偽りの宿命、真実の叛逆
”転倒世界”勢力による”十大暗黒領域”の支配者達の撃破。
それによって、巨大な漆黒の眼球の表面に『チャリンコマンズ・チャンピオンシップ』の文章を幾筋も走らせた異形の廃滅神:空亡に供給されていた膨大な暗黒瘴気の流入が、目に見えて途絶え始めていた。
僅かに流れてくる瘴気とともに、領域支配者達の無念などが空亡のもとに流れ込んでくる――。
――ある者は、自身の支配領域を蹂躙した相手に向けて、怨嗟の呪詛を放っていた。
――ある者は、廃滅因子に縛られた自身の運命を開放した相手に対して、深い感謝を捧げていた。
――ある者は、最後まで空亡の役に立てない事を悔い、謝罪していた。
自身へ捧げられる瘴気の激減と、魔王:古城ろっくが誇る悪の因子を持った領域支配者達の敗北――そして、それに連なる様々な無念や悔恨。
それらを前に、暗黒領域の真の主ともいえる空亡は、
『……たかだか、”転倒世界”とやらの出来損ない風情を相手に、遅れを取るか。……”古城ろっく”の名を冠する価値もない無能共め……!!』
何の感慨もなく、領域支配者達の死闘や屈辱を無価値なモノと吐き捨てる空亡。
そんな宙に浮かぶ空亡に対して、この地球唯一の山賊である”赤城てんぷ”が廃滅の宇宙に抗しながら、必死に問いかける。
「暗黒領域の奴等は、お前と同じ”魔王:古城ろっく”から生じたお仲間のはずだろ?……お前に力を与えていた奴等が負けているっていうのに、随分と余裕そうだな?」
そんな赤城てんぷの問いに対しても、何の感慨も見せぬまま空亡が無感情な眼差しで答える。
『奴等の役目は、廃滅因子の力を分割された単なる個体で終わらせるのではなく、我の顕現に見合うだけの廃滅属性の力を一つの世界規模にまで拡散し、それらを来たるべき段階まで纏め上げる事だった。……ゆえに、こうして我がこの世界に顕現を果たした時点で、奴等に然したる存在価値はない』
冷酷を通り越した無関心ともいえる意思の声音で、空亡は続ける。
『奴等領域支配者達が、空亡という存在に如何なる幻想や願望を抱いていたのかは知らんが、我が廃滅の宇宙として領域を展開する以上、全ての世界は消え去るより他に道はなし。……それは十大暗黒領域も例外ではなく、奴等の敗北などその時期が多少遅いかどうかというだけに過ぎない」
そこまで意思を示してから、空亡は僅かに思案するかのように、立ち昇る瘴気が消えつつある暗黒領域を睥睨していく。
「……いや、それでも確かに、僅かではあるが不快ではある。……廃滅因子を受け継いでおきながら、敗れるような出来損ないなど”コスモ・ミュール”のみで充分だと思っていたが、揃いも揃って古城ろっくの名を汚すような恥さらししかいないとは……奴等は分不相応な領域支配者という座から降りられて幸福かもしれんが、その不始末の有様を見せつけられる我こそがまさに不幸である……まぁ、どのみち全員死に絶えるのだから、大して関係はないがな』
もっとも空亡に寄り添い、協力してきたはずのコスモ・ミュールという存在を”出来損ない”の筆頭に上げる空亡。
コスモの献身も何もかも――例え、彼女が何の障害もなくなろうユーザー達を退けられたとしても、空亡という圧倒的な廃滅者にとっては彼女もそれ以外の何もかもが、まさに”どーでもいい”存在でしかないのだと赤城てんぷは改めて思い知らされる。
だからこそ――全ての存在に何の関心も示さないこの廃滅者が、何故頑ななまでに世界を亡ぼす事に終始しているのか。
その理由だけが分からない。
そのように思案している間にも、空亡の無機質な視線が、再び赤城てんぷを射抜く――!!
