31階層からひとりだけ転移する
その4日後になっても、俺達は31階層の大氷原でトボガンと戦っていた。
トボガンは、2メートル以上ある大型のペンギンのような魔物だ。光る物を見つけると、腹這いになって滑って突進する習性がある。
本来、『トボガン』は滑り方の名前だが、いつの間にか魔物の名前として定着してしまっている。
こいつを倒すとドロップされるアイテムに氷魔法が付与されていることがある。それが俺達の狙いだ。
「2人とも魔法の準備はいいかぁーっ」
2人の返事を確認して、剣を抜き、ひらひらと振ってトボガンの顔にチカチカと光を当てる。次の瞬間、
「DBOOO!」
鳴き声をあげたトボガンは腹這いになり、後ろ足で氷を蹴って、俺に向かって真っすぐ突進してくる。
まともに衝突したら死ぬので、俺はトボガンの進行方向から逃げ出すが、トボガンは方向を途中で変えることはしない。まっすぐ突進するトボガンをマイクとマリアが魔法で攻撃するのだ。
「DBOOO……BO!」
あ、トボガンがこけた。氷原に凸凹があると滑走中のトボガンは見事にこけるのだ。当然、トボガンはふたりの魔法の射線上から外れてしまう。
これ、わざとやっているんじゃないの? と思うぐらい、一見、直線的な動きにも関わらず、トボガンに魔法攻撃を的中させるのは難しいのだ。
こけたトボガンは、何もなかったように立ち上がり、空中に視線を泳がせる。
そして、俺達はもう一度攻撃する位置を決めて、同じことを繰り返すのだ。
これをもう4日も繰り返している。
ところで、最初に『俺達は31階層の大氷原でトボガンと戦っていた』と言ったが、あれはウソだ。
トボガンにとって、滑走は戦いではなく遊びである。敵意は感じないし、姿は可愛いと言えなくもない。テイマーの間ではトボガンは最もテイムが簡単な魔物として知られている。
まぁ、実際にテイムすると、低温の維持とエサの確保で魔力的にも経済的にも死ぬんですけどね。
敵意がないから比較的安全な戦いではあるけれど、別の問題がある。
まず、氷の上はものすごく滑りやすい。俺は靴にスパイクを付けるまでは走るよりも転がって逃げていた。
それから、俺は金属製の胸当てとチェーンメイルを着用しているのだが、転んだり滑ったりすると、すき間から氷が入ってきて冷たいのだ。胸当てもすごく冷える。
そんなこんなで、俺だけ苦労している状態で戦いを続けていると、こけたトボガンが想定外の方向に突進し始めた。よりによってヘレンがいる方向に。
あわてたヘレンは逃げ出そうとしたが……転んでトボガンスタイルで滑り出してしまった。まずいことに、その先は崖だ。
「「「ヘレン!?」」」
ヘレンはそのままトボガンスタイルでジャンプしてしまい、滑空時間を稼ぐかのように空中で手足をばたばたさせるが、そのまま墜落していく。
「AGLA%?#A!」
崖の下に墜落したヘレンがこの世とも思えない叫びを上げる。彼女の身体はバウンドした瞬間、金色の光に包まれた。
ε=( ̄。 ̄; ×3
金色の光は回復魔法が発動した証拠だ。彼女のような回復師は、自分が危機に陥った時、すべてに優先して自分自身に回復魔法をかけるよう訓練を受けている。金色の光は回復魔法がうまく働いている証拠だ。だが、安心するのは早かった。
「まずいわ! ヘレンが転移門の方向に転がっている!」
マリアが指さす方向を見ると、魔法陣が見えた。
「ヤバいぞ! このまま転がると、ヘレンだけ先に転移してしまうぜ!」
ここの転移門は一方通行だ。使うと1階層まで直行する。1階層なら攻撃力のないヘレンだけでも大丈夫だが、俺達が帰れなくなってしまう。ここの転送門はひとりでも帰還すれば閉じてしまうのだ。
「「「ヘレン、止まれーっ!」」」
俺達の声もむなしく、ヘレンは転がり続ける。回復魔法の光は続いているので、無意識に魔法を発動させている状態のようだ。
( ゜д゜ ) ×3
そして、お約束のようにヘレンの身体は転移門に吸い込まれた。その魔法陣が光に包まれ、沈黙する。これで俺達は帰れなくなった。
「……ケント、ここの転送門の再起動条件って何だっけ?」
「ひとつは、先に帰還したパーティのメンバーが独力で戻って来ること。もうひとつは、トボガンを全滅させること」
ヘレンには攻撃能力はないから、単独で31階層まで戻って来ることは期待できない。トボガンを全滅させるのが現実的だ。
「ケントにしては珍しいわね。もうひとつ条件があるのを忘れていない?」
マリアが突っ込みを入れてきたが、俺もマイクもスルーした。その条件は『ここにいる冒険者の全滅』だからだ。
「とにかく、俺達に残された方法は、ヘレンの回復魔法なしでトボガンを全滅させるしかない」
俺達はアイテムバッグ内のポーションと魔道具の再確認を始めた。