだろう。

 でも、全く知らないところにいた。

 そういう経験は少ないだろう。


 そして、


 ――ここはどこだ?


 彼は混乱した頭で考える。

 どうやら、自分は知らないところで寝かされているらしい。

 そう、理解した。

 体を起こし辺りを見渡すと、隣で控えていた人物と目が合った。


「ご無事ですか?」


 そう聞いてきたのは、厳つい男だ。

 眼光が鋭く、全身真っ黒なスーツで身を固めている。

 いかにも、ヤクザという風体だ。


 ――なんだ、この人……怖過ぎません? 僕は日本でサラリーマンをやっていた一般人なんだよ。ヤクザと関わったことなんて一度もないし。せいぜい、アニメやドラマで見たくらいだ。


 と、彼は若干顔を引き攣らせながら返答した。


「いえ、大丈夫です」


 すると、厳つい風体の男が目を丸くした。


「しゃ、シャルル様が敬語を!?」

「あの……シャルルって――」


 ――僕のこと……?


 と聞こうとした瞬間だ。

 彼の脳内に大量の情報が流れ込んできた。

 その情報とは、この体の持ち主であるシャルルの記憶のことだ。

 膨大な情報量。

 その奔流に飲み込まれ、彼の意識はぷつんと途切れた。


◇ ◇ ◇


 ――どうやら僕は、シャルル・マルティネスという少年に転生したらしい。


 シャルルは悪ガキだ。

 いや、悪ガキという区分には収まらない、悪童であった。

 というのも、彼の父、パブロ・マルティネスがヤクザのボスのような存在であるからだ。


 王都にはスラム街と呼ばれる地域がある。

 王都に住まう平民の中でも、最下層、貧民たちが暮らす場所だ。

 そして、スラム街はヤクザのような輩に支配されている。

 ヨーロッパ風の町並みから、ヤクザというよりもマフィアといったほうがしっくり来るかもしれない。


 スラム街のボスの一人がシャルルの父、パブロだ。

 父の権威を利用して好き勝手に暴れまわっていたのが、シャルルである。

 血の気が引くようなことも平気で行っていたシャルルは、マルティネス家の悪童と呼ばれていた。


 そんなシャルルは、少年に殴られ意識を失い。

 そうして、目が覚めると、


 ――前世を思い出したというわけか。うーん、理解はしたけど……。シャルルの記憶は引き継いでいても、僕の性格は一般人。グロテスクな映画も苦手だった僕がマフィアなんて、あり得ない。絶対に無理だ。


 今のシャルルにとって、マフィアは一番向かない職業といえる。

 しかし、そうとも言ってはいられない状況に陥ってしまった。


「シャルル様。あんたを襲った野郎をとっ捕まえてきました」


 そう言う男の名は名はシルバー。

 シャルルが前世の知識を思い出したときに、隣にいた人物だ。


「少年には、何もしていないでしょうね」


 と、シャルルはニコニコとした顔でシルバーを見た。

 前世の知識が蘇ってから、常に笑顔を心がけるようにした。

 そう言うのにも理由がある。

 ビビった顔をすると、舐められるからだ。

 裏社会では舐められたら終わりらしい。

 ここでいう終わりは、人生の終わりだ。

 つまり、死。


 ――一応は護衛であるシルバーも、僕の出方次第では寝首を掻かれかねない。


 だから、彼は常に笑顔でいることを心がけた。

 幸い、日本での社会人を経て、笑顔でいることには慣れている。


 ――笑顔は僕の唯一の武器と言っても良い。


「もちろんです」


 とシルバーが頷く。


「そうですか。それなら良いのですが。子供に死なれると、後味が悪いですからね」


 シャルルはにっこりと笑みを深めた。

 しかし、その瞬間。

 周りにいた男たちの顔が青くなった。

 これまでのシャルルの所業を知っている彼らは、シャルルを恐れている。

 口調が変わって穏やかになったのも、嵐の前の静けさのようなもの。

 と、男たちは考えていた。


 ――怖がられるのは嫌だなー。なんなら、僕のほうが怖いよ。


 周りには厳つい者たちばかり。

 シャルルからすると、胃が痛くなる環境だった。


「では、僕を少年のもとに案内してください」

「わかりました、シャルル様」


 シルバーがさっと頭を下げた。

 シャルルは正直おっかない気分だ。


 ちなみにシャルルが殴られたときに、少年を止められなかった者たちは、自分で自身の指を詰めようとしていた。

 それをシャルルは間一髪のところで止めた。


 ――指を詰めるって日本のヤクザだよね? なんで、そんなことしようとしてんの?


 彼には理解できない世界だ。

 もう、吐きそうだった。


 ――異世界転生するにしても、悠々自適な生活を送れる貴族とかにして欲しかった。なんで、よりにもよってマフィアなんだよ。やめてくれよ。僕は普通に生きたいんだ。

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