5話―― 眩しいくらいの『希望』と『言葉』
そうして俺の背中を見守るトールと別れた俺は1週間。
俺はダンジョン『バベル』から少し離れた区画を一人寂しく彷徨っていた。
商業ギルドに預けていた金を全額下ろして、安い宿屋に泊まっては俺にもできる仕事を探す毎日。
S級ギルド在籍の経歴を聞いて俺を雇おうとする店主も
固有スキル『自己管理』なんていうふざけたスキル持ちだと知れば雇う気もなくなるらしい。
結果――
ギルド寮を追い出されたいま、俺の居場所はこの街にはなく本当の天涯孤独の身にまで堕ちていた。
「仕事がないってこんなに辛かったんだな。今更だけど再就職がこんなに難しいとは思わなかった」
ふと食堂を見渡せば、自分たちの活躍を声高に報告しあっている冒険者たちの姿が。
この街の仕組みは単純で、ダンジョンで成果を上げた者だけが英雄と崇められ、称えられる。
S級ギルドに在籍するワタルと言えば、多少は相手してくれる人間も肩書をなくした途端見向きもしてくれなかった。
「所詮は、ギルドの名前ありきの存在だったって訳か。行きつけの道具屋のおっちゃんにも見捨てられるなんて、俺の存在って本当にちっぽけだったんだな」
ギルドの素材管理室に10年も引きこもっていた俺などに助けてくれる友人はなく、手を差し伸べてくれた『弟子』の手も振り払ってしまった。
それでも何とか昔のツテを頼って、ギルドの連中を見返してやろうと思ったが全部空振りに終わった。
だというのにその足取りはギルドを追放された時と比べ、少しだけ軽かった。
なにせ――
「本当に、トールには感謝しなくちゃだな。このマジックポーチを取り返してくれただけでもありがたいってのに。寮に置いてきた解体用具一式まで持ってきてくれるなんて」
そう、俺の腰にはギルドで使っていた素材管理用のマジックポーチがぶら下がっていた。
例えるのなら失った半身をようやく取り戻したような感覚、だろうか。
もう2度と手に入らないと覚悟していたのに
『あざ笑うかのように『ワタルが辞めた』と証拠を見せびらかしに来たギルドマスターから取り返してきました』
と聞いたときにはガチで泣きそうになった。
『おれ、絶対にあきらめませんからね』
といって走り去っていったトール。
最後まで『弟子』に迷惑をかけっぱなしなのは申し訳ないが、今は感謝しかない。
「最後の最後に本当にいい『弟子』に恵まれたな、俺は――」
そう独り言ち、日課の『アイテムポーチ』の整理を終え、頬に活を入れる。
そうだ、いつまでもギルドに捨てられたからってクヨクヨしている暇はないのだ。
冒険者は失うことは慣れている。
それこそ大事な友を空に送り出すことだってあるのだ。
今回は納得のいかない別れ方だったからこそ、彼の善意は本当に助かった。
(いままでずっと虐げられてきたことが多いからこそ、この恩がどれほど俺の心を救ってくれたかあいつはわかってやってたのかな)
いいや、あの超絶お人よしのことだ。無意識にやっていたに決まっている。
この恩はいつか必ず返さなくてはならないと、魂に誓う。
とにかく今は――
「この状況を何とかすることだけを考えろ。恩返しはその後だ」
「ねぇおじちゃん。まだ終わらないの?」
「うん? ああもうちょっと待ってな。ここを弄れば前よりもっと早くなるはずだから」
テーブルに広げた『管理用』の解体道具一式のメンテを済ませ、解体用のナイフを器用に手の中で回して弓を削っていく。
小さな少年の不安げな視線。
初めてダンジョンに挑戦するってのにさっそく買ったばかりの中古の弓を『折られて』泣きべそをかいていたのだ。
まぁよくわからない男に声をかけられて、自分の武器を弄らせているのだ。
不安なのもわかる。
だけど素材の芯にトレントの枝が使われているのなら、ここをこう弄って、仕上げにナイフを引っ掛けてやれば――
「よし、これで治ったと思うぞ。どうだ弓を引いた感じは」
「すげぇ!! 本当に治った!?」
少年の驚きの声が食堂に響き渡る。
まぁあれだけ見事に真っ二つになった相棒がたちどころに修繕されたのだ。
感動するのもわかるが、
「弓の素材と同じトレントの根を使ったから親和性は問題ないとおもうが、手入れは怠らない事をオススメするよ。弓ってのは使えば使うほど味が出るものだからな。今度は大事にしろよ」
「うん。ありがとうおっちゃん」
「俺はまだ20代だ。それで、これからダンジョンに潜るのか?」
「そう! 幼馴染と一緒にね。まだ薬草採取くらいしかやることないけど、いつかお金をいっぱい稼いでかあちゃんに楽させてやるんだ!!」
眩いまでの親孝行の宣言に思わず笑みがこぼれる。
なるほど。だったらなおさらお節介を焼いた甲斐があったというものだ。
「そっか。頑張れよ坊主」
「うん。僕の【回転投射】で魔物なんてイチコロだよ!!」
そう言って弓の弦を引いては誇らしげに胸を張ってみせる少年。
自分の固有スキルを試したくてうずうずしているのだろう。
初めてのダンジョンならば仕方のないことかもしれないが、
「そう興奮するなって。ダンジョンでは冷静さが肝心なんだからな?
そうそう、勝手で悪いがサービスで弓のしなりも軽くしておいたからたぶんいつもよりしっくりくるはずだ。後で確認しておくといい」
「ホントに!? あ、でも僕、いま手持ちがなくて――」
「ふっ――未来の冒険者からカネなんか取らねないから安心しろよ」
「いいの?」
上目づかいで首をすくめる少年の遠慮に思わず笑みがこぼれる。
まったく正直な子供だ。
「いいんだよ。まだ子供なんだから大人しく大人の好意に甘えとけ」
それでもまだお礼がしたいってんならお前がでっかくなって有名になったら俺に一杯エールでも奢ってくれたらそれでいい。
そう言ってその短く切りそろえられた頭を撫でてやれば、照れくさい反応が返ってきた。
「あ、やべ。そろそろ待ち合わせの時間だ!? おっちゃん、ありがとな!!」
「おう、せいぜいゴブリンに気を付けて薬草取るんだぞー」
そう言って元気満タンな少年の後ろ姿を眺め、小さく息をつく。
俺もあんな時期があったんだよな。
食事代をテーブルに置いて
憎たらしい空に向かって大きく伸びをすれば、まばゆい日の光が俺のくもった瞳をくらませる。
ああまったく……、
「ありがとう、か。久しぶりに聞いたな、そんな言葉」
そう言えばこうして純粋な感情をぶつけられたのも久しぶりな気がする。
あれだけさんざん他人に利用されたにも関わらず、あれぽっちの感謝で舞い上がるなんて俺も子供だな。
でも――
「それこそギルドを脱退しても、人生は続くんだからあたりまえか」
いつまでも無職でなんていられないし、
むしろこの街で生きていくのなら、ある程度の肩書がなければ信用すらしてもらえない。
それこそあの少年のようにやる気に満ちていなければやっていけないのだ、この街は。
となればギルド時代で培った経験を遺憾なく発揮し、俺を追い出したギルドを見返してやる! くらいの気概で事に当たるくらいが今の俺にはちょうどいいのだが――