寵姫というブルー
ダフネは、窓に釘を打たれ、開けることもかなわない部屋にいた。
調度品はどれも品のいいもので、高貴な人のために用意された部屋だとわかる。外からも内からも開けられないことを除けば。
ダフネは、今、陛下の怒りを買った貴族として幽閉されている。自分が、寵姫という立場なのかどうかも定かではない。ダフネのゲームは、これで終わりだが、母のゲームは終わっていない。
そのための、ダフネは駒なのだと思う。母を脅すための道具だったが、あの母が、その脅しに屈すると思えない。母は矛盾しているが、娘を処刑すると言われても、おそらくは領地を明け渡さない。それが、母の苛烈な愛情だと、ダフネは最近知った。
だから、母を父の葬儀に呼ばなかったことを後悔している。
どうにか外部と連絡を取り、情報を得ようと画策したが、どれも、衛兵に阻止された。レオノルの家族の訃報を利用しても、部屋を出ることは叶わない。
ダフネは、今、どんな立場なのだろう。
ただ、ここで一日を過ごしていると、今日が何日目で、何のために呼吸をしているのかさえ分からなくなっていく。
退屈しのぎに思い出をなぞらえれば、どれもダフネを不快にする。思い出と自分が認識しているもの、そのどれにも、アウグストが存在しているからだ。
自分という存在は、これほどまでに希薄なのに、どうしてアウグストの存在はこれほど大きいのだろう。
「寂しい……場所ね、」
「ダフネ様、」
「ここでこのまま、老いて死んだら、それはそれで、面白いのかもしれないわ。」
何もない空っぽの自分にふさわしい、空っぽの場所なのかもしれない。
「ダフネ様、必ず、戦争は終わりますわ。それが、どんな形でも。その時、陛下は思い知ります。ダフネ様のおっしゃったことが、正しかったことを。」
「そうかしら。」
エスパニアの鉄も、メトロポリテーヌの鉄も有限であることは、間違いがない。どちらが多く持っているのか、どちらが多くだましとれるか、ただそれだけの争いだ。
ダフネは、修道院にいた時も、空っぽだった。だけど、こんなに虚しいとは思わなかった。
キングを勝たせるために、ダフネは犠牲を払った。ダフネ自身が支払ったことで、ゲームに勝てた。だから、ダフネが感じるべきは「満足」なはずなのに、心の内側は「虚しさ」でいっぱいだった。
なぜだろう。なぜ、ダフネは虚しさを感じるのだろう。
アウグストとの前哨戦に負けたからだろうか。ダフネの使ったブラフは、回りまわってダフネのもとに戻ってきているのだろうか。
そんな疑問にダフネは答えを持ち合わせていなかった。虚しさは、ダフネをむしばむが、思い出はダフネを蒼に染めた。その蒼は、ダフネが沈んだ貯水池の蒼によく似ていた。




