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アンテノーラのブルー

「ダフネ様、バルバラ・ドゥケ・ペイロ様がいらっしゃっています。」


 アウグストの書斎で本を開いていたダフネに、ナシオが声をかけた。ナシオは、最初、ダフネを奥様と呼んでいたが、ダフネはそれを丁重に断った。

 アウグスト不在の今、この屋敷で最も地位があるのはダフネではあったが、アウグストの妻ではない。

 ダフネは確かにゲームをしていたが、アウグストの妻になる気はなかった。


「バルバラ様……ご無事に結婚までされたのね。」

「ダフネ様が、修道院にお入りになった頃に。」

「そう。そんな彼女が何の用かしら。」


 近くにいたレオノルは、興味がなさそうに、アウグストの書棚を眺めていた。その手が、アウグストの日記にのびるのを見て、ダフネはレオノルにお茶を入れてくるようにと告げた。

 アウグストのものを自由にしていいと、ダフネは許可されていたが、人の日記まで盗み見る気にはなれなかった。

 そこに、恋の感情や、きらきらとした美しい思い出がつづられているのであれば、なおさら。


「お久しぶりですわね。バルバラ様。いえ、本来であれば、私がご挨拶に伺うべきなのかしら。」


 バルバラの生家であるメーナは、アンブロースと同じ伯爵家ではあるが、歴史が違う。学園時代は、バルバラがダフネに許可を得る立場にあった。

 しかし、今、バルバラはペイロ侯爵家に嫁いだ身である。たとえ、ダフネが伯爵位を正式に継いだとしても、ペイロ家に帰属しているバルバラに、礼を尽くす立場になる。

 ダフネがこの場で、バルバラに先に声をかけたのも、本来であれば、マナー違反になるのだ。


「いいえ、私の方こそ、御挨拶が遅くなってしまい申し訳ございませんでした。お会いしたくとも、フォンセカ侯にもご許可いただけず。」

「だから、彼が出征した今を狙ったということ?」

「そんな……つもりはありませんでしたが、御不快であれば謝ります。」

「いいえ、必要ありません。」


 ナシオは、不快そうに眉をひそめる。ノック音とともに、レオノルが紅茶の乗ったカートを押して入ってきた。

 その後ろに、エドゥアルダの姿も見える。


「弟の件を謝罪したくて。……本当に、申し訳ございません。」

「その件の、謝罪も必要ありません。」

「しかし」

「あなたは、ペイロに嫁いだ身。なれば、実家で起きていたことなど知る由もない。それとも、あなたは、御父上の罪も、弟君の罪もご存じであったのかしら?」

「知りません!……存じ上げませんでした。父も弟も、女の私に経営を教えることはありませんでしたから。」

「そう、それならば、なぜ、あなたは学園に?」


 紅茶に砂糖をひとさじ落とす。深い香りに甘みが混ざった。


「……私は、ただ、未来の夫の傍にいるようにと、父に言われて。」

「傍にいて、ただ、恋の駆け引きを眺めていたのね。あなたも。」

「家のためです。」

「そして、今も、家のために不幸になるのね。」


 家という鳥籠から、女は出ることを許されない。嫁いでなお、違う鳥籠にうつされるだけだ。

 バルバラとテオドラ・ウレタの間でどんな取引がされたのか、ダフネにはわからない。

 だが、ダフネという生贄をささげて、バルバラが、あのゲームから婚約者を引きずり下ろしたのは分かる。

 知らない、分からないを貫き通しているバルバラが、それほど愚鈍だとは思えなかった。愚鈍なふりをしているのは、自分を守るためか、はたまた、夫を守るためか。


「あなたは、謝罪をするためだけに来たのかしら?」

「……それは、」

「あなたの謝罪は受けないわ。あなたが謝罪したところで、父は戻らない。あなたの謝罪は無意味だわ。」


 それに、バルバラの謝罪を受け入れた、その先に何が待っているのか、今のダフネには予想ができなかった。

 ダフネの身に危険が迫るのか、もしくは、そうではないのか。

 業腹ではあるが、アウグストがいない今、ダフネの身を守れる手段は多くない。

 バルバラが去ったあとダフネは、もう一度、アウグストの書斎に戻り本を開いていた。

 その本は、一向にページは進んでいない。


「ダフネ様」

「……アウグスト様が、恋しい。」


 ナシオが心配そうに声をかけてきた。それに、ダフネは、ただ恋しいとだけ返す。心細く、そしてアウグストしか頼れないようにするために、彼はダフネに情報を渡さなかったのだろうか。

 一人では身を守ることができない鳥を、鳥籠の中に閉じ込めるために。

 鳥籠から出る方法はある。鳥籠から出た時に、命の保証がないだけで、ダフネはいつでも自由に生きることができるはずだ。

 修道院も鳥籠だった。でも、修道院の中で、ダフネは一見、誰よりも厳格で誰よりも不自由だったが、本当は誰よりも自由だった。

 だから、アウグストを恋しく思う必要などない。ダフネは誰よりも自由なのだから。





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