バプテスマのブルー
「ダフネ」
「侯爵様、お帰りなさいませ。」
ダフネは、喪服にふさわしい黒い服を身にまとい、主人を出迎えるため膝を折った。
そうするたびに、アウグストは、ダフネの両手を取る。最初は躊躇していたその手は、今は、ダフネの両手を握りこむ。
黒の服は喪服にふさわしいものではあったが、どこか、若い娘の衣装であることを忘れていない可憐さがある。
アウグストがわざわざ作らせている喪服は、どれもそんな洗練された印象を受けた。
日々、父が死んだことを思い知らされるのに、ダフネは涙も流せないでいた。今、ダフネにとって重要なのは、肉親が死んだ悲しみにひたることではなく、新たに伯爵位を得た女子として、地位と領地と己を守ることだったからだ。
「今日のドレスもよく似合っています。」
「ありがとうございます。侯爵様。どのドレスもとても美しくて、目移りしてしまうわ。いけないことだけど、他の色も身にまとえればいいのにと、思ってしまいますわ。」
父は最後に、ダフネに感情を操れと、言葉を残した。ダフネにとってそれは、父の遺言ともいえた。だから、ダフネは、思ってもいない言葉をはくことで、アウグストとゲームを続けねばならない。
「きっと、よく似合います。」
アウグストは、まだ両手を握りこみ、そして指先でダフネの手をなぞっている。それをよく思わないレオノルが先ほどから、何度も咳ばらいをしているが、アウグストの耳には届いていないようだった。
ダフネがこんな言葉を言えば、アウグストは明日にでも大量の衣装を届けさせるだろう。
これは、ゲームだ。
どちらも、騙しあいをしているに過ぎない。アウグストの表情も言葉も贈り物も、このゲームにふさわしい、ブラフに過ぎない。
だから、ダフネも、ブラフを使う。
離れていこうとする指先を、ほんの少しだけ指先に力を込めて、わずかに引き留める。
微笑みは使わずとも良い。ダフネは、引き留めた指先に、慕っているかのようにすがって見せてから、手を離した。




