無垢なるアストライアのブルー
「ダフネ様、ご報告が。」
「レオノル、分かった?」
アウグストの屋敷に連れてこられて、20日余り経ったが、父の死の真相も、隣国とのいざこざも、詳細が何一つ分からなかった。
アウグスト自身が、あえて、ダフネに知らせようとしていないこともわかる。
情報はゲームにとって、最も重要な鍵だ。それを、渡さなければ、アウグストは圧倒的有利に立てる。
「マルシオ・メーナ伯爵が、閣下を貶めた人物として処刑されています。彼は、メーナ領の献上品を横流しし、私腹を肥やしていましたが、国への献上を数字上はかさまししていたので、長く気づかれていなかったようです。」
「マルシオ・メーナ……バルバラ・メーナの弟ね。」
「宰相閣下が就任する前からのことだったと、うわさされていますので、先代伯爵の頃からでしょう。」
「メーナ領で、最も知られているのは砂糖ね。それ以外にも、貿易で得た塩・胡椒、スパイスが有名だわ。いったいどこに、横流ししていたの。」
「経路は不明ですが、メトロポリテーヌに。」
侵略を宣言した隣国だった。
「マルシオ・メーナは確かに、優秀な人材ではあったけれど、大それたことができるほどの人物ではないわ。メトロポリテーヌの動きは?」
「西の辺境でかなり大きく戦が展開されているようです。もともと、いざこざの絶えない地域ですが、侵略宣言は伊達ではないかと。あちらは、相当、武器を買い込んでいる様子。」
「その資金源になったのが、メーナ領の貿易品というわけね。」
ノック音が響き、ダフネはレオノルに視線を送る。レオノルは、扉の外へと言葉を返してから、扉を開けた。
フォンセカの別邸に来てから、ダフネに仕えるようになったエドゥアルダが、紅茶を乗せたカートを押していた。
「ダフネ様、紅茶をお持ちしました。」
「ありがとう、エドゥアルダ。」
いつもよりも、わずかに緊張して見えるエドゥアルダ。どこまで聞かれただろうか。
「エドゥアルダ、」
「はい」
エドゥアルダは、ダフネの声にわずかに震えた。ダフネが情報を集めていることを、エドゥアルダに知られてしまった。
それは、きっと、すぐにアウグストに伝わってしまうだろう。
「今日、侯爵様は、いつお帰りになるのかしら?」
「今日は、いつも通りのお時間にと、伺っています。」
「そう、なら、夕食は一緒にとれるのかしら?」
「そのように、聞いております。」
「うれしいわ。侯爵様に、ずっとお会いできなくて、寂しく思っていたの。」
ダフネはほんのわずかに、恥ずかしさを誤魔化すように口角を上げた。その所作は、まるで恋をしているかのようだ。
エドゥアルダは、どこまで信じるだろうか。この、張りぼての感情を。エドゥアルダは、わずかに恋しそうな顔をした。それは、ダフネのものよりも、ずっと美しくて、ダフネはどうしてか、惨めに思った。




