小説を書くにあたって「すげーどうでもいい」もの
”空亡”と”十大暗黒領域”の者達によって引き起こされた、世界廃滅の危機から一年後。
多くの犠牲の果てに、なろうユーザーやそのキャラクター達によって救われた世界は、戦禍の傷跡を各地に残しながら――それでも、かつての日常を取り戻そうとしていた。
「とはいえ、流石に何もかも元通りとは行かないもんだな……!!」
荒れ果てた街並みを眺めながら、メガネコブトリこと田所がそのように呟く。
変わったのは社会だけでなく、自分達"山賊の軍勢"のメンバーも同じである、とメガネコブトリはこの一年の間に起きた事を振り返っていた。
あの後、結局メガネコブトリと赤城てんぷは自分達の仕事を終わらせた後に引き継ぎ作業を済ませ、会社を去る道を選んだ。
それというのも情勢の変化が影響しており、空亡がこの世界から消失したことによって異変の数々やなろうユーザーに発現していた異能はなくなったモノの、政府や国連は”小説家になろう”というサイト内から再び『廃滅神:空亡』のような人類の脅威が出現する事を懸念していた。
サイトを無理に閉鎖すれば”運営神群”という上位存在を敵に回すだけでなく、世界を滅ぼしかけ、または救う力を持った”小説家になろう”からどれほどの強大な力が溢れ、その結果としてこの地上にどれほどの甚大な影響を与える事になるのか……。
そのため、政府や国連はこのような危機が再び起きても対応できるように、能力が常人に戻ったモノの異界とのノウハウに優れたメガネコブトリ率いる”山賊の軍勢”のなろうユーザー達を、公的機関として継続して契約し続けることにしたのである。
……もっとも、”なろうユーザー”という現代社会にとって危険な存在である彼らを、ある程度ひとまとめにして管理したいという政府や国連側の思惑もあったのかもしれないが。
以来、メガネコブトリ達は”山賊の軍勢”として日夜仲間達と切磋琢磨しながら自作品を投稿する傍ら、街の復興作業を手伝ったり小説家になろう内を巡回したりしていた。
政府や国連に支援を受けているとはいえ”山賊”を名乗っているのだから、巡回に関してはもう少し気軽にやれば良いのに……とメガネコブトリは思っているのだが、メンバーの中には大層な誇りを持ち始めた者もおり、彼らの正義感らしきものが規約違反者に対する過度な取り締まりに発展しないだろうか、という懸念もある。
だが今のところはそういった動きもなく、個人への誹謗中傷を諫めたりポイントがつかずに悩んでいるなろう作家に感想を書いたりと、緩やかかつ穏やかな空気が昨今のなろう界隈には満ちていた。
(例え平凡かつ退屈でも、こんな平和な時間が続いていけば良いのにな……)
そう思考しながら、メガネコブトリは今の”小説家になろう”を始めとする社会の風潮、そして自分達”山賊の軍勢”に満足せずに自身の道を選んだある男の事を思い出していた。
「元気でやっているかな……明石埜君」
空亡という脅威から自分達が生きる世界を護り抜いた真の山賊:赤城てんぷこと明石埜 天賦黎徒。
彼にも”山賊の軍勢”の活動に加わらないか、メガネコブトリは声をかけたのだが、赤城てんぷは「例え魂が同じ”山賊の軍勢”だったとしても、山賊としてお上の世話になるわけにはいかないんですよ」と苦笑を浮かべながら、”慟哭”と”黎明”の二振りの双剣を携え自分達の前から姿を消した。
現在どこにいるのかは分からないが――自分達ですら敵わないほどの脅威がこの地上に迫ったときに、そのような存在からこの世界を護るため、あるいは、人々の存在価値を代替可能な部品程度に貶めようとするこの”現代社会”という時代に叛逆し新たな地平を斬り開くため、真の”山賊”として日夜双剣と”BE-POP”な意思を研ぎ澄ませているに違いない。
「何を自分一人で浸ってんだアンタは。……ほら、みんなが呼んでるぞ。メガネコブトリ……!!」
そのように思案に耽っていたメガネコブトリだったが、自身に呼びかけられた声で一気に現実へと引き戻される。
自分に声をかけてきたのは、超絶大人気高校生なろう作家のナイトであった。
見れば、彼だけでなく自分の方にひたむきな視線を向ける仲間達の姿があった。
「メガネコブトリさんも、おにぎりをじっくり食べたい時もあるだろうし、急かしちゃ可哀想なんだな~!!」
「それは単に君の願望だろう!!君が今日だけで一体どれだけ食べているのか、僕でも推理出来ないくらいだ!!……まったく、リーダーも何か言ってやりたまえ!」
「ま、まぁまぁ……それじゃあ、今日も早速行きましょう!!メガネコブトリさん!」
ふさぎ込む事が多かったものの、この一年ですっかり逞しくなった詩人女性に「あぁ、そうだね……!!」とメガネコブトリが力強く頷く。
自分達は真の”山賊”になれなかったかもしれないし、世界も様々な問題を抱えているが――それでも、良き方向へ向かって時代を築き上げていけるのも”人間”としての強さに違いない。
そう感じながら、メガネコブトリは多くの”山賊の軍勢”の仲間達を前に、力強い一歩を踏み出していく――!!
