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抹茶がつなぐ

作者: 鳴瀬 蓮

「この部屋暑すぎる」


エアコンが効いているはずのこの部屋が暑いわけないのに、彼にわがままを聞いて欲しくて思ってもないことを言ってみる。


「えっ?」


スマホでゲームをしていた彼に、私のわがままなんか耳に入っているわけもなくて聞き返されてしまった。


「あーつーい」


聞いてもらえなかったことに、少し腹を立てて彼の耳元でそう叫んでみた。

彼は耳元で叫ばれたことに驚きながら、エアコンのリモコンを見つけると、立って温度を下げに行った。



中身のないこの会話が私には心地いい。頭を使わずにわがままを言えるのは彼だからだと、私は知っている。だからこそもっと彼と会話したくなる。


「ねぇ、冷凍庫にさアイスない?」


「あー、あった気がする。何がいい?ピノ?それともハーゲンダッツ?」


「ハーゲンダッツは抹茶?」


「あーうん。たぶん」


そう言って、彼は持っていたスマホを手放し、アイスのある方へと向かう。

彼は私の好みをよく知っていて、必ず冷凍庫には抹茶のアイスが入っている。ハーゲンダッツじゃなくても安いラクトアイスでもどんなのでも抹茶なら私は嬉しい。


「あったよ、抹茶。高いのと安いのどっちがいい?」


そんなのいちいち聞かなくても、どっちか持って来ればいいのに、彼はいつも私に選択肢をくれる。


「今日は安いのでいいー」


はーい、と彼が返事をする。

この声が私は好き。高くもなく低くもなく、特別どっちとも言えない声の高さ。

決してイケメンボイスとは呼べないけれど、飾らない自然と出る声が私を安心させる。


「どうぞー」


「あー、うん。ありがとう」


「あのさぁ、ハーゲンダッツと安いラクトアイスならどっちが美味しい?」


「そりゃハーゲンダッツでしょ」


「やっぱそうか」


「そりゃ、まぁね。味の濃さとか満足感とか全然違うもん」


「俺とどっちが好き?」


「えっ?」


「抹茶と俺、どっちが好き?」


「うーーーん。どっちも」


「どっちもじゃなくて、どっちが好き?」


「うーん。抹茶かな」


意地悪なことは分かっている。分かっていて、分かっているからこそ、本当のことは教えてあげないと心に決めている。


「そろそろ、付き合わない?」


不意に彼からそんなことを言われた。驚いて一口目のアイスを口に入れ損ねた。

床に落ちたアイスをティッシュで拾いながら彼に答える。


「まだダメ」


「なんで?」


「一線を越えたくないから」


カーペットに落ちてしまったせいで、白色のもふもふが緑色に少し染まってしまった。

彼の部屋だから別にいいか、と思いながらも申し訳ない気持ちになる。

そんなことを考えているとは知らず、彼はまた私に質問を続ける。


「なんでよ」


「いや、なんででも」


染まってしまったカーペットは一旦放置して、溶けかけてきた抹茶のアイスをスプーンですくい口に運んだ。

口の中に広がった、甘みの中に少し苦味があるこれが私は好き。

まるで、私と彼の距離感のように近づきたい甘さの中に近づけない苦さがある気がする。


「俺にも一口ちょーだい」


私がさっきまでのやり取りに嫌気が指していると気づいた彼は話題を変え、私に近づいてきてそう言った。

口を開けて待っている彼は、まるで親から餌をもらう雛鳥みたいだ。

彼はこんなに可愛いのに、なんで私のそばにいるのか理解できない。本当はもっと可愛い女の子がそばにいてもおかしくないはずなのに。



「えー、ダメだよ、私のものだもん」


可愛くてついつい意地悪をしたくなってしまう私も私だ。きっと私の精神年齢は小学校3年生レベル。


「ケチ」


すぐ拗ねてしまう彼もまたきっと精神的に幼い。

スマホを持ち、またゲームを始める。サバイバルゲームなら男の子っぽいなと思うのに、ツムツムだからか可愛さしかない。


繋がらない……。と嘆いている彼の後ろ姿を見るたびに抱きしめたくなる衝動を抑えている。


「そんなに欲しいの?」


彼の後ろ姿を見ながら、私は意地悪するのをやめようと思った。


「うん。欲しい」


振り向いた彼の顔がキラキラしていて、たまらなくて今にでも、付き合おうと言ってしまいたいのに、それは私にはできない。

なぜなら彼は性格もルックスも申し分ないはずなのに、どうして私の近くにいるのだろうかと考えてしまうから。

楽しい時間がただ過ぎていくだけの、この関係性が付き合うことによって壊れてしまうのなら私はこのままでいい。

このまま近くで他愛のない会話をしていたい。


彼は私に考え事をさせないように、もっと私に近寄ってきた。


「また、なんか考えてる?そんなことより、アイスもっとちょーだい」


「まだ食べるのー?」


そんなことを言いながら、笑い合っているこの距離感を、まだ手放したくないだけなことを彼は知らない。


- 完 -

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