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<21・祝福>

 永世中立国である“ウランベール連邦”へ、家族揃って亡命する手はずは整った。ここ最近は父もスパイを警戒して、新しいメイドや執事は雇っていない。一番新しいメイドはアガサであるし、他の者達も父に長年仕えてそれなりに信頼のおける者ばかりであった。父は自分達の置かれた立場をざっくりとだけメイドや執事達に説明すると、ともに来るか仕事をやめるかの選択権を与えたとアガサからは聞いている。

 情報が拡散されてもされなくても、彼らに危険が及ぶ結果になる可能性は充分にある状況だ。

 第三国に逃亡するともなれば、マルティウス伯爵家と運命を共にすることになる。今まで通りの生活は保証されないし、万が一捕まれば共犯者として投獄されるのはまぬがれられないだろう。今後、母国からどのように不名誉な扱いを受けるかもわかったものではない。

 この家の執事やメイドをやめて、アナウン王国に残るという選択肢もある。その場合はマルティウス伯爵家と縁を切って母国で生活し続けることが可能だ。ただ、情報拡散してもしなくても、マルティウス家がずっとアナウン王国に狙われ続けることに変わりはない。そして、植民地での暴虐に関する情報が広まれば、アナウン王国が一気に混乱するのは目に見えている。そうなった時、動乱に残された彼らが巻き込まれることは充分考えられたし、マルティウス家と関わった者として母国に取り調べを受ける可能性も充分にあることだろう。そうなった時、マルティウス家は彼らの安全を保証することが不可能となる。

 メイドや執事達にも、当然家族はいる。共に逃げるにせよ残るにせよ、彼らをある程度巻き込んでしまうことは免れられない。ゆえに、当主であるゴドウィンはせめて選択を彼ら自身に委ねたのだった。それが迷惑をかけることになる自分にできる、たった一つのことであると悟っていたからだろう。


――偽造パスポートと……お父様の知り合いに頼ってウランベール連邦へ渡るルートの確保。ここまではOK。問題は……あたくし達が旅立った後で、いかにしてアナウン王国が行ってきた植民地支配の現状に関する情報を、あっちこっちの国と地域に同時多発的にバラ撒くか、ということ。


 イリーナは自室で本を片手に、片っ端から情報収集しながら考える。

 最初は、一つでも多くの新聞社にタレ込みをすればなんとかなると思っていた。勿論、国営通信の新聞社はタレ込みを行った時点で告発者の存在が国に伝わってしまうが、そのライバル誌達ならなんとかなると思っていたのである。多くの新聞と雑誌が、同じようにこの国の植民地支配の現状を伝える。そうすることで、国も無視できないほど世論を大きく動かすことができると思ったのだ。

 だが、少し調べればそれが言うほど簡単なことではないことはすぐにわかった。

 国営ではなくても、多くの新聞社らは国の認可を得て行っているものである。国に大きな不利益を齎すことになりかねない密告を受けたとて、彼らは素直にそれを報道してくれるものだろうか?一時的に莫大な利益を上げるかもしれないが、その後国から会社まるごと逮捕者続出では全く意味を成さないのである。そして、新聞記者や会社の者達にも当然、愛国心の強い者は存在している。王家に対して強い忠誠心を抱く者ほど、こういった報道に尻込みするだろう。下手をしたら情報を握りつぶすどころか、情報源の密告を国に対して行い、恩恵を得ようとする可能性もある。

 同時多発的に他の新聞も同じ情報を流す、とわかっていれば話は別だろうが。ライバル誌同士でそのような協力関係が結べるとも到底思えない。ならば、新聞に頼ることは難しいだろう。アナウン王国、ナラウント皇国以外の外国の新聞ならば協力してくれるかもしれないが、母国で情報が広まらなければ世論は動かない。


――あっちこっちに、多言語で翻訳したビラを撒くというのが一番シンプルな方法ではあるわ。問題は“どうやって?”ってところね。人力で撒いたらその人間が捕まるのは明白……。


 一瞬、“どうせ自分は死ぬことになるのだから、自分が馬に乗って国中を回ればいいのでは”なんて考えも過ぎった。しかし、よくよく考えればそれでビラまき出来る範囲などあまりにも限られている。憲兵を撒きながら走り続けたところで、一体どれほどの範囲にビラ撒きができるというのか。首都にだけ撒いても意味がない。そもそも大剣を所持した状態で、一体どれだけのビラを抱えて馬に乗り続けられるというのか。

 そもそも、自分はあくまで“契約の代償として”悪魔に命と取られなければ意味がないはず。自分がその前に憲兵に殺されるようなことになったら、シュレインとアガサが代わりに殺されてしまうかもしれないのだ。それではなんの意味もないではないか。


――ああ、ダメ。何か、何か方法はないの!?そもそも元の世界では、一体どうやって状況を打破しようとしていたのかしら、お父様達は……!


