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竜宮少女  作者: 藍色きつね
竜宮少女
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第2話 雫ちゃんとXデー

「さむっ......」

 休日の朝、寒さで目が覚めた。

「まだ7時かよ、二度寝しよ......」

 頭まですっぽり布団に入る。矢先、テケテケテケテン♪と鳴りだすスマホ。誰だよ......と一応口にはしてみるものの俺に電話してくるような人は一人しかいない。叔母だ。

「......もしも「あ! 弥生おはよう! 今日暇でしょ?私も診療所お休みなの! 8時に迎えに行くから準備しておいてね。じゃあね~♪」

 しばらく来なかったから油断していた。Xデーだ。

 

 雫叔母さんは予告通り8時ピッタリにやってきた。ちなみに叔母さんというと怒る。すごく怒る。

「雫さん。おはようございます」

「も~、さん付けはやめてって言ってるでしょ~!昔みたいに雫ちゃんって呼んでよ。ね? ね?」

「じゃあ雫ちゃんさん、こんな朝早くに来て今日はなに?」

 雫ちゃんは一本不満足! と言いたげな顔をしてむくれながら答える。

「今日は買い物に付き合ってほしかったの。あとパンケーキ! タピオカ!」

「太るよ......」

 へーきへーき!と言う雫ちゃんの言葉にあながち嘘はなく、セーラー服を着せても似合いそうなほど若々しい。絶対に教えてくれないけどいくつなんだろう。父さんの妹だからそれなりの歳いってるはずだけど......。

「はやくはやくー! れっつごー!」

 女子高生のように駆け出す雫ちゃんの後ろを俺はやれやれと着いて行った。

 

「うぷ......。気持ち悪い......」

 朝からパンケーキ屋を3件ハシゴ。間にタピオカ屋を2件挟み俺の意識は遥か遠くにあった。雫ちゃんは4件目のパンケーキを目の前でおいしそうにほおばっている。バケモノか。

 月1くらいで雫ちゃんが襲来し俺が連れまわされるこの緊急クエストを、俺はXデーと呼んでいた。

「弥生、ほんとにいらないの?おいしいのにぃ」

「あと一口でも食べたらパンケーキのこと本気で嫌いになってしまう......。うぷ」

「でもパンケーキは弥生のこと好きだと思うよ。その気持ちに答えてあげるのが男の子ってもんだと、雫ちゃん思うなぁ」

「全然嬉しくないしもっと少しずつ仲良くなりたい......。うぷ」

 ケラケラ笑いながら雫ちゃんはパンケーキを楽しそうに切り刻んでいる。パンケーキちゃん、君を守れなくてごめん......。

「パンケーキの気持ちには答えられなくても、気になってる女の子とかいないの?」

 気になってる女の子、の言葉に反射的に海の女の子を思い出しビクッとしてしまう。その様子をどんな病気も見つける名医、佐藤雫が見逃すはずもなく、ニヤニヤしながらえー! とかあんなに小さかった弥生が......ヨヨヨ、とか言いながらおおげさに口を覆っている。めんどくさい。雫ちゃんはグーサインを出しうんうんと頷いている。

「気になってるってそういうのじゃないから......」

「だめよー自分の気持ちには素直にならなくちゃ。後ろからがぶりと食らいついてやりなさい。そして耳元で囁くの。ふっ、僕のパンケーキちゃん。キャー!」

 それほんとに犯罪だから。

 Xデーは恐ろしくはあったが不思議と嫌な時間ではなかった。こっちの都合なんかお構いなしに楽しそうに俺を連れ回す雫ちゃんの姿に、幼いころの光景がフラッシュバックする。奔放な父さん。困ったお父さんね、と俺に言いつつもとても愛おしそうな顔をしている母さん。幸せだった家族の時間。

「弥生?」

「ごめん、ぼーっとしてた」

 パンケーキは待ってくれないぞー!俺のことは置いて先に行け......!とふざけたやり取りをしつつ店を後にする。

 

「買い物だっけ。何かほしいものでもあるの」

「素敵な旦那さん」

「人身売買は立派な犯罪だよ。雫ちゃん、罪を犯す前に自首しよう」

「嫌よ!? また婚期が伸びるわ!」

 この人がモテないのが不思議で仕方ないんだがな......。雫ちゃんは俺の思考を読むように肩をすくめながらぼやく。

「この間だって息子の嫁にしたいって言われたけど、言ったのは同期よ! 同期! 子供はまだ5歳! どれだけ幼く見られてるのかしら私! 映画も子供料金でいいかしら!」

 ぷりぷりとむくれる雫ちゃん。確かに行動力は5歳くらいである。同期さん、よく見てるなぁ。

「あ、着いたわ。ここ、ここ」

 着いたのは古めかしい画材屋だった。......あぁ、そういうことか。俺も何度か来たことのあるその扉をくぐると彼女は勝手知ったるといった感じで目的のものの棚へ向かう。

「......兄さん、向こうでも絵描きたがってると思うから」

 彼女は思い出を撫でるように筆先を優しく撫でながら呟いた。

 

 彼女の兄、つまり俺の父さんは絵描きだった。絵描きと言えば誰もが思い浮かべる風貌、ぼーぼーの髪にぼーぼーのヒゲ、壊れかけの丸メガネ。絵を愛し、絵に愛されたその人が死んで12年。墓前に並ぶ画材は1年ごとに増えていた。もうすぐ13回忌だった。

「......弥生はさ、もう絵は描かないの?」

 雫ちゃんにしては珍しく、本当に珍しく、ばあちゃんが俺に接するような、遠慮しながらこちらを伺うような聞き方をした。

「......うん。絵は、もう描かない」

「そっか......。変なこと聞いてごめんね」

「こっちこそ......ごめん」

 彼女は何に謝ったんだろう。俺は何に謝っているんだろう。絵を辞めたのは俺の意思だ。なのに後ろめたさを感じている?誰に対して?俺の思考を雫ちゃんのいつも通りの声が呼び戻す。

「それじゃ、目当てのブツは手に入れたことだし、パンケーキ食べにいこっか!」

「また!?」

 うははー! と笑う雫ちゃんに俺は5件目のパンケーキ屋に引きずられていった......。

 パンケーキはトラウマになったが、たまにはまぁ、こういう日も悪くない。心の中で少しだけ雫ちゃんに感謝した。

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