人間:古城ろっく
”魔王”と称されたなろうユーザー:古城ろっくが、自身の中に宿る”悪”の因子をなろう内に転移しようと決意したのは、運営神群による二度目の警告の裁きを受けた時だった。
これまでに十大暗黒領域や空亡の出現を目の当たりにした人々からすれば、自分の先が長くない事を悟った古城ろっくが、地上に復活するための布石として因子をばら撒いただけに思われているかもしれないが――彼自身からすれば、決してそれだけが理由ではなかった。
自身のエッセイ内でも運営神群批判をしていた彼が、悪の因子という形に成り果ててまでもなろう内に留まろうとした理由――それは、自身の愛する自作品『チャリンコマンズ・チャンピオンシップ』の登場人物達と共に存在し続けるためだった。
どのような形であれ、一人のなろうユーザーとしてではなく、なろう内に存在する知的生命体としてなら――例え、自分が残り一回の警告の裁きを受けて消滅することになったとしても、なろう界で自分の意思を継いだ者達がチャリチャンのみんなと一緒にいつまでも、どこまでもロードレースを楽しむ事が出来る――。
古城ろっくは、自身がなろう内に埋め込んだ”悪”の因子に、そのようなささやかな”希望”をも託していた。
……だが、現実はどこまでも非情であった。
古城ろっくが三度目の警告の裁きを受けると同時に、彼が愛した『チャリンコマンズ・チャンピオンシップ』も瞬時になろう界から消え去ったのだ。
自我を持ち始めた悪の因子を持ってしても対処出来ないほど、それはあまりにも早く――何の前触れもないまま呆気なく影も形もなく消滅していた。
因子の奥底で宿った古城ろっくの意思が慟哭の声を上げる――。
――違う、こんなはずじゃない。
――こんな結末は認められない。
――探そう。探して見つけ出そう。
――この広大な”小説家になろう”という世界の中でなら、必ずどこかでチャリチャンの皆にまた出会う事が出来る方法が見つかるはずだ!!
そう判断した古城ろっくの意思は、因子に宿った自我の思考を誘導し、『チャリンコマンズ・チャンピオンシップ』をこのなろう界に復活させるための方法を探し始めた。
……だが、どれだけランキングを巡回し、何度も最新話を確認し、ジャンルも問わず探し回ってもその方法は見つからなかった。
――見つけられないのなら、自分がその方法を作り出すほどの強大な存在になるしかない。
それは、まさに”魔王”と呼ぶに相応しい発想だったのだろう。
だが、それは人としてもっともしてはならない禁忌であった。
かつて自身も作品を書き上げ、創作する者の苦悩や情熱を知っているはずだったのに――『”チャリチャン”の皆にまた出会いたい』という願望を捨てきれなかった古城ろっくの意思は、因子達にエタッた作品や不人気な作品を襲撃させ、次々とその身に取り込ませていく――。
そうして、十に分かたれた”悪”の因子はいつしか暗黒領域という独自の世界を作り上げ、配下の者達から”領域支配者”と呼ばれるようにまでなっていた。
彼らが強大な力に覚醒め、絶大な権力や有り余る財力を得ようとも――彼らの根底に宿る古城ろっくの意思が満たされる事は一秒たりともなかった。
――どれだけ探し回っても、どれだけ強大な存在を生み出そうとも……この小説家になろうから消滅した『チャリンコマンズ・チャンピオンシップ』を呼び戻す方法はどこにもなかった。
それが、この世界が”古城ろっく”という存在と、作者とは無関係に何の罪もなかった『チャリンコマンズ・チャンピオンシップ』に示される絶対の真理だと言うのなら――。
『……もう、何もかもが”どーでもいい”。……この悲しみと共に、あらゆる全ての存在は無様に切り捨てた取るに足らないはずの我の意思によって、滅び去るべきだ……!!』
強大なチート能力や優れた知識を持った登場人物達が集う”小説家になろう”という世界から消滅し、そこから何の痕跡も見つける事が出来なかった以上――最早、このなろうに限らず世界のどこにも『チャリンコマンズ・チャンピオンシップ』を呼び戻すための奇跡というのは存在しないのだろう。