~~???~~
”山賊の軍勢”のリーダーであるメガネコブトリが、一人時代に抗い続ける赤城てんぷという”山賊”の事を思い出していた頃。
当の本人である赤城てんぷは、スマホでなろうのマイページを眺めながら、あの日以降ひっきりなしに世界中から届く自分への応援メッセージなどを一つひとつ確認していた。
今となっては日課同然となったが、この赤文字こそが自分を奮い起たせた原動力であり、このように自作品を楽しんでくれている彼等の日常を守れた事が、赤城てんぷにとってたまらなく誇らしい事であった。
そんな中ふと、自分とは違う形で今の平和な時代とは真逆の在り方を貫いた一人の好敵手に、赤城てんぷは想いを馳せる。
その人物とは――人と繋がりあう緩やかな循環ではなく、”炎上”という騒乱を巻き起こすやり方を用いて”小説家になろう”の魔王として君臨した男:古城ろっく。
そんな彼の意思を継いだ”空亡”という存在は、自分達が生きるこの世界を危機に陥れただけでなく、何度も死闘を通じて命を落としかけた事からも赤城てんぷにとって間違いなく憎むべき敵のはずだったが、不思議と彼の中にそのような感情が湧いてくる事はなかった。
その原因が何なのか考えたとき、赤城てんぷの脳内に浮かんだのは”空亡”の姿であった。
空亡の身体に刻まれていたのは、”古城ろっく”の代表作にして彼の作品中もっとも評価ポイントを稼いだとされる『小説を書くにあたって「すげーどうでもいい」もの』などではなく、どこまでも『チャリンコマンズ・チャンピオンシップ』であった。
異形の神に変貌してまでも追い求め、なお自身の肉体に作品の文章を刻みつけるほどの強烈な作品愛――。
例え、人間として間違った行いをしていたとしても、その在り方には創作する者としての作品に対する深い”愛”と、善悪を超越した凄まじいほどの”業”のようなモノを赤城てんぷは感じ取っていた。
ゆえに、赤城てんぷは”山賊”として”神”たる空亡に叛逆を示したとしても――自作品を深く愛した”古城ろっく”という存在を憎む事は出来なかった。
そういった事を踏まえたうえで、彼は思案に耽る。
「”小説を書くにあたって「すげーどうでもいい」もの”、か……もしも、そんなモノがあるとしたら、それはまさに”すげどう”そのモノだって事なのかね……」
安易に他者や気に入らぬモノを否定して終わるのではなく、そこから繋がり新しいモノを築き上げていく意思と力。
それこそが、なろうユーザーがあの鮮烈な日々の中で証明し続けたモノであり――虚無の彼方に堕ちゆく古城ろっくの意思が最後に出会う事が出来た”希望”であると、赤城てんぷは信じたかった。
それでも、自分の意見が間違っているとするなら――この世には、”小説を書くにあたって「すげーどうでもいい」もの”など存在せず、
――目を背けたくなるような惨劇も。
――大事な”誰か”を失う事の悲しみも。
――理不尽な現実に対する激しい怒りも。
――そして、狂気を帯びてでも”何か”を鮮烈なまでに追い求めるあの渇望までも。
人生のあらゆる瞬間、全ての事象こそが”どーでもいい”で終わらせることの出来ない、執筆や創作において必要な事なのではないか――。
今の赤城てんぷには、そのように思えてならなかった。
空亡は自分とは違い、虚無の彼方へと目指して行ったが……もしもそんな気持ちに気づけていたのなら。
"古城ろっく"という一人の作家として、『カクヨム』や『マグネット』といった他の小説投稿サイトに転生し、チャリチャンのみんなや読者達と楽しい日々を過ごす未来もあったのかもしれない――と、そんな光景を脳裏に思い描いていく。
……と、まさにそんな時であった。
「……いつまで、自分の世界に浸っているのだ貴様ァッ!?」
そんな赤城てんぷの思考を現実に引き戻したのは、野太い男の声であった。
見れば彼だけでなく、歯車じみた無機質な瞳の奥底に、異質の存在を排斥する喜悦を宿した大量の兵士らしき者達が赤城てんぷを取り囲んでいた。
その数――およそ、一万二千人。
まさに時代を彷彿とさせる雰囲気を纏った彼らは、人々から意思の力を削ぎ落とし、自分達に従順な者のみが存在する事を許される”現代社会”を築き上げようとする勢力であった。
彼らは世界を救うことによって、長い年月のうちに人々が失くした意思の力:”BE-POP”を呼び起こした赤城てんぷやメガネコブトリ率いる”山賊の軍勢”を激しく敵視していた。
現に今も、”山賊の軍勢”を壊滅させようと密かに奇襲作戦を目論んでいたところに、赤城てんぷが単身で姿を現したのだ。
当初の標的とは違うが、現れた怨敵を前に八つ裂きにしようと舌なめずりをする指揮官の男。
数で言えば圧倒的な劣勢だが、それでも赤城てんぷは微塵も憶することなく――それどころか、余裕の笑みすら浮かべていた。
「ッ!? 貴様、この状況を前に何故笑っている!!」
そんな敵の指揮官の怒声を受けながら、赤城てんぷは堂々と答える。
「いや、”世界廃滅”を掲げた魔王様の意思とやらがあれだけのモノを見せてくれたんだ。……それなら、スケールは大分格落ちするとはいえ、真逆の方向である”現代社会”を御大層に掲げる君らが何を披露してくれるのか、と楽しみで仕方なくてね……!!」
「わ、我等があのような炎上芸人風情に劣る存在だと……!?」
指揮官の男が、憤慨しながら周囲の兵士達に命令する――!!
