二 おじいさんは山へ柴刈りに
まだ三話目なのに投稿に間があいてしまいました。楽しみにいていた人がいたらすみません。(我ながら駄文なのでいないとは思いますが……)
老夫婦の家に世話になり始めてから一週間。様々なことが判った。
まず、桃から生まれた少女——桃香はやはり自分同様転生者だった。これは夫婦が家にいないタイミングで、向こうが話しかけて来たことで判明した。
「私、違う世界から来たみたいなんですけど……」
「僕もだ。来たというより生まれ変わったみたいだけど」
「桃た……桃吉さんもそうなんですね! 私もえーっと、いろいろあって……死んだみたいです」
死んだときのことを思い出したのか、桃香は少し俯いた。彼女の最期は自分のそれより悲惨だったみたいだ。気になるが、あまり触れないようにしよう。
「ここって、桃太郎の世界っぽいよね」
「ですよね」
「でもなんか微妙に違うというか」
「その……なんというか、私の存在が謎ですよね」
「僕だって桃吉とかいう謎キャラだよ。そもそも桃太郎がいないし」
「最初あなたを見たとき、きっとあの人が桃太郎で私は予備かなにかだろうと思いました」
婆が戻ってきたので会話は強制終了。なんだよ桃太郎の予備って……
まだまだ話したいことはあるが、自分たちが転生してきたことは、この世界の住人には隠した方がいいような気がしたので、爺と婆の前では二人とも子供っぽい話し方をしている。ちょっと恥ずかしいというか、歯がゆい。
次に老夫婦の生活について。童話では桃太郎が略奪品を取り返すけれど、その財を老夫婦や村の人がどうやって得たのか疑問だった。そもそも柴刈りだけじゃ生きていけない。じゃあ収入はどこから?
意外なことに、彼らは年金……のようなものを受け取っており、それで生活していた。
三日ほど前、男が現れ、婆に紐に通した五円玉のような通貨を渡していった。さらに婆は受領印のようなものを捺していた。最早、自分のイメージする鬼に怯える農村の面影はない。
素直に婆に聞いてみる。
「おばあ、あの人はだれ?」
「あれはお上の配達人だよ。わたしらはもう年で働けないからねえ、こうしてお金をお上からもらっているのさ」
額はそう多くないようだが、不自由なく生活できているのだからそれなりにはもらえるんだろう。桃香も唖然としていた。
他に分かったのは、ここが人里離れた山奥であること。近くに村があり、一応そこに属しているが実際はぽつんと離れている。
爺はかつて名のある大工でそこそこ有名だったが、引退と同時にしがらみを嫌がり、ここへ妻と隠居したという。そう珍しいことではないそうだ。それ故に周囲はほぼ未開。それで外へ遊びに行きたいと言ったら止められたのか。
村があるなら一度連れて行って欲しいと思っていると、既に桃香が婆にねだっていた。今週末に市があるから、その時に連れて行ってくれるそうだ。
ちなみに爺が高名な大工なら鬼も欲しがるような金銀財宝があるのかと思ったが、幸か不幸か、そんなものはなかった。
「じゃあおじいはお金持ちなの?」
「そうねえ、昔はそれはそれはすごいお金持ちだったわねえ……それが今じゃ」
そこまで言って爺を一瞥する婆。
「……全部あいつが悪いんじゃ。わしは悪くない」
憎々しげに宙を睨み語る爺曰く、旧友に金を貸したところ逃げられたそうだ。
憎々しげに爺を睨み語る婆曰く、その旧友は酒癖が酷く、爺以外の友人は皆金を貸さなかったそうだ。
……爺はお人よしなんだと好意的に解釈しておく。桃香が「馬鹿だなぁ……」と呟いていたのは内緒だ。
概して、鬼が略奪に来そうな要素は一切なかった。