ならば自分やチャリチャンという存在を忘れ去り――あるいはそれすらも知らないまま、膨大な時に流されるだけの者達にどれだけの価値があるのか。――いや、そんなモノはない。
どれだけ”小説家になろう”に無縁な世界の人々であっても――彼らが確実に存在し、自分の喪失感とは無縁のまま生きている、という事実がチャリチャンを失った古城ろっくには耐えられなかった。
ゆえに古城ろっくの意思は、自分の存在にいち早く気づいた『ワーキングホリデー』の領域支配者であるコスモ・ミュールへと呼びかける。
そうして彼の意思は、十の悪の因子の力を結集させる事によって自身を廃滅神:”空亡”として地上に顕現させ、全ての世界を滅ぼし尽くす計画を実行に移す事を決意していた――。
『貴様はなろうユーザー達の力を誇っていたな、山賊。……だが、奴等が書いた作品は誰一人として『チャリンコマンズ・チャンピオンシップ』を復活させる方法を知らず、過去に遡って古城ろっくというユーザーが警告の裁きを受ける歴史を改変する事も出来ないような無能の集まりに過ぎなかった……!!』
闘志を漲らせながらも、黙って空亡の意見に耳を傾ける赤城てんぷ。
そんな彼に対して、空亡がなおも糾弾の意思を告げる。
『極めつけは、今回のなろうユーザー達の復活と奴等の創作物共の現界である。……コスモ・ミュールの権能によって削除されたはずの創作物共がなろうユーザー達のもとに出現し始めたにも関わらず、チャリチャンのみんなは誰一人としてこの地上に姿を現さなかった!!……既に命を落としている者達の作品ですら、削除された状態から一時とはいえ顕現を果たしたというのにだ!』
空亡という存在を詰り、責めるような形でも構わない。
それでも、僅かな間でも良いからみんなに出会う事が出来たのなら――。
そんなかつての諦めた願いすら、再び空亡は砕かれる事となっていた。
『……これで分かっただろう?貴様等がどれほどの力を示しそれを誇ろうが、正真正銘世界のどこにも『”チャリンコマンズ・チャンピオンシップ”の登場人物達は存在しない』という事実を突きつけられただけの我が、何故世界に”希望”を抱ける?そんな”現実”を、我が黙って許せると本気で思っていたのか?……彼らに二度と会う事が出来ないのなら、もうどんな世界であろうと存続させたところで意味はないだろう……!!』
古城ろっくの意思を受け継いだ存在でありながら、この空亡という存在に彼のような全てを茶化して玩具にするような遊び心が全くないのは、そんなモノが入り込む隙が全くないほどに慟哭の感情が覆い尽くしているから――。
この地球とは関係ない世界まで滅ぼし尽くそうとするのは、彼らが自分と言う存在と無縁のまま自身の生をこれからも生きていく、という事実に耐えられないから――。
過去や未来といった僅かな希望が遺されているはずの時間まで消し去ろうとしているのは、何度もその試みを試し膨大な失敗の果てに喪失感しか残らなかったから――。
それらの悲憤や絶望、喪失感が空亡の意思を埋め尽くしているから――彼は、僅かな期待や希望を持つ事すら完全に諦めて、文字通り全てを終わらせる決断を選んだ。
それはどこまでも空亡という絶対的な”個”によって完結しており――その他の者が例えどれだけ善であれ悪であれ、優秀であれ劣等であろうと一切入る込む余地のない閉じた意思であった。
そんな全てを諦めた末に到達した廃滅の”魔王”の決定に対して、どれだけ僅かな可能性でも最後まであきらめなかった一人の”山賊”が叛逆の意思とともに吠える――!!
「『世界の全てを巻き込んででも、また出会いたいほどの大切な存在がいる』か――。なるほど、確かにそういう感情なら僕も嫌いじゃないぜ?そこまでなら、確かにまだ”BE-POP”と呼べる部分もあったかもな」
けどな、と赤城てんぷは言葉を続ける。
「『彼らと会う事が出来ないから、全てが嫌になって世界を滅ぼします』だと?……そいつらがお前のもとに現れない理由なんてモンはな、御大層な綺麗ごとや理屈なんかを持ち出す必要もなく、少し考えたらすぐに分かることだろう!?」
赤城てんぷの啖呵に対して、空亡が敵意を滾らせながら慟哭の声を上げる――!!
