ポーンのためのブルー
きらびやかなホールは、燭台の明かりでちらちらと揺れる。炎が揺れるたびに、貴婦人たちを飾る装飾品がきらびやかに輝く。
アウグストの亡くなった母の妹にあたるドミニカは、既婚ではあるが美しい淑女の一人だった。
この舞踏会を彩る宝石の一つのようだ。喪服を連想させる暗い紺のドレスを身に着けているダフネの方が、まるで、付添人のようだ。
「ダフネ、まずは陛下にご挨拶を。それから、ダンスは、名前を書きに来た男性の中で、ふさわしい方を、私が選びます。」
「はい、お願いいたします。」
「あなたは、正式なデビューを果たせていないわ。でも、今や、あなたは伯爵を継ぐものです。皆が、あなたに注目しているわ。」
「はい。」
「あなたは、完璧な淑女です。そのことを忘れないように。」
舞踏会では、暗い色の服は目立つ。だが、喪に服していることを示すこと、舞踏会に参加せざるを得ない状況であることを加味した中では、最もふさわしい色を、アウグストは選んでいた。
髪飾りも、耳飾りも、どれも、地味なものだが、どれも蒼で統一されている。それは、アウグストの瞳の色だ。
「ここでの出会いは、あなたを助けもするし、危険にもするわ。でも、一つだけ。もし素敵な殿方がいたら、声をかけなさい。はしたないと思われても構わない。あなたが、幸せになれるなら外聞なんて構わないのだから。」
「ドミニカ様」
「本当はアウグストに言われたの。あなたに近づく男性を蹴散らしてほしいって。そんな色の装飾品ばかりつけさせて、あの子は愚かよ。そんなことをするのなら、過去に帰って自分を殴り飛ばすべきだわ。」
扇子を広げて、ため息を隠す。
「あの子は不器用なの。でも、それは言い訳にはならない。一人の女性の人生を変えたのだから。」
そういわれて思い出したのは、テオドラ・ウレタのことだった。彼女の人生はどうなったのだろうか。
身分以外完璧な淑女と呼ばれた彼女は、どうなったのだろうか。
考えたくもないことだったのに、ふと思ってしまう。アウグストとテオドラ・ウレタの恋はどんな散り方をしたのだろうか。
「違うわ。あなたの人生よ。あの女は、自業自得。アウグストが変えたのは、あなたの人生よ。」
だから、あなたはあなたの人生を歩きなさい。素敵な殿方を見つけるの。
ドミニカの言葉は、難しく思えた。感情を制御しろと言われていたダフネは、人形のようにそれを行った。
感情を操れと言われて、ダフネは、アウグストを相手にそれを始めた。
ゲームはアウグストとダフネ、どちらが勝つかはまだ分からない。盤上は霧でよく見えないのに、ダフネにはアウグストが優勢のように思えた。
この盤上にあらたなプレイヤーが入ってくれば、ダフネはアウグストに勝てるのだろうか。
陛下に当り障りのない挨拶をしてから、ドミニカに勧められるままに、何人かの男性と踊る。誰に対しても、ダフネは微笑み、淑女らしく振舞った。
人形と言われたダフネは、人形としての新しい側面を手に入れた。微笑みという表情だ。
それをするたびに、アウグストならどんな反応をするだろうかと、想像する。
そんな想像をしているから、ゲームに負けるのだ。
ダフネは、一人の殿方に、狙いを定めることにした。




