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一 おばあさんは川へ洗濯へ、おじいさんは山へ芝刈りに

自分は大きな桃の中にいて、川を流れていた。そして老婆に発見され、桃ごと運搬されている。おそらく行先は老婆の家。ここまでくれば、流石に疑いの余地はない。桃太郎ですねこれ。


 まさか転生して桃太郎になるとは。実は気分はそんなに悪くない。だってゆくゆくはヒーローになる男に生まれたのだ。ここまでの流れが完全に桃太郎な以上、これからも桃太郎のストーリーを辿るのだろう。次の予定は何だろう……


 ああ思い出した。おじいさんが山から帰宅して、おばあさんが桃を切って自分が出現するんだ。絵本とかだと結構スパッと一刀両断されてるけど、まさか自分ごと真っ二つとかないよな。念のためどっちかに寄っておくか。老婆宅は川から結構遠いようだ。そろそろ外に出たい。


 それからおじいさん……と思しき老人が帰宅するまでは特に何もなかった。老人が帰宅するとすぐに老婆が得意げに桃のことを老人に報告する。


「じいさんじいさん、今日川で洗濯をしていたらねぇ」

「ばあさんや、今日山でこんなのを見つけたぞ」


 老人にも老人なりに何か収穫があったらしい。老人も同時に報告を開始した。


「……おまえさんも見つけたのかい?」

「……ばあさんも見つけたのか!?」


 様子がおかしい。会話が昔話と違う。覗き穴から観察することにする。


 ……桃だ。それも巨大な。


 桃太郎が二人? そんな話聞いたことない。川で獲れるのは桃太郎。里山で収穫できるのはかぐや姫と相場が決まっている。なのに。


「……まあ馬鹿でけぇけど桃は桃だ。切って食ってみよう」

「いいのかいそんなことして? こりゃ神様からの賜りもんに違いないよ」

「ばあさんが拾ってきたのはもうだいぶ熟れとる。放っといたら腐ってしまうに違いねぇ」

「それもそうだねぇ。二つもあるんだし、まずは片方切ってみるかねぇ」


 賢明な判断だ。多分穴の周りとかとかちょっと傷んできている。もう一個の桃の中身が気になるが、とりあえず自分の役割をこなそう。老婆が包丁を当てる。思わず身を縮ませた。刃が入った。まあ自分ごと真っ二つになることはないだろうが、用心して体を寄せる。


 ……あの婆、一気にやりやがった。刃は桃の中心部分を両断した。また死にかけた。やっぱりこの世界ハードすぎる。


「まぁ! 桃から少年が!」


 殺しかけたくせに何を言っているんだ。これからお前らを救う予定の男だぞ。まあ今は赤ん坊だけど。そこで違和感を覚えた。あの婆、さっき「少年」って言ったか? 自分は赤ん坊のはずだ。


 不思議なことに、いつの間にか成長していた。鏡がないので正確にはわからないが、確かに体は大きくなった。それでも子供だけど。これはありがたい。昔話では大抵、桃太郎の成長過程は省略されている。自分は何の感慨もない赤ちゃんライフを強要されるのかと危惧していたのだ。試しに立ってみる。視点が低いが、赤ん坊より遥かに動きやすいように感じた。狭い桃から出られたのも助かる。


 伸びをしたり首を回したりして体を労わっている間にも、老夫婦は話し合っているようだ。神様からのお恵みだとかなんとか。二人は子宝に恵まれなかったんだっけ。ここで気になるのはもう一つの桃。視線をやるとすでに婆が包丁を持っていっていた。あっちにも少年がいるのかな。外から眺めると子供が入っている桃に刃物を突き立てる様はちょっとしたホラーだった。あ、でも自分の時より慎重に刃を入れている。ちょっと腹が立つ。


「今度は桃から少女が!」

 

 なんともう一個の桃に入っていたのは少女だった。自分同様一糸纏わぬ姿で、老婆に抱かれている。慌てて目をそらしたが自分が年端もいかぬ子供であることを思い出してちょっと馬鹿馬鹿しくなった。お嬢さんは寝ていたようで、今も婆の腕の中で寝息をたてている。あっちから切ってたら大惨事だったな。