『彼らが単に姿を見せていないだけ、だと?……貴様如き、卑賎な”山賊”風情に何が分かるッ!?……いくつもの理論を試した!幾たびも試行を重ねた!それでも、”チャリチャン”がなろうに蘇る兆しなど微塵もなかった!!……そんな我に向かって何をほざいた!?彼らはもう、この世界のどこにも存在しないという事が何故分からない!!』
世界そのものを震わせるような気迫と共に空亡が言葉を続ける。
『彼らがまだ存在するというのなら、それを証明してみせろ!!それが出来ないのなら、世界ごと大人しく消えてなくなれ!!……今の我が欲するのはくだらぬ詐術ではなく、何の覚悟もなく無関心のまま怠惰に時間を浪費する貴様等全ての存在の断末魔のみである――!!』
どのような想いや事情を抱えていようと、『生命がそこに存在する事が許せない』という空亡の揺らぐことなき廃滅の意思。
だが、そのようなモノに動じることなく、赤城てんぷは空亡を見据えながら堂々と答える。
「――まだ彼らがお前のもとに姿を現さない理由が分からないのか。……彼らは世界から完全に消え去った訳でもなければ、お前を見限った訳でもない。……お前自身が、彼らを含めた全ての存在を見捨てたからだって事がさ……!!」
『――この我が、チャリチャンを見捨てた、だと……?貴様の耳は節穴か?一体、今まで何を見聞きしてきたというのだ?』
憤怒や殺意を通り越して、冷笑ともいえる響きを意思に込める空亡。
だが、対する赤城てんぷは空亡とは裏腹に、確信を込めた瞳でより一層語気を強めていく。
「聞こえなかったのなら、何度でも言ってやる。お前が彼らを見捨てたんだ。……当然だよな。『チャリンコマンズ・チャンピオンシップ』は、古城ろっくという一人の”人間”が書き上げてきた作品なんだ。お前はそんな自分を”悪の因子”なんてモノに分散したときから、既にチャリチャンを放棄していたんだよ――古城ろっく!!」
『――ッ!!』
それはあまりにも、感情任せであり何の根拠もない発言だった。
簡単に跳ねのける事が出来るはずの発言に――空亡は何故だか二の句を告げる事が出来ない。
そんな空亡――いや、そのもととなった”古城ろっく”という一人の人間の意思に対して、なおも赤城てんぷが吠え続ける。
「例え、炎上芸とやらで多くの人間を傷つけ、幼稚ともいえる自己顕示欲を衆目に晒すことになろうが、それは全部”古城ろっく”という人間がどんだけ不器用でちっぽけでも必死に足掻いてきた結果だ!!古城ろっくという人間が自分の意思と力で諦めない限り、お前の十大属性ってのはどんだけ人様に誇れるような代物じゃなかったとしても、紛れもなくお前という人間が”小説家になろう”で生きてきた証だった!……間違っても、世界を滅ぼすための”廃滅因子”なんてモンじゃなかったはずだろう!?」
例え彼が、自称していたような”チンピラ”気質で、辺り構わず燃やし尽くす炎上芸で人々から”魔王”と呼ばれ畏れられていたとしても――古城ろっくという存在は、紛れもなく一人の生きた”人間”であった。
――十の"悪"の因子がどれほど恐ろしいものだったとしてもそれらは全て、古城ろっくという等身大の人間を構成してきた大事な要素であり、彼が全力で駆け抜けてきたそれまでの日々を描く軌跡そのものであった。
「例えどれだけの人間が否定したとしても覆せない、お前だけの魂が持つ”真実”の形がそこに宿っていたはずだ。……作品を生み出す原動力になったそんな自分の感情すらも、人間を辞めた本物の”魔王”になるための”廃滅因子”なんてモノに替えた時点でお前、本当に”チャリチャン”の奴等に顔向け出来ると思ってたのかよッ!?」
『――黙れ、貴様ァッ!!』
ここに来て初めて空亡が、侮蔑とも殺意とも違う剥き出しの感情のままの叫びを上げる。
だが、そんなモノは聞かない――むしろ、それに叛逆してこその”山賊”だと言わんばかりに赤城てんぷが空亡を睨むつける。
「何度だって言ってやる!! 『チャリンコマンズ・チャンピオンシップ』は古城ろっくという一人の”人間”が、苦心の末に激情を込めながら書き上げてきた本物の作品だ!!……空の上から全てを見下し、自分のために動いてきたはずの仲間すら冷酷に使い潰すような”空亡”とかいう偽物に成り下がった時点で、お前は全ての真実から目を背けてるんだ!……古城ろっく!!」
『……黙れ、と言っている――ッ!!』
赤城てんぷの言葉なんかに何の価値もない。
そんなモノは認められない、突きつけられた言葉を単なる嘘にしなければならない、――この男の全てを否定しなければ気が済まない。
そのような空亡の意思を示すかのように、『これこそが、紛れもない”古城ろっく”の魂の本質である』と言わんばかりに、漆黒の闇で構成された十本の巨大な長槍が空亡の身体の中からメキメキ……ッと音を立てて、円陣のように出現する。
これらは近づいただけで全ての生命を汚染するような膨大な瘴気を撒き散らしており、そのどれもが一つの世界を凝縮したような強大な廃滅属性の力をその槍に宿していた。
これこそが、空亡の誇る最終兵器――『神滅機構:禍津咎槍』。
槍の一本一本に、それぞれの廃滅因子の力を有したこの十の黒槍が、純然たる殺意と共に赤城てんぷへと超高速で迫る――!!