「もう良いッ!!こうなれば、我等の規約と良識に満ちた大義の力を結集し、圧倒的な”現代社会”という御旗のもとに駆逐してくれるわッ!!……貴様はここで潰えろ、山賊ッ!!」
現代社会を尊んでいるはずなのに、この日本に襲撃してきたウルティマリア軍と似たような発言を口にする指揮官。
蛮行に走るときの人間は似たような言動に走るという表れか――それとも、人の世は形を変えて争いを続けていくという悲しき証明なのか。
いずれにせよ、指揮官の指示を受けて一斉に戦闘態勢に入る現代社会の戦士達。
そんな彼らを前に、武器を抜くことなく代わりにピースサインのように二本の指を立てる赤城てんぷ。
怪訝な表情をしながらも警戒を解かない兵士達に構うことなく、赤城てんぷが言葉を続ける。
「お前達に指摘する部分が二つある。……お前達の言う炎上芸人が生み出した暗黒領域やら廃滅神とやらがこの世界に出てきたとき、お前等は一体何をしていたんだ?」
その言葉を聞いてざわつく兵士達。
しかし、明確に赤城てんぷへの答えが返ってこない事を了承と見做して、赤城てんぷは底冷えする視線でぐるりと周囲を見渡していく。
「君達がお家でお仲間と一緒に”脳内司令官ごっこ”をしている間も、そんな暗黒領域をメガネコブトリさん達”山賊の軍勢”や自衛隊・国連軍が食い止めてくれていた。……お前等みたいな杓子定規な規約やら、誰が言い出したか分からない良識とやらの上で胡坐をかくしか能がない連中なんざ、どんな卑劣な手段を使ったところで、自分の意思で世界を滅ぼそうとした魔王:”古城ろっく”や、”田所”さんの足元にも到底、及びやしないんだよッ……!!」
赤城てんぷの視線を受けて、兵士達が顔を背けて俯く。
現代社会を崇拝する一万二千人の者達は、あの戦場を知る”赤城てんぷ”というたった一人の山賊という存在を前に、戦士としての格の違いを思い知らされ――完膚なきまでに圧倒されていた。
そんな彼等に向けて、赤城てんぷが忘れてはならない最後の言葉を静かに――されど、力強く口にする。
「そして、最後にもう一つ。……高海 千歌をチカッチって略したり、アカシック・テンプレートをアカテンって略す感じで、僕の事は親しみを込めて”赤城さん”って呼ぶんだ。……良いね?」
背筋が凍るような闘気と共に告げられる、軽い口調の台詞。
そのギャップが、兵士達にはたまらなく恐ろしかった。
それでも、今更退く事は出来ないと金切り声に近い形で指揮官が号令をかける――!!
「や、やれぇぃ!!……究極的な現代社会という大義のもとに、奴を粉砕せよッ!!」
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
軍ともいえぬ様相を呈した戦士達が、赤城てんぷへと殺到してくる。
対する赤城てんぷは、これで言うべき事は述べたと言わんばかりに余裕の態度で武器を抜き始めていた。
――こうしている間にも、自分達”なろうユーザー”を取り巻く世界情勢は刻一刻と目まぐるしく変わっているに違いない。
だが、そのような情勢どころか眼前に迫る大勢の敵すら意にも介さずに”慟哭と”黎明”の双剣を構えながら、再び軽い調子で――けれど、忘れてはならない大事な言葉を赤城てんぷが口にする。
「……まぁ、そんな事はどーでもいいから、とりあえず”ネコ丸”を読んでくれ――!!」
『小説を書くにあたって「すげーどうでもいい」もの 〜〜山賊版〜〜』・完
『本作は「すげどう杯企画」参加作品です。
企画の概要については下記URLをご覧ください。
(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1299352/blogkey/2255003/(あっちいけ活動報告))』
※本作の執筆にあたって、『古城ろっく』さんの名義を使用させて頂く許可を、古城ろっくさん本人から頂きました。
慎んで、深く御礼申し上げます。
 




