マスカレードのブルー
エドゥアルダがワンピースを選び、それをダフネに見せる。ダフネは小さく首を横に振る。
それを今日も何度か繰り返し、結局、レオノルが選んだワンピースを身に着けた。
意地悪をしたいわけではないけれど、同じ黒でも、ダフネの好みではないものを選び続けるのだから、仕方がない。それを叱らないのは、エドゥアルダの主が、アウグストであるからだ。
いや、違うのかもしれない。本当はエドゥアルダの表情の意味を知りたくて、わざと感情を揺さぶっているのかもしれない。
知りたくないと言いながら。
懸命に仕えようとする彼女に、ダフネは何をしているのだろうか。
「エドゥアルダの配置換えを致しましょうか?」
「いいえ、構わないわ。」
ナシオの提案はもっともだ。エドゥアルダのためにも、ダフネのためにも。だが、ダフネはそれを断った。
エドゥアルダがどんな気持ちでいるかなど、興味はない。
「それでしたら、もう一人、気の利くものを付けましょう。」
「ありがとう」
そこに銀のトレーを持った使用人が一人、ゆったりと入ってきた。トレーの上には、華美に装飾されている手紙が置かれている。ナシオはそれを手に取り、レターナイフを受け取った。
「刻印は、陛下からのものですね。」
「正式に、伯爵位を継げる、ということかしら。」
伯爵位を継ぐには、王家からの正式な許可がなければならない。手続きに二月ほどかかるのは通例である。1か月半であれば、ダフネの許可は、早く降りた方だろう。
渡された手紙に、目を通して、ダフネは眉をひそめた。
「なにか、ありましたか?」
「伯爵位の話ではないみたい。舞踏会に招くとあるわ。」
「この混乱期に、舞踏会ですか。」
西で争いが起こっているのにも関わらず、恒例の舞踏会を開くようだ。何よりも問題なのは、陛下の処断で亡くなった宰相の娘を、喪に服している期間にかかわらず、招待したということだ。
「なんの狙いが、あるのかしら。」
ナシオは少し考えてから、手紙を持ってきた使用人に耳打ちをした。
「パートナーは必要ないと、書いてあるわ。私に何をさせるつもりかしら。」
「ダフネ様は、実質、社交界デビューされていない身です。パートナーは必要なくとも、お目付け役の名目で、身近な女性を近くに置くことができます。」
身近な女性と言われて、思いつくのは、レオノルだけだが、この場合のお目付け役は地位ある人だ。
母親
一瞬、頭をよぎったその人が、今も生きているのかダフネにはわからなかった。今の今まで忘れていた存在だ。
母は、葬儀にも来なかったし、死んでいるのかもしれない。父がダフネに告げずに葬儀を済ませていたとしても、不思議はない。そんな夫婦関係で、そんな親子関係だった。
「お願いできる女性はいないわ。」
「ドミニカ・アンブリス公爵夫人にお願いいたしましょう。アウグスト様の叔母に当たりますし、御夫君は先代王陛下の弟君です。地位が高く、ダフネ様をお守りできるかと。」
「でも、私は面識がないわ。突然、お願いするのは、」
「ご安心ください。こんなこともあろうかと、アウグスト様が手を打っておられます。」
こんなこともあろうかと、ということは、アウグストはこの展開を予想していたということだ。
ダフネには予想もつかなかったこの展開を。
「万が一を考えていらっしゃっただけで」
「怒ってないわ。そこまで考えていらしたのに、私に何も言わなかったのだと思って。」
「ご心配をおかけしたくなかったのかと。」
「……そう。」
情報を与えないことでゲームは、一層、不利になっている。このゲームはもはや、アウグストとダフネだけのものではなくなっている気さえする。
「もしかしなくても、装飾品の準備も終わっているのかしら。」
気まずそうなナシオの表情に、ダフネはため息を吐いた。