そして、今日が市へ行く日。外に出てみたかったので楽しみでならない。爺が買ってきてくれた子供サイズの服を着る。今は夏とのことで、浴衣のような作りの通気性のいい服だ。飾り気はなく藁半紙のような白単色。桃香も同じものを着ている。
村へは徒歩で行くようだ。山道を下っていく。途中小さな山小屋があったが、それ以外に人工物は見当たらない。山小屋は爺の倉庫だという。山には自分たち以外住んでいないみたいだ。
途中婆が竹製の水筒から水を飲ませてくれた。腹が減ったかと聞くので頷く。すると、婆が背中の袋から丸い何かを取り出す。
桃香と顔を見合わせる。これはもしや……
「特製のきびだんごだよ。お食べ」
何かと裏切られてきたが、ここはしっかり桃太郎だった。桃香も目を輝かせている。
「そんなに嬉しいかい?」
長きにわたり語り継がれる百人力とはいかなるものか。この身で確かめてみよう。
一口齧ってみる。味はあんまりないというか……質素な味わい。不味くはないが、砂糖まみれの現代のお菓子に慣れた身からすると微妙。健康的っちゃ健康的だな。
まあ婆も特製とは言ったが童話のように百人力とか言ってないし、ただのおやつか。勝手にこっちが期待しただけだ。
……と思っていたのだが、疲れが取れた気がする。山道で足が棒のようだったが、今では羽が生えたように軽やかに動ける。それどころか全身に力が漲るような気がする。おお!これなら鬼だって倒せそうだ!鬼がいるのかは知らないが……
「『絶脚』を込めたからねえ、力が湧いてくるだろう?」
……はい?
「自分で言うのもなんだが天賦の才というのかねえ、きびだんごにいろんな力をのせられるんじゃ」
「『絶脚』は食べたものの脚を強化するんじゃ。強くしすぎるとコントロールできなくなるもんで量は加減せにゃならんのじゃが……どうかねえ、これでまた歩けるかい?」
なんだこの婆さん……ただただ唖然とするばかりだ。
驚いていると爺が申し訳なさそうに話し始めた。
「別にお前らに隠していたわけじゃないんだが、隠居したのはこのばあさんの力を隠したかったのもあるんじゃ。ばあさんを捕らえて団子を作らせようとする輩がおるんじゃ」
「そうなったら『龍威』を込めただんご食って煤塵にしてくれるわい」
「やめてくれそんなことしたらわしまで木っ端微塵じゃ」
最近暇だったので、もしかしたら転生時に何かチート級の能力を得ていないかと思い、こっそり左手に力を込めてみたりしていたが、まさか婆が能力者とは。しかもなんかめちゃくちゃ強キャラ感出してきた。
「冗談じゃよ、わしら波風立てずに暮らすとご先祖様に約束したじゃろ」
……確かによく考えたら童話でもきびだんごは一個で身を捧げさせたり、百人力を生み出したりする、とんでもないアイテムだ。桃太郎なんて大したことない。たまたまちょうどいいのがいたので老体の婆に代わって鬼を倒しただけ。真に強力なのは、きびだんごを生み出せる婆だったのだ。
転生してきたなんてきっと特別な存在なんだろうと思っていた自分が恥ずかしい。ふと桃香を見ると、食べかけのきびだんごを持ったままフリーズしていた。
「おや、口に合わなかったかい? こっちの『覇翔』入りならどうかねえ?」
桃香ははっとした表情を一瞬浮かべた後、強張った笑みを浮かべて『絶脚』入りを頬張り、
「おばあのおだんごおいしい!」
……顔が引き攣っている。婆は気づいていないようで「そうかい、よかったよかった」なんて言っているが、爺は苦笑している。
まあ……鬼に襲われる心配はしなくてよさそうだ。
子供の時、桃太郎いなくてもおばあさんがきびだんご使いまくれば鬼に勝てたんじゃね?と思った人いませんか?なんでも使役出来るうえに肉体強化ですよ?
似たようなことを思った人や、おばあさんが戦わなかった理由の考察とかした人は是非教えてください。