表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/27

<22・共犯>

 郵便の仕組みやシステムは、国によって進化の度合いが大きく異なる。実は乗り物に関して言えば、アナウン王国はあまり進んでいる方だとは言えなかった。郵便に関しても同様で、未だに馬車と人力で運び、自動車での運搬の仕組みは現状殆ど整っていないと言っていい。理由は、ガソリン自動車そのものは開発されたにも関わらず、一部貴族のみの特権とされたせいでコストダウンの努力が殆どなされなかったためである。

 自動車は便利だし、馬よりもずっと速く走ることができる。それが民間事業でも使われるようになれば、人々の生活レベルも合わせて格段に向上するはずであった。

 しかし、高級品=貴族にしか買えない=貴族の特権という認識が未だに根強い階級社会。安価な部品に取り替え、庶民にも使えるように普及させることを、王族も上級貴族もまったく良しとしなかったのである。

 それは、この国が長らく陸地での戦争をしていなかったということもあるだろう。数百年前の時点では、王国と皇国はどちらも騎兵と歩兵を主軸とした白兵戦メインでの戦いであった。戦争が皮肉にも人々の科学技術を進化させるということはままあることである。国によっては頻繁な陸上戦により、戦車が発明され、それに伴い自動車の技術が進歩した国は少なくなかった。アナウン王国は貴族の特権階級意識と陸上戦の経験不足の二つの理由で、今の今まで馬車より上の乗り物の技術が殆ど進化しなかったと言える。

 それは、飛行機に関しても同様だった。アナウン王国は航空戦に至っては全く経験したことのない国であり、海上戦が行われたのも皇国からの独立戦争の時に僅か数回発生した程度である。よって、アナウン王国から外国に郵便を送りたいと願う場合、基本的には船で郵便物を海外に発送するしか手段がないのだった。つまり、外国に到達するまで、軽く数日から数ヶ月もの日数が必要になるということである。なんせ、飛行機の類がほとんど存在していないのだから。


「なるほど、郵便で一斉に手紙を世界各地にバラ撒くわけか」


 街から少し外れたところにある会員制クラブ。落ち着いて酒が飲めるものの、庶民も通うことができるくらいの価格のこの店はシュレインのお気に入りだった。奥まったカップル席は特に、密会するのにも適している。アガサから話を聞いたシュレインは、ふむ、と頷いた。


「イリーナも考えたな。ビラよりよほど広範囲で、安全だ」


 自分達が送った誕生プレゼントから、彼女は郵便を使ったやり方を思いついてくれたらしい。やはり、彼女は頭がいい。ビラ配りと違って、配る人間のリスクを最小限に抑えられるのも大きいだろう。

 指定日配達の仕組みは、この国も海外にも存在している。

 自分達が計画を実行すると定めたその日に配達してくれるように、指定日配達で国の内外に同じ内容の手紙をバラ撒くというわけだ。勿論どこかでバレて、一部の支局でストップがかかる可能性もあるが。同時多発的に行うのなら、全ての配達を一斉に止めることなどほぼ不可能に違い。手紙の大半は、国の制止が間に合わず目的地に到達することになるだろう。

 問題は二つ。一体何処に配達するか。そして検閲を受ける危険性をどのように回避するか、である。


「この国の郵便物の量は膨大だ。送り主の住所にデタラメを書いたところで、住所がデタラメであると発覚する可能性は低い。わざわざ一件一件、正しい送り主の住所が書いてあるかなんてチェックできるはずがないからね。送り先さえ正しければ、特に問題なく向こうに到着することだろう。では、何処に送るか、なんだけど」

「王族、貴族、庶民。それぞれの有力者の元に一斉送信が理想でしょう。その中でも、現在の王家の仕組みに疑問を持っている者、階級制度に反発している者や虎視眈々と権力者のイスを狙っている政治家などが候補として挙げられるかと。これ、イリーナ様がお父上と一緒に作ったリストだそうです」

