7話―― 雑用、拉致られる。
記憶を頼りに通りから外れた路地を進み、繁華街からだいぶ外れた場所に『それ』はあった。
とある諸事情により冒険者をやめざる負えない貧民街に立つ、誰もいない廃教会。
その一角に書かれた『ようこそ、ギルド夜明けの日差しへ』と書かれた看板はボロボロに傾いていた。
見てくれはやや立派なのに、誰もいないとここまで不気味さが漂うものなのか。
周りの景観に相応しいボロッボロに廃れた石造りの建物はかろうじて雨風はしのげる造りになっているようだが、それも最低限で本来の目的を全く機能していないように見えた。
「これが冒険者ギルド、か。物置と言われた方がまだマシなレベルだけど幽霊なんかいないだろうな……」
元が教会だからか背筋に寒いものが走る。
どうにも、ゴーストとかと違って幽霊とか物理的にどうにかできない相手は苦手だ。
「まぁ、あれだけ手ひどく己の無能さを侮辱されてまだギルドに未練がある俺が言えることではないかもしれないけど、それにしたって大丈夫かここ? 広告詐欺とかそういうんじゃないよな?」
俺も相当女々しい性格である自覚はあるが、それにしたってこの状態でギルド経営していますと胸を張れる自信はない。
恐る恐る扉を押し開き、なかを覗き見るが人がいる気配がない。
それどころか冒険者ギルドなのに冒険者が一人もいないというのはどういうことだ。
普通、ギルド申請する際はある程度、人数を揃えてからするものだ。
ギルド会館の中に受付嬢一人いないというのは致命的すぎる。
まぁ憧れだけじゃ食っていけないのも事実だし
中にはギルドマスターの方針で少数精鋭でギルドを回しているところがあるのも知っている。
でもそういうところは経験上、偏屈な奴がギルドマスターをしていること多し、なにより癖のあるギルドマスターの下には変人が多く集まるケースがほとんどだ。
例えば金にがめつい傭兵ギルドの『三つ首の猟犬』しかり。
海洋ギルドの『人魚の涙』しかり
「まぁある意味、ギルドを強制的に辞めさせられた俺が他ギルドの経営方針に文句を言う権利などこれっっっっっぽっちもないのはわかっているけど」
それにしたってマジで誰もいないな。三年前の募集だし、もしかして潰れたとか?
「だとしたらちょっとまずいな……」
アイテムポーチに仕舞った財布にそっと手をかざし、急いで当たりを見渡す。
貯金はそこそこあるが、この街に住み続ける以上はそれなりの金がいる。
なにせここは世界の冒険者が集う都市だ。
物価はそれなりに高い。
だがそんなやたら金のかかる街で唯一、例外とされているのがこの貧民街だ。
なにやら3代前のディスタニア国王が冒険者時代に命を救われたとかで形だけ維持されているのだが、ここには冒険者くずれのごろつきが多いと聞いたことがある。
スリやカツアゲなんかで生活費を奪われ、路頭に迷うのだけは阻止しなくてはならない。
だけど――
「外見がボロボロのわりにはなかの施設はそれなりか。本当に経営上手くいってるのか? どっちかよくわからんな」
ギルド『蛟竜の顎』で働いていた時に張り出されていた『人材募集! 未経験大歓迎!」のチラシを見たときはもっと小綺麗な印象だったのに、
扉から恐る恐る中の様子を覗いてみれば「ここゴミ屋敷――?」と思わせるほど埃とゴミで散らかっている惨状が飛び込んできた。
ポーションの空き瓶やら低品質の薬草、魔物の素材の一部がごろごろと床に散乱していて『元』雑用係としてはめちゃくちゃ整理したい気持ちにさせられる。
「あーあー、ったく誰だ乾燥厳禁のヒポクテ草をこんな場所に置いたやつは。コイツは乾かしたら品質がガタ落ちになるってのに。……魔獣のかぎ爪、魔鉱石も日に当たっちまってるし、管理がなってないなおい」
悲しきかな元、雑用の性がそうさせるのか。
一つ一つ丁寧に手に取って軽く『処理』を施す。
最上品質とまではいかないが、これでこれ以上の品質劣化は防げるだろう。
「――って、なにやってんだ俺は。こんなことするために来たんじゃねぇだろ」
ハッッ!? となって慌てて持っていた素材を取り落とす。
そうだ。俺は雑用するためにここに来たのではない。
ここでなんとか雇ってもらえないか相談しに来たのだ。
決して前職に未練があるとかそういうのではない。
でも――
「この様子を見るとどうやらそれも無理そうだな」
まったく、よくこんな状態でギルドに人材募集の要請を出したものだと感心したくなる。
こんな廃れ具合じゃ集まるもんも集まらないに決まっている。
「貧民街の近くに新設すると書いてあったから記憶に残っていたが、もしかして本当に廃業して孤児の堪り場になってるんじゃないだろうな――だとしたらこの散らかりようも頷けるが」
なにせ3年前の話だ。
いつまでもこんな状態のギルドが残っているはずもない。
だとしたら、ほぼ戦闘初心者の俺に勝ち目はない。
なにせ奴らは生きるためなら何でもすると聞いたことがある。
固有スキルが『自分自身』にしか適用されない健康野郎など、いい標的だろう。
「触らぬヒュドラに祟りなし。誰か来る前にさっさとズラかるか」
そうして命の危険を感じ、ギルドの扉を開け、急いで回れ右しようとした時。
「あああああああーーーーー!! ちょっとそこの冴えないお兄さん待って待って待って!!」
「へ?」
少し弾んだような凛とした軽やかな鈴を鳴らす声が背中を叩いた。
慌てて反射的に振り返り、とりあえず形だけの戦闘態勢を構えれば、そこには決して上品とは言い難いボロのスカートドレスに身を包んだ茶髪の少女が走ってきた。
歳のほどは15歳くらいだろうか。
所々、汚れてはいるが顔や身体のパーツは整っており、きちんと磨けば光ると俺の本能が叫ぶほどの『素材』の可能性を感じさせた。
手には貧民街の廃棄地区から拾ってきたのだろうか。
ギルド内に転がっていたような決して上質とは言い難い『素材』の数々が紙袋に詰められていた。
俊足を思わせる足どりで近づいてくると、まるで人間を初めて見たかピクシーのように俺の一歩手前で急停止し、まじまじと俺を凝視しはじめる謎の茶髪美少女。
その顔はまるで「うそ、ほんとに来たよ」とガルーダがファイアーボールを喰らったような顔だったが、徐々に状況を理解したのか。
ジッとギルド会館? から出てきた俺の服装を上から下までじっくり観察すると、その表情が瞬く間に喜びに満ちた輝きに変わっていった。
そして――
「人材募集のチラシ見てきたんだよね!? それとも依頼者かな!?」
「へ? いや俺は――」
「待って待って! とりあえずこんなところで立ち話もなんだから入って入って!!」
「はぁ!? ちょ、待てって――」
と言うが早いか。ガシッ!! と華奢な指先に捕まれたかと思うと、
「お前、逃がさん」とばかりに飢えた少女の琥珀色の瞳が期待の色を込めた視線が俺を捉え
言い訳する間もなくほぼ強引に拉致される形で廃れた教会跡地に押し込まれるのだった。