『貴様等の行いは全て無意味だ。……転倒世界の者達は、制圧したはずの暗黒領域ごと我が廃滅に呑み込まれて死に絶える。暗黒領域の軍勢の前に取り残されたなろうユーザー達は、為す術もないまま無残に蹂躙される。……そして貴様は、この世界で唯一我の前に立ちはだかる存在でありながら、供給が止まったはずの我を相手にしてもなお、その力を上回るどころか抵抗するくらいしか出来ない、という現状を全く変えられていない!!……無意味、実に無意味!!……貴様等の奮闘の数々は、我が顕現するよりも先に暗黒領域を一つも崩せなかった時点で既に積んでいる……!!』
十大暗黒領域が出現してからこれまでの間に、暗黒領域をどれか一つでも攻略する事が出来ていれば――。
例え、コスモが第零領域『スゲドウ=ハイ』を起動させたとしても、杯の中を十の廃滅因子が満たすこともなく、顕現阻止・もしくは不完全な覚醒という形で空亡の全世界廃滅という野望を妨害する事が出来たかもしれない。
しかし、現実としては魔王:古城ろっくを復活させるだけの力を蓄積した『スゲドウ=ハイ』のもとに、彼から分かたれた十の暗黒領域の力が集結し、空亡は当初の予定通り何の問題もなくこの地上に姿を現した。
……空亡の意思が示す通り、なろうユーザーを始めとする地上の人間達の奮闘、暗黒領域を打破できるだけの力を持った”転倒世界”の者達の登場……そして、リンチに遭っていた赤城てんぷの復活。
――それらが全て、ほんの僅か間に合わなかった。
多くの者達が善も悪もなく、ただ自分達が生きる未来を守るために立ち上がり団結していた。
傷つき仲間や愛する者が悪意のもとに倒れようとも、懸命に前を見て戦い続けてきた。
……だが、それでも間に合わなかった。
――他者の願いを叶えようとした『スゲドウ=ハイ』の在り方や、古城ろっくの思い出とともにこのイベントを愉しもうとしていた”魔王軍”の者達の想いが全て自身に悪用されただけで終わったのと同じように、この場に集った全ての者達の行いは無価値なのだと、嘲るでもなく嗤うでもなくありのままの事実として淡々と空亡は述べる。
『暗黒領域に乗り込んだ”転倒世界”の者達にどれほどの余力が残されている?――どうやら、どの者達も領域攻略は片手間程度、とは行かなかったようだな』
既に完膚なきまでに敗れ去っている『ワーキングホリデー』以外の暗黒領域では、乗り込んだ転倒世界の者達と現地の勢力との戦闘が続いていた。
例え、自分達の領域支配者が敗れようとも、易々と他の世界から来た者の跳梁を許してなるモノかと言わんばかりに、その暗黒領域内の強硬な過激派が死に物狂いで抵抗活動を繰り広げていたためである。
暗黒領域の住人達は、空亡からすればただ自身に力を供給するためだけの存在であるため、空亡から力が供給される事はなかったが、空亡が放つ瘴気によって、自身の領域の敗北を認められない者達は、正気や理性を捨て去った狂戦士と化していた。
その影響は世界を支配していた領域支配者という存在が敗れ、かつこれまでの廃滅属性に満ちた自身の領域の在り方に固執している者ほど顕著であり、空亡による瘴気の影響を”領域支配者”を介さずに直接浴びてその影響が如実に表れやすくなっているのか、彼らはただ空亡のために――もしくはそのような思考すらなく、自身の肉体の枷が外れすぎて自壊しようと、どれだけの致命傷を負おうとも構うことなく転倒勢力に向かって攻撃し、現地の民間人を巻き添えにした卑劣なゲリラ行為なども憶することなく実行するようになっていた。
転倒世界から来た者達がこれらの相手を終わらせる頃には、現状のままなら、まだ水際で食い止められている赤城てんぷの抵抗も虚しく終わり、世界の全てが空亡から放たれる”闇”によって呑み込まれ始めているに違いない。
『では、残っているなろうユーザー達とやらはどうか?――まだ残っている暗黒領域の者達を蹴散らせたところで、この”現代社会”で意思の力を削ぎ落されたような奴等など、我が”悪”である事のみが許される領域においては一歩も足を踏み入れる事すら出来はしない。……眼前で何も出来ぬまま、貴様が我が漆黒に呑まれていく姿が奴等の見る最期の光景となる……!!』
絶体絶命の危機に陥っていたなろうユーザー達であったが、彼らは”転倒世界”から来た者達の出現によって、何とか九死に一生を得る事が出来ていた。
だが、転倒世界の者達によって包囲網を構築していた大半の者達が撃破されたとはいえ、まだなろうユーザー達の周囲には彼らを殲滅しようと、十大暗黒領域の軍勢が攻勢を仕掛けてきた。
これらの残った軍勢をなろうユーザーが何とか退けたとしても、人間をシステムの一部として使い捨てる”現代社会”という時代によって意思の力を削ぎ落されたなろうユーザー達では、例え名乗ったところで赤城てんぷのような本物の”山賊”ではないため、空亡の領域に踏み入ることすら出来ない。
『そして、極めつけは貴様だ。……どれだけ、周囲の者達が活路を開くために足掻こうとも、現在唯一我の前に立っている貴様自身が我からすればあまりにも脆弱に過ぎる。……力の供給がやんだ。そうか、それがどうした?既に我は80万人の希望と十大暗黒領域で生きてきた者達全てから得た廃滅の力を自身のモノにしている。……貴様個人の力など、まさに塵芥同然であると知るが良い……!!』
そう、既に空亡は準備期間を終えてそれを実行する段階に入っている。
現状において転倒勢力やなろうユーザー達の奮闘は、あくまでこれ以上の副次的な被害を拡大させないための予防策以外の意味を持たず、肝心の空亡をどうにかしない限り事態は好転どころかただ単に結果を先延ばしにしているだけに過ぎないのだ。
そして、その空亡に対抗するための力が――赤城てんぷという存在には、絶望的に足りていなかった。
そんな赤城てんぷに追い打ちをかけるように、空亡がとどめとなる言葉を放つ――!!
