酒場で説得する
「こっちだ、ポール」
俺は酒場で手を振ってポールをテーブルに招く。酒とつまみを注文して乾杯する。
「「赤き谷の名のもとに!」」
『赤き谷』は俺達の故郷の村の名前だ。そして、Cランクになったばかりの俺達のパーティの名前でもある。
「どうしたんだい、ケントが急に僕だけ呼び出すなんて? あさってからのダンジョン行きで何か問題でも?」
そうなんだ、と俺はジョッキを置いて、軽く深呼吸する。
「あさってのダンジョン行きだが、30階層に行くのを止めて、20階層に3日間潜るつもりだ。それで言いにくいんだが、今回はポールには来ないでもらいたい」
ポールは顔をしかめる。そりゃそうだ。次のダンジョン行きに参加しないでほしいと言われて、平気でいられる冒険者などいない。それに、俺達は29階層のフロアボスを倒してCランクになったばかりだ。今さら20階層に行く理由なんて、普通はない。
「今、ダンジョンの攻略が止まっていることは知っているよな?」
「うん、44階層で止まっているんだって? なんでも、Sランクパーティのポーターが全滅して、今はひとりもいないとか」
「そう。40階層が踏破されてからポーターが死にまくっている。今、SランクのパーティはAランクのパーティからポーターを引き抜こうと必死だ。Aランクのパーティも半分近くのポーターが死んでいて、引き抜こうとするSランクのパーティとの関係が険悪になっている」
ここまで状況がこじれているのは、『ひとつのパーティは5人まで。5人のうちひとりはポーターでならなければいけない』というギルドの規約があるからだ。ポーターがいないパーティはダンジョンの入場許可証を発行してもらえない。この規約はポーター組合の利権だが、ポーターのような支援職を無視したダンジョン探査は危険すぎるだろうと、多くの冒険者から支持されている。
「それと今回の話とどんな関係あるの? 確かに僕はポーターだけど、Cランクだよ」
「確かにポールはCランクだ。だけど、SランクやAランクのポーターが次々と死んでいるのは、深い階層にはポーターを狙い撃ちにする何かがあるからだと、俺は考えている。詳しいことはギルドが何も公表しないから、あくまでも俺の推測だけどな。ポールは気を悪くするかもしれないけれど、Bランクになる前に、一度、浅い階層で、ポーターなしでどこまでやれるか確かめておきたいと考えていたんだ。そう考えていたら、今日、アイテムショップでこんな物を見つけた」
「……これって、レベルアップのスクロールじゃん! 高かったでしょ……って、ああ、遅効性のスクロールなのか」
「そうだ。魔法をレベルアップできるが、レベルアップが定着するまで3日間魔法が使えなくなる代物だ。だから、これは他のメンバーは全員賛成しているんだが、次のダンジョンはポール抜きで潜る代わりに、ポールにはそのスクロールを使って、地上でレベルアップしてもらおうと思う」
「なるほど。それなら納得だけど、本当に僕が使っていいの? レベルアップできるのはありがたいけど、遅効性でも決して安い物じゃないし」
「ああ、いい。ポール抜きで潜るなんて、こんなきっかけがないと、なかなかできないからな」
「確かにポーター抜きで潜るなんて、普通は考えないよね。ケントは時々突拍子もないことを言い出すけど、言うとおりにしていたら半年でCクラスになれたからなぁ。普通は2年ぐらいかかるんでしょ?」
「そいつは買いかぶりだ。俺は自分がいいと思ったことをみんなに話して、みんなが納得してくれた。それだけだ」
「まぁまぁ。それで何をレベルアップしたらいい?」
「収納魔法の容量には困っていないから、強化魔法をレベルアップしてくれるとうれしい」
ポールは収納魔法の他に強化魔法を使える。回復師のヘレンも強化魔法を使えるが、回復魔法のために魔力を温存する必要があるから、あまり頼りにできない。
「了解。みんなが強くなってくれれば、攻撃できない僕が生き残る確率も上がるわけだからね」
その後、俺達は飲み続けた。次のダンジョン行きで何を持って行くべきか、何を持って行くべきでないのか、ポールのアドバイスはありがたかった。