 アガサはともかく、シュレインは元々コースと伯爵家の次男。彼が共犯者だと知れるのも本心では避けたいところである。コースト伯爵家もある程度協力してくれるつもりではあるようだが、こちらのせいで彼らの命まで脅かされるようなことなど本来あってはならないのだ。いくら友好関係にあるとはいえ、そもそもは親戚でもない赤の他人であるのだから。


――新聞が使えないならビラ撒きしかない。しかし、同時多発的にビラを撒くともなると、人力では限界がある。何か、遠隔操作できるような装置はない?爆発物……いえ、遠隔操作できる装置があったところで、その距離はたかが知れている。誰かがある程度の場所からスイッチを押さなければ作動しない……。


 ドン、と思い切り机を叩くイリーナ。多くの人がマルティウスの家を守り、真実を明らかにするために戦ってくれているのに――自分には何もできないというのだろうか。もうすぐ消えなければいけない自分にできることは、少しでも皆の役に立って死ぬことだというのに。


――考えるのよ。あの時と同じ結末にはしないために……そのためにあたくしは此処にいるはずなんだから……!




 ***




 悪魔と約束したタイムリミットまで、残り四ヶ月にまで迫っていた。

 大学から自宅に帰ってきたイリーナは、屋敷の玄関先にどどーん、と置かれた巨大なダンボールに目を見開くことになる。


「え、えっと?これは何なのかしら……?」


 自分達の計画に関わるものであるのだろうか?イリーナが戸惑いながら、玄関に置かれた自分の背丈ほどもあるダンボールをつついていると、お嬢様!とアガサが息を弾ませながら飛んできた。


「あ、すみませんお嬢様、驚かせてしまって。今すぐそれ、準備しますので!」

「これ、何か重要なものなのかしら?っていうか、こんなに大きなものどうやって載せられたの?郵便でよく運べたわね」

「はい、郵便屋さんにも呆れられてしまいましたよ。馬車まるごと一つ貸し切って乗せてもらった荷物なんです。何ヶ月も前から準備していただけのことがありましたー」

「ちょ、郵便屋さんの馬車まるごと一つ分って……」


 どんだけだ、と思うも。説明するアガサの声は、明るく弾んでいる。どうやら悪いものではないらしい。もしかしたら自分達が海外に逃げる計画とは全く別の代物なのだろうか。

 イリーナが頭の上にクエスチョンマークを飛ばしていると、アガサは“いいからいいから!”とイリーナをさっさと部屋に連れていって着替えさせると、そのまま食堂で待っているように指示をしてきた。もしや、とここにきてやっとイリーナは直感する。あれは、自分への誕生日プレゼント、であったりするのだろうかと。


――そういえば、アガサが誕生日プレゼントでサプライズを用意しているとかなんとか言っていたけれど……ま、まさかアレなの?


 石像か何かでも作ってきたのだろうか。確かに、ダンボールには“壊れ物注意”みたいな札がべったんべったんとあっちこっちに貼られていた気がするけども。

 イリーナは周囲がバタバタしているのを尻目に一人食堂に通され、上座でぽつんと座って待機させられることになる。確かに自分はこの家の令嬢ではあるが、普段は父が座っている席に座らされ、何もしていないのにどんどんワインやらパンやらが準備されていくのを黙って見ているのは少々居心地が悪いことであった。嫌というより、妙な緊張感があると言うべきか。一体何が始まるというのだろう。

 今年は、大々的な誕生パーティなどできないだろうと言われていた。

 参加できるとしたら、マルティウス伯爵家の家族と従者達、そしてマルティウス伯爵家と交流の深いコースト伯爵家だけを招いて行う小規模なものになるだろうと。マルティウス伯爵家とコースト伯爵家の親密な関係は社交界でも有名である。他の家まで招かれたならともかく、この二つの家だけというのならさほど他の家の不興を買う心配もあるまい。