「おじいさん! 神様は見ていてくださったのよ!」

「そうだな、ばあさん。この子らはわしらがしっかりと育ててやらねば」


 二人は肝心の子供そっちのけで狂喜しており少女は眠りの中。困った。幸せムードを邪魔したくはないが、全裸で所在なさげに立っているのもなんかなぁ。


「うぅ…………寒い、なぁ……」


 子供っぽい言葉遣いってどうすればいいんだろう。こういう時は男の子でも可愛い方が得かなと思って、胸をかき抱くようにして上目遣いしてみる。やってみてからこれは違うベクトルの「可愛い」で幼い男の子が全裸でやるべきではないと気が付いた。まあ目の前にいるの親だしいいか。親になら健全だな。ちゃんと気づいて服をくれたんだから成功だ。服が大きすぎるのは仕方ない。ああ、そっちのお嬢さんにも着せてやってくれ。


 婆が少女に服を着せて、愛おしそうに頬を撫でると、少女が目を覚ました。驚愕のあまりか硬直している。数秒後、忘れていたかのように瞬きをして辺りを見回す。


「あんたとあそこの子は、その桃から生まれたんだよ」


 婆が語りかける。少女は部屋の隅に無残に捨て置かれた桃を凝視している。神様からの贈り物を包装していた割に扱いが雑だな。あれ結構うまいんだぞ。まあでも、子供がクリスマスプレゼントの綺麗な包装紙を嬉しさのあまりビリビリに開けちゃうようなものか。妙に納得した。


 少女はまだフリーズしている。しばし少女について思考を巡らせる。あんなに驚いていたところを見る限り、彼女も転生したのか? 彼女の桃は綺麗なままだった。ひたすら眠っていたのだろうか。少なくとも爺と婆の反応からしてこの世界において巨大桃が特異なものなのは間違いない。彼女も自分同様特異な存在なんだろう。


 しかし、今までの展開は完全に桃太郎のそれだったが、早々とイレギュラーが現れてしまった。物語の展開を知っているなんてほぼ未来視じゃないかと思っていたがそうでもないようだ。


 少女は未だにフリーズしている。そろそろAlt+F4したい頃合いだぞ。そう思っていると少女の腹が鳴った。つくづく暢気な奴だと思ったが、そういえば自分も転生して真っ先に壁を貪っていた。うん、おなか空くよね。


 婆は笑ってどこかへ行った。かと思うと、二人分の食事を持って戻ってきた。食事を自分と少女の前に置くと、にっこり笑って座ったままこちらを見ている。……ああ、これは昔話にありがちな、「自分達の分しか用意していなかったけど躊躇なく腹を空かせた人に食事を与えて献身っぷりを演出するアレ」だな。

ならば有難く頂こうじゃないか。一応手を合わせてみたときには少女はもう食事を頬張っていた。食事は至って昔話的だった。主食は白米ではなく、なにかしらの穀物。粟とか稗とかそんな感じだろう。後は葉っぱのおひたし的なもの。漬物。若干具が入った汁もの。質素だったがまともなものが食えただけでよかった。暮らしが質素で裕福じゃないのはきっと鬼が略奪するからだろう。


 爺と婆は揃ってこちらを眺めてにやついているが、しばらくして爺が口を開いた。


「そうだ、お前たちに名前を付けてやろう」


 自分はほぼ間違いなく桃太郎だが、少女はどうなるのだろう。気になるところだ。


「そうねぇ……桃から生まれたから……もも……うーん悩むわねぇ」


 何を悩むのか。「もも」まで決まれば、少女はともかく自分は一択だろう。


「桃香じゃ。わしが山であの桃を見つけられたのは、あの香りがあったからじゃ。だから、桃香」


 少女の名前が先に決まってしまった。少女はちょっと驚いた顔をしている。確かに意外と現代風な名前だ。どうせ桃太郎と桃子だろうとか思っていたし。


「お前さんは……桃吉じゃ。縁起がよさそうじゃろ」


 ……意味が分からない。なんか理由が桃香より適当だし。


 ああ、あと桃香も自分同様転生してきたに違いない。桃吉と聞いたときちょっと笑っただろ。見てたぞ。

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