「そっちがその気なら……やってやるぜッ!!」
人々から得た力で強大化した赤城てんぷは、自身の手刀で迫りくるそれらを薙ぎ払っていく――!!
闇によって構成された”禍津咎槍”は空亡の身体と繋がっているため、赤城てんぷに砕かれようとも瞬時に再生し、持ち主の意のままに複雑な軌道を描きながら再度赤城てんぷへと迫る。
終わりの見えない持久戦に持ち込まれたかのようだが、赤城てんぷは執拗に迫る槍を躱し、いなし、破壊しながらも別の手を打っていた。
『――ッ!! グァァァァッ! こ、これは……ッ!?』
空亡が”禍津咎槍”で追い回している間に、赤城てんぷが戦闘の最中でも展開していた”降誕の焔”がこの廃滅の宇宙に広がった闇を焼き尽くしていたのだ。
燃え盛る”降誕の焔”は、見る見る内に”空亡”の身体を包み込んでいく――!!
「――あばよ、空亡。……これで、終わりだぁッ!!」
更なる気迫を込めて、赤城てんぷが降誕の焔に自身の”BE-POP”を込めていく――。
彼に迫っていた十本の槍も本体を伝って炎に包まれており、現在その動きを停止していた。
後は、空亡の身体が完全に焼け落ちるまで、自身の力で燃やし尽くすのみ。
このときの赤城てんぷには全く油断といえるモノはなく、彼は全力でその力を行使していた。
「流石にラスボスだけあって、そう簡単に終わっちゃくれないか。……良いぜ。こうなったら、とことん付き合ってやる……!?}
刹那、背中に強い衝撃が走ったかと思うと、ゾブリ、と胸部から何か嫌な音が聞こえる。
最初は何か分からなかったが、燃え盛るそれは、紛れもなく”降誕の焔”に包まれていたはずの”禍津咎槍”の内が一本だった。
――自身の創世の力が編み込まれた焔を受けて、なおこれほどの力が残っていたとは。
驚きつつも、この槍を叩き折れさえすれば、世界中から集まった力をもとに傷を治癒する事が出来る――。
そう考えた赤城てんぷは、右腕の手刀に渾身の力を込め始める。
……だが、そんな彼の手刀が振り下ろされることはなかった。
更なる追い打ちをかけるかのように、なんと、赤城てんぷの身体を次々と炎に包まれた破滅の槍が貫いていったのだ――!!
それらはとても弱り切っているとは思えないほどの、勢いと力強さに満ちており、さながら、赤城てんぷの”降誕の焔”によるダメージなど端から受けていないかのようであった。
(い、いや……これは、本当に全く僕の攻撃が効いていない、のか?……な、なら、アイツは!?)
十の”禍津咎槍”にその身を貫かれ、盛大に吐血しながら、赤城てんぷが宙を睨む。
その先にいたのは――燃え盛る大炎の中から、泰然とした様子で現れた廃滅神:空亡の姿があった。
『本作は「すげどう杯企画」参加作品です。
企画の概要については下記URLをご覧ください。
(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1299352/blogkey/2255003/(あっちいけ活動報告))』
※本作の執筆にあたって、『古城ろっく』さんの名義を使用させて頂く許可を、古城ろっくさん本人から頂きました。
慎んで、深く御礼申し上げます。




