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レーヌのブルー

 ダフネの生活に変化があったのは、今が何日目で何の月か、ダフネ自身が分からなくなったころだった。

 普段身に着けるよりも、動き辛くて、それでいて丁寧に作られているであろうイブニングドレスを着せられた。その服は、母が用意したものではなかったが、最初に着せられた黄色のドレスによく似ていた。

 ドアをたたく音ともに、扉があけられる。ダフネは反射的に立ち上がり、カーテシーをした。顔を見たわけではなかったが、先ぶれに訪れた顔ぶれから、高貴な人間であることが予想できたからだ。


「顔を上げなさい。ダフネ・アンブロース。」

「はい。感謝いたします、王妃陛下。」

「今は、そう呼ばれてはいないのよ。王太后、そうお呼びなさい。……あなたが、あの子を認めていなくとも、もう、あの子は王なのだから。」


 せめてもの抵抗のように口にした呼び名を、訂正される。ダフネは、ほんの少しだけ苦笑した。


「はい、王太后様。」

「あの子が、あなたを閉じ込めていると聞いて、会いに来たのよ。やっと、目を盗んでここに来られたわ。」

「そうでしたか。」

「あなたを寵姫にすると言われたときには、あの子の頬を打ったのよ。あれほど国に尽くしてくれた宰相を捨て駒にした挙句に、あなたを愛妾にするなんて眩暈がしたわ。」


 ええ、私も。

 そう言いかけ、唇を結んだ。

 王太后は、フェリペ王の生母ではないが、頬を打つような間柄だったのだなと、少し感心した。血のつながりがなくとも、それは真実、親子の振る舞いだからだ。

 フェリペを生んだのは、先の愛妾であるエルミラ夫人だ。王太后が生んだ男児は夭折している。それでも、王太后は、フェリペと親子の情を結んでいるようだ。

 血のつながりがありながら、親子の情の薄いダフネには、とんと理解の出来ないことだった。


「私は、難しい政は分かりません。でも、あの子が、あなたに手を出さずに閉じ込めているのは、あなたが策を弄したからなのでしょう?」

「そう……なりますわね。」

「さすがは宰相の子。でも、あなたはそれで、何を得たの?」

「私は……得てはおりません。ただ、失わずに済んだだけですわ。」


 失わずに済んだのは、わずかな矜持、それだけな気がした。もっと、たくさんのものを失わずに済むと思っていた。ダフネは感情を操ることで、それをなし得ると思った。だが、結局は、ダフネは感情に操られることで、矜持以外のすべてを失ったと言える。


「アウグストも、愚かな子だわ。あの時、もっとうまく立ち回っていれば、あなたと結婚する道もあったのに。」

「あの時……」


 そうよ。王太后の言葉で思い出すのは、貯水池の蒼だ。だが、すぐに、それを否定する。その時、アウグストは確かにテオドラ・ウレタと恋をしていた。だから、あの時は、きっと、ダフネとアウグストがゲームをしていた時のことだ。


「あなたを、いつまでも、ここに閉じ込めているわけにはいかないの。」

「それは、なぜでしょうか。」

「あなたは、女伯爵になるべきで、寵姫になるべきではないからよ。」

「……そう、でしょうか。」


 フェリペが承認しない限り、ダフネは女伯爵にはなれない。そして、地に落ちた名節が、戻ってくることはない。寵姫という身分になることで、ダフネは領地を守ったが、それは、同時に領地に対する責任を放棄したのと同じだった。だから、ダフネに女伯爵になる資格はない。


「だから、あなたの迎えを呼んだの。」

「……迎え?」

「そうよ。大丈夫、あなたを逃がすために、私、いろいろ考えたのだから。」


 王太后の少しふくよかな丸い顔は、えくぼを作った。無害でいて甘い香りをまとうそれを見て、どこかで、ダフネは期待した。

 選び取れなかった過去に、すがっているのは、ダフネだけだとは思いもしなかった。







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