タナトスのブルー
ダフネは、手持ちのカードをアウグストに見せないことを決めた。
見せてしまったその先に、何があるか、ダフネには予想できなかったからだ。アウグストが、ダフネを守ろうとするのか、それとも売ろうとするのか。
どちらの結果が、ダフネには好ましいのかも分からない。
だから、アウグストには、寵姫の件を告げないことにした。
「ダフネ」
庭でバラを愛でていると、後ろからアウグストが現れる。
メトロポリテーヌを退けたアウグストは、ほとんどケガはないと言っていたが、それが嘘であることをダフネは知っている。
医者が日参していることを知っているからだ。その腕に包帯がまかれていることも、ダフネは知っていたが、知らぬふりをした。
「侯爵様」
手を伸ばせば、アウグストは躊躇なく、その手を取るし握りしめる。あまつさえ、ダフネを抱きしめて、閉じ込めようともする。
その行為に、周りにいるものが咳ばらいをして、良識を促しても、あまり意味はない。
「どうなさったの?」
「ダフネと薔薇を見たいと思いまして。」
「まあ、そうですの?」
未婚の男女の良識ある距離感を、やすやすと超えて、ダフネは侯爵の腕の中でさも当たり前かのように微笑んだ。
「もう少しで、喪が明けますね。」
「まだ、あと5か月ありますわ。」
「あと、4か月と23日です。」
「数えてらっしゃいますの?」
アウグストはダフネに喪服だけではなく、色鮮やかなドレスも送る。もちろん、着ることを強制はしないが、ダフネが気に入りそうな蒼色の服と宝飾品ばかりだ。
それが、何の色であるか、分からぬほどダフネは愚かではなかった。
「待ち遠しいです。」
「父ならば、喪が明けるのを待たずとも良いと言いそうですけど。合理的、でしたもの。」
そうですね。
そう、どこか意識のそがれた返事をしたアウグストの視線は、薄く化粧をされたダフネの唇、首筋、デコルテに向かって動いた。
その瞬間、ナシオとレオノルの咳払いが重なった。それで、視線は戻ったが、手の力が弱まるわけではない。
喪が明けたその先に、何が待っているのか。
ダフネは知らない。だが、ダフネは、喪が明けたその時が、ゲームの終わりなのだろうと思った。
このゲームは心地いい。もし、ダフネがアウグストと婚約したことがなく、貯水池に突き落とされたこともなければ、きっと、このゲームをもっと楽しめただろう。
もっと、アウグストを知って、カードを増やそうと思っただろうし、自分のブラフを際限なく使ったかもしれない。そして、そのうちに、それがブラフかブラフでないのか、わからなくなっていたのだろう。
だが、実際は、ダフネはアウグストと過去婚約していたし、恋のために貯水池に突き落とされた。
そのあとは、修道院で辛酸をなめたし、2年間も神に祈りを捧げ続けた。
だから、ダフネはこのゲームに勝ちたいのだ。たとえ、どんな結末を迎えたとしても、ダフネは勝ちたい。ほかの何を失っても。
ダフネは、ふわりと微笑んで、それから視線をアウグストの唇に一瞬そらした。
それから、アウグストの蒼の瞳を見つめる。その意図を、理解したのか、アウグストは周りの制止を無視して、ダフネとの距離を詰めた。
ダフネはそっと瞳を閉じる。
このゲームに勝つためなら、ダフネはどんなブラフでも使ってやろう。そう思った。




