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冷たいブルー

ダフネが、テオドラ・ウレタに呼び出されたのは、湖にかかった桟橋の上だ。湖と言っても、人工の貯水池だったが、冬にはほとんど人が来ない。

学園内でも、やんちゃな男子生徒が、夏になるとボートで遊ぶような場所で、ダフネは近づいたことのないような場所だった。

物珍しくて、誰もいない桟橋を少し歩いていると、テオドラ・ウレタが現れた。


「珍しいのね。こんな場所に来いだなんて。礼儀をわきまえているあなたには、珍しいことだわ。」

「ご無礼をお許しください。ただ、誰にも聞かれたくなくて。」

「そう。私には、時と場所を選ばずに、誰にも聞かれたくないお話をしてくるのに。」


テオドラ・ウレタは、ダフネの婚約者がいかに清く正しいかをどこにいても語る。それは、ただ、婚約者が褒められ慕われて嬉しいと思える範疇を超えていたし、学園にいる人間のほとんどもそう思っていた。

それで、追い詰められるのは、ダフネだけではなく、ダフネの婚約者も同様だった。


「単刀直入に申し上げてもよろしいですか。」

「止めても無駄でしょう、どうぞ。」

「婚約を破棄していただけませんか。」


ダフネは予想していた言葉とおなじものが耳をかすめていったことに、笑いが漏れてしまった。

王太子殿下はテオドラ・ウレタに狂っていた。だが、身分がそれを許さない。それを、超えてまで手に入れようとしている娘が、自分の腹心を慕っている。

そのうえ、その腹心も心を通わせているとなれば、王太子殿下が、どんな方策にでようとするかは目に見えていた。

アウグストは、腹心でありながら、その身分を廃されそうになっている。

テオドラ・ウレタにとっては、それは避けたいことだが、あれほど、手中で転がしていた男に彼女は参っているように見えた。

アウグストを手に入れ、王太子殿下を諦めさせるには、婚約することが一筋の光のように見えているのかもしれない。ダフネには、それは助長することに思えた。


「それは、私の決めることではないと知って、言っているのかしら。」

「アウグスト様はまぶしい方よ。王太子殿下よりも優秀でらっしゃるのに、前に出ようとはしない。愚かな王太子殿下のふるまいも、正そうとなさる。私とのことも、そう。私は、完璧な淑女です。身分以外のすべて、あなたに勝ると自負しています。アウグスト様の隣にありたい。私は努力ですべてをなし得てきたけれど、これだけは、あなたの協力がなければならないの。」

「協力……する必要が私にあるのかしら。」

「あなたは、愛されないわ。決して、愛されない。それに耐えて、子供もできず、みじめな一生を送るのと、少し、私に協力するのでは、その後の身の振りが違うわ。私が、良い嫁ぎ先を見つけることもできる。」

「そう……」

「あなたが、アウグスト様が、学園で私に入れ上げたことを、宰相閣下に伝えてさえくれれば、良いのよ。」


美しい微笑みだった。テオドラ・ウレタは、確かに完璧な淑女なのだろう。努力を怠らず、美しいことを諦めず、そして、欲するもののために、犠牲を払える。

でも、それが、ダフネにはどこまでも傲慢に思えた。ダフネは、何の努力もせずにアウグストの婚約者になったことは事実だ。

だが、それ以外のすべてにおいて怠惰であったわけではない。婚約者と情を交わすことはなかったが、それ以外のすべてを怠ったわけではない。


「宰相閣下にたとえ伝えたとしても、それがどうしたと言われるだけだわ。」

「なんですって」

「貴族の婚約を、あなたがなんだと思っているのかは知らないけれど、私と彼の婚約は両家の利のためのもの。」

「娘が可愛くない訳ないわ。」

「あなたは、ずいぶん幸せなお家でお育ちになったのね。」


ダフネは、おかしくて笑いそうになった。


「あなたの言う通り、私は彼に愛されることはない。子供もできないかもしれない。でも、そんなことどうだっていい。私と彼の間には、情など存在しない。あるのは、互いの家の利だけよ。あなたの家は、彼の家にどんな利を与えられるの?」

「私という価値あるものを与えられる。」

「傲慢ね。あなたの価値は、我が家の利に勝ることは決してない。あなたの身分で許されるのは、妾になるくらいかしら。」

「私は、子供も与えられるわ!」


利き手を下腹部に当てる動作をしたのを見て、ダフネは不快感をわずかに覚えた。二人の間に何があったのか、察してしまえたからだ。

傍に控えていたレオネルが、動揺したのがわかった。


「そう、あなたの子どもが、もし本当に彼の子なら、私の子として認知しましょう。あなたが妾になることに私は反対する理由もない。」

「そこまで、何も感じないのなら、彼を私にくれてもいいじゃない!あなたに情はないのでしょう。」


あげたくても、あげられないわ。私のものではないもの。


ダフネは返事をすることすら、億劫になって桟橋の上を歩きはじめる。テオドラ・ウレタの横を行き交う瞬間に、体に衝撃を受けて、次の瞬間には体は重く冷たくなり、そして息苦しくなった。






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