「所詮、貴様等の行いなどすべては単なる”馴れ合い”に過ぎない。――どれだけ、”絆”とやらを誇り団結したところで、貴様等はこの結末を変えられなかった。――貴様等は全て、無意味に死ぬ。全ての者達の意思や希望をただ自身の目的のために使用したこの空亡という圧倒的な”個”の存在によって、為す術もなく一方的に滅ぼされる。……何かを刻むことも残すこともなく、”自身は孤独ではない”などと嘯きながら温い馴れ合いごっこに興じ、最後は何かに殉じたフリをするにせよ疑心暗鬼で仲間割れをするにせよ、くだらん自己満足と醜態の果てに、自身がそれまで口にしてきた言葉を全て裏切りながら無意味に死ぬ……それが、貴様等”なろうユーザー”という存在だ……!!」
それは、これまで無機質に思えた空亡が見せた初めての感情かもしれなかった。
凄まじい侮蔑と罵倒の言葉の羅列であったが――そこには、空亡が人類に抱いた”失望”の感情が流れているように、赤城てんぷは感じていた。
だから――空亡がとどめを刺すつもりだったとしても、これは終わりなんかじゃないと、赤城てんぷは確信を強める。
「……何もかもが間に合わなかった、か。……でも、それを言うのならなろうユーザー達やら転倒世界を責める前に、自分が使っている”小説家になろう”内で暗黒領域なんていうとんでもないモノが潜んでいて、それの呼び水となる『すげどう杯』っていうイベントの危険性を唯一知っていたのに、それを真っ先に潰せなかった僕が一番悪いんだぜ?」
そう言いながら、軽く笑みを浮かべる赤城てんぷ。
「と言っても、『すげどう杯』にはあの祭りを楽しみにしている人達やお前みたいな奴にでも、もう一度会いたい、って思う人達の想いが集まっているのが分かっていたから、企画に対する嫌がらせ同然のエッセイを投降するくらいしか僕には出来なかった。……あの企画には、僕の”降誕の焔”でも燃やせないし燃やしちゃいけないモノが、紛れもなくたくさんあったはずなんだ……!!」
そこまで口にしてから、これまでとは一転、宙に浮かぶ空亡を強く睨みつける赤城てんぷ。
「お前がどれだけの絶望の果てに、さっきみたいな言葉に辿り着いたのかは僕には分からないさ。……でも、あのときの彼らの想いは、間違いなくお前が侮蔑したような醜い在り方からは程遠い感情だったんだ……!!」
残った命の炎を燃やしながら、一人の”山賊”があらん限りの声を出して挑み続ける――!!
「『既に積んでいる』?『この結末を変えられなかった』?……恥の上塗りはそこまでにしておけよ、三流駄神!!お前がみんなに向けてきたその言葉こそが、全ての真実に背を向けている何よりの証だッ!!」
そんな赤城てんぷの意思に呼応するかのように、刹那、この静寂に包まれるべきはずの廃滅領域に、赤城てんぷの降誕の焔とも違う、世界そのものを揺るがすような激震と轟音が響き渡る――!!
「……っと、僕が何をするまでもなく、予想がお前を裏切り始めたみたいだぜ?」
そんな赤城てんぷの軽口に対して、感情を排したような――それでいて、どこか苛立ちを含んだような空亡の意思が発せられる。
『予想が、我を裏切っているだと……?くだらん。何が起こっていようと、我が領域展開に何の影響もありはしない……!!』
「……そうだな。確かにこの現象はお前やこの領域を崩すどころか、微塵も影響を与える事は出来ないだろうな」
けどな、と赤城てんぷは続ける。
「僕には何が起こっているのか何となく分かっているぜ?……なのにお前は、大層な目玉があるくせに何も見えちゃいないんだな!お空の大将さんよぉ!?」
眼下で叫ぶ無視する事の出来ない”山賊”の叫び。
そちらに向けて、空亡がこれまでにない強い威圧感の籠った瞳で睨みつけていた。
『不要。転倒世界の者達と同じく、所詮我の視界に入れる必要も価値もない事象である、というだけに過ぎぬ。……この事象に本当に何か意味があるというのなら、我の認識が誤りであると結果で示すより他にないはずだ……!!』
そんな空亡の意思に対して、赤城てんぷが瞳を爛々と光らせる。
「だったら、楽しみにしてな!……お前が”無意味”と断じてきた奴等が、定められた結果とやらを盛大に覆すところだからさ!!」
そんな赤城てんぷの口上と共に、この廃滅領域を隔てた外の世界から盛大に幾筋もの光の柱が天に向かって立ち昇り始めていた――!!
『本作は「すげどう杯企画」参加作品です。
企画の概要については下記URLをご覧ください。
(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1299352/blogkey/2255003/(あっちいけ活動報告))』
※本作の執筆にあたって、『古城ろっく』さんの名義を使用させて頂く許可を、古城ろっくさん本人から頂きました。
慎んで、深く御礼申し上げます。