 去年までのパーティとくらべたらちんまりとしたものだが、徐々に家族や友人達が集まってくるのを見ていると少しだけ明るい気分になる。最近は計画のことで頭を悩ませ続けていたから尚更だ。しかし、今日誕生日パーティをやるなんて話はイリーナ本人も聞いていなかったから完全にサプライズであるし、実質主催側であるはずなのにずっとこんな風に座っていていいものか。よその家のはずなのに、しっかりやってきたシュレインがメイド達に指示をしているのも不思議な光景である。


「あ、あのアガサ。あたくし、本当にここで座っていていいものなの?」

「いいんですいいんですお嬢様!今日はお嬢様をみんなでお祝いする日なんですから、お嬢様はゲスト!そのまま待っていてください、きっとびっくりしますから!」

「そ、そう?」


 少し前までは、こんな風にアガサと笑い合うことなど想像できなかった。同時に、いくら規模が大きい誕生日パーティをやっても――こんな親密な空気はなかったように思う。

 コースト夫妻が、にこやかに父と話をしている。母は楽しそうに、今日の料理についてメイド達に訊いていた。あまり顔を合わせることのないシュレインの兄弟達も来ていて、楽しげに談笑している。シュレイン本人は忙しそうだが、どこかその顔はキラキラと輝いているように見えた。まさか本当に、シュレインとアガサが主体となって企画してくれたということなのだろうか。


「皆様、本日はわが娘の誕生日パーティに急遽お集まりいただき、誠にありがとうございます!」


 形式も何もなく、突如始まった祭り。

 ワイングラスを片手にゴドウィンが声を上げた。最近はピリピリとした出来事が多く、この一ヶ月で数キロは痩せたはずの父であるが、今日だけはどこかさわやかな笑顔を浮かべている。ひょっとしたら、今日が娘の誕生パーティをまともに祝うことのできる最後の日であるかもしれないと悟っているのかもしれない。

 実際それは、間違いないことだった。

 自分はもうすぐ、悪魔との契約通り命を取られることになっているのだから。そのようなこと、父が知る由もないけれど。


――そうね。きっと、最後だから。


 楽しければ楽しいほど、思い知る。

 それでもイリーナは恐怖を堪えるように、懸命に笑みを浮かべた。


「……皆さん、本当にありがとうございます。嬉しいですわ、とっても」


 幸せは、有限だ。命は尊く、儚い。ゆえに、価値がある。

 今の自分ならそれがはっきりと分かる。どれほど恐ろしくても、悲しくても――ずっと愚かさに気づかないままでいなくてよかった、とも。


「ハッピーバースディ、イリーナ!俺とアガサで一緒に手配したんだ、見てくれよ!郵便屋さんに怒られてしまって大変だったんだからね!」


 シュレインが皆の笑いを取りながら、大きな箱のリボンを引き抜いた。瞬間、箱がぱかりと開いて現れたのは――巨大なチョコレートケーキである。しかも上部にはイリーナが大好きなクッキーのお菓子とイチゴがてんこもりになって飾られているではないか。

 まさかの大きな甘いプレゼントに、イリーナも驚くしかない。そして。


「ちょっとちょっとちょっと!これは郵便屋さん大変に決まってるじゃない!ケーキもチョコもクッキーも大好きだけど、やりすぎよ!このケーキ何人分?ここにいる全員でちゃんと食べきれるんでしょーね!?」


 思わずツッコミを入れた。途端上がる、皆の大爆笑。一体どれだけの手間をかけたのやら。これは注文を受けたケーキ屋さんもひっくり返ったに違いない。むしろよくぞこれだけの質量を馬車一台で運んでくることができたものである。


「喜んでくれたようで何より!お誕生日おめでとう、イリーナ!」

「おめでとうございます、お嬢様!あ、巨大なロウソクもご用意してますので、是非着火してください!巨大なマッチも準備してありますので!」

「もう、まったくもう!……ありがとう、大好きよ二人とも!!」


 いつか終わる夢のように、儚く過ぎ去る日常であるとしても。

 今日という日を、最期の時まで忘れないようにしよう。イリーナは笑って愛する人達にもみくちゃにされながら、誓ったのだった。


 そして意外にもこの出来事が、自分達が悩みに悩んでいた“計画”の要を思いつく、きっかけにもなるのである。

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