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ピエロのブルー

「ダフネ様」

「ええ、大丈夫よ。」


 闇に紛れるようにと、黒の喪服を引っ張り出した。それは、アウグストがダフネのために作ったものだった。それに、蒼のネックレスを付けたことに他意はなかった。身に着けるべきものが他になかっただけだ。

 レオノルと二人、通行人のいない渡り廊下を歩き、使用人の使う小さなくぐり戸を抜ける。そこには、王太后が言っていた、馬車があった。

 ダフネを王宮から連れ出すことを、王太后は約束してくれた。それは、ダフネ自身の扱いに同情を寄せていたからか、王宮に残すことで王太后になんらかの不利益が生じるかの、どちらかを意味する。

 どちらにせよ、ダフネには判断の材料がなく、この機に乗じるしか王宮から逃げる方法がなかった。たとえ、王太后の策が、ダフネをはめるものだったとしても、殺すことはないだろうと思った。なぜなら、ダフネを殺したいのであれば、王宮内でそれをするのが、なによりも手っ取り早いからだ。

 ダフネの気配に、御者が動き、扉を開ける。ダフネとレオノルは、乗り込んだ。


「……ごきげんよう。」

「ご機嫌……麗しくはなさそうですね。迎えが、私でがっかりなさいましたか?」

「いいえ……。それは嘘ね。がっかりしたわ。」


 ダフネは、少し面倒になって、感情を隠すことを止めた。向かいに座る男は、苦笑して肩をすくめた。


「なぜ、ダビド・グレンデス伯、あなたが私を迎えに?」

「決まっているではありませんか。あの時以来、あなたは、私を警戒して会ってはくださらなかった。だから、こうして会いに来たのです。」

「当たり前ではありませんか。あなたの名前を騙って、陛下は私に接触したのですもの。」

「それは、邪魔者がいたからです。それに、私が、陛下に協力したのは、その一度きり。それ以外は、真剣にあなたに求婚していた。」


 その一度で、あなたは、何を陛下からもらったのかしら。

 そう小さくつぶやくと、グレンデスは、これは参ったと、もう一度肩をすくめる。


「……確かに、私は陛下と取引をした。でも、あなたの求婚者であるために、努力したことも事実です。フォンセカ候の邪魔がなければ、私はあなたに正式に婚約を申し込めたし、あなたの名節を汚すようなこともなかった。そして、あなたを寵姫に堕とすようなこともなかった。」

「……寵姫になったのは、フォンセカ侯のせいではありませんわ。私自身の選択よ。」

「こんなことになっても、あなたは、あの男をかばうのですね。」


 違う、そうじゃない。そう口にしようとして、やめた。そう、確かにそうだ。


「あなたを迎えに来るのは、あの男ではないのに、期待して、そんなものを付けて。」


 身に着けているネックレスを指先でもてあそばれて、ダフネは、眉をひそめた。

 それは、痛みを我慢するときの顔と同じだった。ついぞ出たことがない涙を流さないための行為だ。

 この時、ダフネは気づいてしまった。ダフネは、ゲームをした。

 ゲームをして、いつの間にか、恋をした。ブラフと言っていたが、それは、ブラフでもなんでもなかった。

 感情を操ると言って、結局、ダフネは感情に負けて恋をした。

 ダフネが貯水池の蒼に落ちた時、アウグストは確かに恋に落ちていた。ダフネは、その恋に、遅れて落ちていったのだ。

 アウグストの恋は成就した。ダフネの心を道連れにして。


「その顔を、あなたにさせる、あの男が私には憎らしいよ。私なら、あなたをこんな表情にはさせないと思うが、同時に、こんな表情をさせられないとも思うから。」

「……私は、きっと、あの人以外のために、こんな顔はしないわ。」

「今日は、ずいぶん素直ですね。」


 それは、きっと、もう会えないと確信しているからだ。王太后は協力すると言ったのだ。ダフネのために、王宮を出すとも言った。

 その手を取る人間を王太后は、ダビドに定めてしまっている。それは、もう、ダフネの願いが届く余地がないことを示していた。


「ダフネ・アンブロース嬢、あなたに求婚いたします。私と共に、これから歩んでくださいませんか。」


 堅実な人。賢く、自分の立ち回り方をよく知っている人。

 ダビドへのダフネの率直な感想はそれだった。この人と結婚すれば、ダフネはおそらく女伯爵になれる。ダビドはうまく立ち回り、国と名誉その両方を手に入れられるだろう。

 ダフネは、唇をわずかに動かした。


「……あなたなら、そう言うと思いましたよ。」


 選び取れなかった過去にしがみついているのはダフネだけ。

 王太后も、ダビドも、テオドラ・ウレタも、そしてアウグストも、そんな過去に見向きもしていない。

 そういった意味では、フェリペは、ダフネに似ているのかもしれない。選び取れなかった過去にとらわれて、もがき苦しんでいる。

 そんなフェリペへの同情だろうか、ダフネはひどく泣きたくなった。フェリペへの同情は、きっと同時にダフネ自身に対する嘲笑だった。







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