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母と娘のブルー

 音をたてて、滑り落ちた茶器を、ダフネはじっと見つめた。

 動揺したつもりなど、みじんもない。テオドラ・ウレタの来訪があっても、ダフネが動揺するいわれはないはずだ。

 静かに、ダフネが目を閉じたのを見て、家令のナタニエル・プリエルは、追い返すことを提案した。

 ダフネは、しばらく返事をできずにいた。

 動揺したつもりなどない。

 アウグストと、テオドラ・ウレタの婚約は、ダフネを動揺させるに値しない。ただ、ゲームに負けてしまった事実を再確認するだけだ。


「いつまで、そうしているつもり?」


 目を閉じていたダフネは、視線を上げた。開かれた扉の先には母が立っていた。傲慢で感情的で美しい顔を持つペネロペ・アンブロースは、どこかでテオドラ・ウレタに似ている。

 最後に領地から届いた手紙は、ペネロペの帰還を告げるものだった。どこで何をしているか、生きているか死んでいるかも長らく知らなかった母親の帰還に、ナタニエルも戸惑って手紙をよこしたのだろう。


「いつまで、逃げているのと、聞いているの。」

「逃げてなど、おりませんが。」

「逃げているわ。あなたは、あの頃から、ずっとよ。」


 あの頃。

 そういわれて、思いつくのは、貯水池の深い蒼だった。思わず、眼光が鋭くなってしまう。


「あの頃から、あなたは、テオドラ・ウレタから逃げていたわ。自分の婚約者を好いているくせに、無関心のふりをして、それで、何か得られたわけ?」

「好いている?私が?御冗談を。無関心のふりではなく、本当に関心がなかっただけです。」

「違うわ。あなたは、アウグストを好いていた。でなければ、アウグストが誰と恋をしていたかなんて、あなたは知らないわ。」


 ダフネは、いつのまにか自分がこぶしを強く握っていることに気づいた。


「あの異常な状況で、テオドラ・ウレタのことを全く知らずにいるなんて、不可能でした。」

「不可能なんかじゃないわ。あなたは、本当に無関心だったら、視界にも入れないわ。自分の母親が生きているか死んでいるかも関心がなかったように。」


 あなたのせいで、夫の葬儀にも出られなかったのよ。

 まるで、出たかったかのように、恨み言を吐き出す母に違和感しか覚えない。ダフネの記憶にある母は、夫に無関心だった。

 夫婦の会話は、感情的な母親の怒鳴り声か、父親の業務連絡だけで、とても信頼関係があるとは思えなかった。


「婚約当初から、あなたはずっとアウグストが好きなのよ。あなたがどれほど否定しても。母親だもの、それくらいわかるわ。」


 母親という言葉がこれほど、そぐわない人もいない。


「だから、逃げてはだめよ。ダフネ。」


 逃げなければ何になるのだろうか。現実という刃を突き付けられて、身動きが取れないほどの冷たさに震えればいいのだろうか。

 ダフネはその冷たさを想像して、嫌な気分になった。

 それに向き合うことで、ダフネは何を得るというのだろうか。


「ダフネ、闘うのよ。これは、女の戦争なのだから。」


 この時、初めて、ダフネは父が母を遠ざけていた本当の理由を知った気がした。







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