「ふむ」


 この短期間で、よくこれだけの数を調べたものだと感心してしまう。

 高い身分の貴族などであっても、この国の体制に疑問を持っている者はいる。むしろ、“公爵”階級の者には存外不満を持っている者が少なくないことを知っていた。何故ならこの国の公爵というのは、貴族の最上位。基本的には王族の親族に与えられる爵位である。裏を返せばこの国の場合、王家と血が近いにも関わらず、王位継承権を与えられなかった者達だと言ってもいい。貴族のトップオブトップとしての特別扱いや権利は多くあるため、そこに満足して王家に従う者もいないわけではないが。中には“自分の方が国王に相応しいのに”と不満を溜め込んでいる者も少なからずいるというわけだ。

 リスト最上位に書かれている人物は、まさにその筆頭と言ってもいい存在だった。

 グランエル・ドン・アナリシア。この国でミドルネームを持つのは王族と公爵一家のみ。グランエルは現国王の大伯父に当たる人物である。この国の王位継承の仕組みに疑問を持ち、同時に極端な左翼としても知られているせいで王家からは相当嫌厭されていたらしい。公爵でありながら、僻地に飛ばされて名ばかりの陸軍元帥に据え置かれている。自身への不遇、この国の仕組みへの不満。何年にも渡り溜め込まれた鬱憤は、相当なものであるはずである。

 名ばかりの元帥とはいえ、軍にも多くの貴族達にもコネクションの深い人物だ。これを機会に少々派手な戦争を起こしそうだというのがネックではあるが、味方につけることができればこれほどまでに心強い相手もいないだろう。

 それこそ、この国の中枢が人道に悖る行為を繰り返していたとわかれば、これ幸いに現政権を打倒して乗っ取ることくらいは画策しそうだ。その思想の全てに到底賛同はできないが、今はとにかく国際社会に対して王国が植民地にやっていたことが知れ渡り、国内からも海外からも風当たりがきつくなればそれだけでいい。――最低でもこの国が大きく混乱すれば、イリーナが生き延びられる確率が大きく上がるのは間違いないのだから。


「海外にも、主要な権力者を中心にリストをまとめてあります。ただ、事前の準備が王国や皇国にバレるわけにはいきません。この屋敷の中で内密に準備を進めるともなると、手紙をどこかに委託して大量印刷することはできない。つまり、屋敷の中で地道に手書きしていくしかないということになります。作業量は膨大です」

「しかも、海外に出すともなれば、到着するまで相当時間がかることになる。……外国に発送するものから優先に書いておかないといけないね。リストで一番遠い国ともなれば、到着まで一ヶ月くらいかかるところもあるんじゃないのかい?」

「はい。しかも、国内ならともかく……外国に出すような手紙は一定の割合で検閲にかけられることになっていたはず。私達が出す手紙が万に一つそこで引っかかるようなことになれば、非常に厄介なものとなります」

「ま、そうだろうね」


 表向き、この国は検閲は行っていないことになっているが。残念ながらそのあたりのことは、シュレインの方で調べてわかっていること。この国は、反乱分子の存在を秘密裏に潰していくために、国民に内緒で検閲を行っている。海外に出す郵送物の一部が開封されていたり、一部が不自然に黒塗りにされていることもあった、なんてことは既に調べがついているのだ。

 大量に発送するともなれば、複数の手紙が検閲対象になることを考慮しなければいけない。外国に発送される前に、こちらの郵便局で引っかかって送り主を調べられるようなことになっては努力が水の泡になってしまうからだ。


「それに関しても、イリーナ様から提案があります。アッカネラ紙を使って手紙を書くのです」


 これです、と。アガサが一枚の紙を取り出した。アッカネラ紙、そういえば聞いたことがある。アッカネラという木を原料にして作られる特別な紙であり、気温などによって色が大きく変化するため科学の実験などでも用いられることが多いのだ。


