第9話 大切にするということ
「ただいまー」
「やっほ、弥生」
「げっ、雫ちゃん」
「ちょっと! げっ、てなによ! げっ、て!」
仕事が終わり帰宅すると、雫ちゃんが来ていた。元々ここは彼女の実家だし、来ていたというよりは帰ってきていたという表現が適切かもしれないが。
「あれを兄さんにプレゼントしに来ていたのよ」
ばあちゃんのとんかつをモグモグ食べながら箸で仏壇を指さす。そこには以前買った筆が置かれていた。
「これ、雫や。行儀が悪いよ」
「はいはーい。弥生も早く食べなよ、冷めちゃうよ」
「ああ、荷物置いてくるよ」
雫ちゃんは俺が高校生の頃ふらりと地元に帰ってきてこの町で医者をしている。一人暮らしをしている理由は、実家にいると甘えてしまうからと言っていた記憶がある。寂しくないのと尋ねる俺に雫ちゃんはこう答えた。
「寂しいわよー。でも母さんたちには弥生が着いてるし、あたしは悠々自適に暮らしたいかなって。へへへ」
勝手な人だ......。そう思ってると雫ちゃんは続けた。
「一緒にいることが必ずしも大切にする、ってことじゃないわ。むしろ近すぎて大切さに気付けなくなることもある。......他人の命を預かるようになって、そんな人たちを大勢見てきたわ。人間は馬鹿よね。目の前にあるものが永遠じゃないことに失う直前になって気づくの」
だからあたしと一緒に暮らせなくても落ち込まないでね! と真面目な話はおしまいと言いたげに雫ちゃんは下手くそなウインクをした。
晩ご飯を食べ終わりぼーっとテレビを見ていると雫ちゃんが送ってってー。と言うのでバイクの後ろに乗せ夜道を走っていた。
「泊っていけばいいのに」
「んーん、明日も仕事だから。一緒にお風呂入りたかった?」
「馬鹿だなあ」
冷え込んだ夜道を走らせる。
「父さんも母さんも元気そうでよかった。弥生が独り立ちするまでは元気でいないとって張り切ってたわ。たぶんあんたのこと目に入れても痛くないわよあの二人。だから......何を知っても絶対に忘れないでね、あなたのおじいちゃんとおばあちゃんは弥生のことが何よりも大切だってこと」
「......? どういうこと?」
「いずれ、きっとわかるわ」
じゃあねーと一人で住むにはやや広い家に帰る雫ちゃんを見送ったあとも、絞り出すように何か大事なことを伝えようとした雫ちゃんの声が頭で反響していた。