ナイトの瞳はブルー
アウグスト・ノエ・フォンセカは、ずっと辛酸を舐めてきた。
周りからは、次期国王の側近として取り立てられていたアウグストを羨む声が、大多数だったが、アウグストはそうは思わなかった。
フェリペは王子時代から、決して聡明とはいいがたかった。
もちろん、努力は惜しまなかったし、弱音もはかない。自分の能力を過信せず、臣下の言うことに耳を傾けられる。そういった意味で、自身の能力は高くなくとも、周りをうまく動かす能力に長けていたのは確かだ。
だから、支えることに抵抗はなかった。フェリペがテオドラ・ウレタに狂うその日までは。
テオドラ・ウレタは、確かに完璧な淑女だった。彼女が、王妃になれば、フェリペは下手したら傀儡にされるかもしれない。そう思うくらいに聡明で、完璧で、それでいて、フェリペの虚栄心をくすぐる天賦の才があった。
当時すでに婚約が内定しつつあり、堅実な選択を重ねてきたフェリペの心を変えてしまったのだから、相当だった。
だから、アウグストは引くわけにはいかなかった。最初は取り巻きの一人として、そして、最後には想いあう二人を演じることで、フェリペが目覚めるまでの時間稼ぎをすることが、アウグストに課せられた任務だった。
誰にも告げられない任務を、アウグストは黙々とこなした。
それを、遠くから、ダフネが無表情に眺めているのは知っていた。ダフネの眼は関心がなさそうで、それでいて、深く傷ついていることすら気づかず蓋をしているように見えた。
そう、見たかっただけなのかもしれない。
それでも、アウグストは、大丈夫だと思っていたのだ。たとえ、学園内でどんな恋愛遊戯が行われようと、結局は、アウグストはダフネと結婚する。これは、両家の利であり、けっして変わることのない未来だったからだ。
宰相は、娘の気持ちよりも、家を優先することは知っていた。そうでなければ、ダフネがあれほど人形のようになる理由がないからだ。
アウグストとダフネはいささか疎遠な婚約者だったが、それで、良いと思っていた。ダフネと結婚したそのあとも、変わらず人形のような態度なのか、それとも心を手に入れるのかは分からなかったが、アウグストはそれでも大事にしようと思っていた。あの日までは。
あの日、ダフネがテオドラ・ウレタに突き飛ばされ、貯水池に落ちた日から、全ては変わった。
ダフネが瀕死になったことで、無情だと思っていた宰相は怒り狂ったのだ。
事情が事情だったため、当時、フェリペの祖父に当たる先王も仲介してくれたが、聞く耳は持ってくれなかった。
宰相は無情だ。娘よりも家を優先する。だが、娘をないがしろにしているわけではなかった。
ダフネに会うことは禁じられ、婚約は破棄された。テオドラ・ウレタはすぐに学園を追放され、商家に嫁いだ。
貯水池から引き揚げられた、真っ青なダフネを見たのが、最後になった。その後、ダフネは男子禁制の厳しい戒律で有名な女子修道院に入ってしまったからだ。
何度か接触を試みたが、それは不可能で、金を握らせて、修道女から彼女が健やかかどうか聞き出すのが精いっぱいだった。
「今更、わが娘にご執心ですか?」
国王陛下が病で亡くなって、すぐに、フェリペが国王になった。同じ女をめぐって争っていたと思っていたのに、フェリペは、変わらずアウグストを重用した。
違和感を覚えながら、過ごす中で、アウグストが唯一心のよりどころにしていたのは、修道女から知らされる彼女の情報だけだった。
それを、宰相に知られていると知って、アウグストは顔から火が出るほどの羞恥を覚えた。
「今更……ではありません。以前と心は変わっていません。」
「執着が強くなっただけで?娘がもう少し器用に立ち振る舞っていれば、未来は変わらなかったかもしれませんね。」
「違います。アンブロース嬢には、なんの落ち度もない。」
「娘が欲しいですか?」
「……それは、どういう意味ですか。」
その日、この国の置かれている状況を理解した。