「この国の季節は、もうじき春になります。元々温暖な気候のこの国は、夏や冬であっても極端に暑くなったり寒くなったりということがさほどありません。稀に雪が降ることがあるくらいです」

「なるほど、理解した。この紙を使って文章をカモフラージュするわけか」

「そういうことです」


 アッカネラ紙は、通常は普通の紙とさほど変わらぬ淡いクリーム色をしている。しかし気温が暑くなると赤に近い色に変わり、寒くなると青い色に変化する性質を持っているのだ。しかも、その変化は極めて急激。一定の気温を超えた時点で突然色が変わるのである。――これなら、よほどのことがない限り、国内で検閲に引っかかってもバレる心配はないだろう。クリーム色の紙に、クリーム色の文字を書いても読むことはできない。気温が変化して青や赤になってきた時、その本来の文字が浮かび上がってくる仕組みだ。

 勿論、何も書いていないように見える手紙など発送しては、それもそれで国に疑う材料を与えることになる。本来のクリーム色のペンで書いた文面の上から、黒いペンで書いた当たり障りのない文章を認めるという工夫が必要だ。国の検閲担当が何通か読んでも違和感がないようにするためには、複数の手紙の文面を全て同じにするわけにはいかない。微妙に変化を持たせる必要がある。――こうなると、やはり準備には相当な手間と時間が必要になってくることだろう。


「……間に合うと思うか?」


 少しだけ、不安な気持ちになり。アガサにそう問いかける。するとアガサは紅茶を一口飲み、力強く告げた。


「間に合うか、ではありません。間に合わせるしかない、そうでしょうシュレイン様」

「……そうだな」


 イリーナにはまだ語っていない、ある大きな秘密。

 それは自分とアガサが、イリーナが時間を巻き戻す前の世界を知っているということ。

 自分達はイリーナが悪魔と契約すると同時に同じように時間遡行を経験。記憶を保持したまま逆行するに至ったのである。その時は悪魔に遭遇していなかったが、直感するのは簡単なことだった。イリーナが悪魔と契約したこと。そして、どのような契約を結んだのかも含めて。

 確認は、既に行っている。

 何故ならアガサとシュレインは時間が戻ってすぐに、二人で悪魔に会いに行ってイリーナが行った契約を確認したのだから。


――今のイリーナはきっと。俺とアガサを殺さず……自らが悪魔に殺されることを選ぶだろう。


 誕生日の、あの日。イリーナの笑顔を、そして少しだけ泣き出しそうになったその顔を――シュレインは忘れることができない。

 きっとこれが最後の誕生日になると思っていたのだろう。

 そんなことはない、君の命は俺達が救ってみせる――そう言って抱きしめてやることができたなら、どれほどよかったことか。


――させない。……君は生きて、マルティウスの一族の未来を繋ぎ、この国に革命を齎すべき人なのだから。


『アナウンの悪魔よ、一つ確認したい』


 ゆえに、シュレインはある事実について、既に悪魔に確かめているのである。




『俺とアガサの命を悪魔に捧げるか、イリーナの命を捧げるか。それで契約は完了するんだな?なら……――を行った場合、契約はどうなる?』




 それはきっと、イリーナも予想していないであろう事実。

 イリーナは覚えているだろうか。あの日――彼女が逆行した最後の日。アガサがメイドの身分に似つかわしくない、とても豪華なドレスを着ていたことを。

 それが、イリーナが気に入っていた黄色のドレスにそっくりであったということを。


――イリーナ達を無事に海外に逃がしつつ、彼らから疑いの目を向ける。同時に、俺以外のコースト一族からも疑いを晴らすためには……。


「シュレイン様」


 きっと、シュレインの考えは全てお見通しだったのだろう。そっと、マメだらけの手がシュレインの手に重なる。


「私は、最期までお供します」

「アガサ……」


 迷いは、ない。アガサを巻き込んでしまうのは申し訳ないとは思うが、それでも。


「……恩に着るよ」


 何も問題はないのだ。

 自分達の運命は、とうの昔に確定しているのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