クイーンエリザベスのブルー
ダビドからの手紙を何通か、読まずに捨てた。そうしている間に、ドミニカ・アンブリス公爵夫人から、私的なお茶会に招かれた。
「ダフネ、ごきげんよう。」
「ドミニカ様、お招きいただきありがとうございます。」
誰もいない庭園は、ひどく静かだった。二人きりのお茶会に招かれるほど親しい間柄ではないと認識していた。
そんな戸惑いをドミニカは察しているだろうに、何も言わずに席をすすめた。
「美しいお庭ですね。」
「ええ、丹精込めて作ったのよ。薔薇も何もかも手ずから育てたわ。」
「……ドミニカ様が?」
「そう。」
みやびやかな趣味だ。修道院で過ごしてきたダフネには縁遠い女性だと、直感的に感じてしまう。
「この庭くらいしか、私の自由にできるものはないの。」
「……」
ドミニカは公爵夫人だ。日常に追われ、税に追われ、働くことに殺される庶民とは違う。少なくとも労働にも時間にも追われてはいない。
だが、その瞳は、それが真実かのように語る。だから、ダフネは静かにその瞳を見つめ返した。
「公爵夫人が何を言っているの?そんな顔をしているわ。」
「……私は、」
「あなた、前よりも面白いわ。前は、恐ろしいほど人形のようだった。宰相は、あなたにどんな教育を施しているのか心配していたのよ。私は、あなたのお母様のこと、良く知っていたから。」
「母のことを?」
「ええ。感情的で直情的、行動的で、自由、恐れを知らない。私は、そんな彼女が怖かったわ。あなたは、そんな彼女と真逆だった。」
「……そう、あるべきだと思っていました。」
「アウグストが唯一、あなたにした良いことね。」
紅茶の入ったカップを公爵夫人が、地面におとした。そこは芝生が敷き詰められていて、カップが割れることはなかった。それが、合図かのように、メイドがカップを拾って離れていく。
「私はあなたを、お母様と反対の人間だと勘違いしていたわ。あなたは、最初から、感情的で直情的で、行動的で、誰よりも自由だった。」
「そんなこと、」
「あなたは自由よ。自分の財産を使うことも、増やすことも許されず、何をするにも夫の許可を得なければならない、夫人たちよりもずっと。私たち女は、夫の付属品でしかない。女というだけで、言葉も行動も、全てを制約される。自由に外に行くことも叶わず、学ぶことも許されない。唯一の幸せは、夫に嫁ぎ、子を産んで育てることだけだと教わるの。」
お茶を淹れなおすだけにしては、メイドが戻ってこない。
「貞淑たれ。まるで呪いのような言葉よ。」
「後悔しているのですか?」
公爵夫人になったことを。
「いいえ。後悔をすることも教わらなかったわ。それに、私は、夫に嫁いだことも、子を産んだことも後悔はしていない。後悔していいのは、行動した人間だけだから。」
野鳥が鳴いた声がした。
「あなたは、どんな人生もつかみ取れるわ。」
「私に、選択肢などあるのでしょうか。」
「あなたには、あるわ。あなたは、伯爵になれる。誰の手も借りずに領地を運営することができる。あなたは、学園でちゃんと教育を受け、そしてそれを正しく吸収した初めての女性だわ。」
「領地を運営することは、通例許されていませんわ。」
「通例?感情的で直情的なあなたの前で、そんなもの何か意味があるの?」
ドミニカが初めてダフネの瞳を見つめ返した。
「自由には対価が必要ですわ。」
「そうね。自由を選ぶか、対価を選ぶか。それはあなた次第だわ。」
紅茶を持って、メイドが現れる。メイドは、静かに、テーブルに紅茶を置くと一歩下がった。
野鳥がまた一つ鳴く。鳥籠に閉じ込められた小鳥の声とは違う、自由な鳴き声だった。




