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『ベリアライズ』 ――新生

 第十領域:絶対暗黒魔界・『ベリアライズ』



 領域支配者:ダークエルフ女将軍・”ギリアナ”


 廃滅属性:復讐


 常に闇で世界が覆われ瘴気が辺りに満ちており、闇の勢力である”魔族”と呼ばれる者達が支配する世界・『ベリアライズ』。


 炎竜達が巣食う『ダイナウェルダン』に並んで、魔族が跋扈するこの『ベリアライズ』は”地獄の双璧”として、十大暗黒領域の中でも最強格と称されていた。


 その『ベリアライズ』の支配者は、ダークエルフの女将軍である”ギリアナ”。


 外見は褐色の肌に凛とした気配を放つダークエルフの美女だが、彼女は個としての武術も部下を率いる統率力のどちらにも優れているうえに、魔王:古城ろっくの”復讐”の因子をも受け継いでおり、この『ベリアライズ』において、全てに優れたカリスマとして多種多様かつ膨大な数の魔族達の頂点に君臨していた。


 そんなギリアナがこの魔界において、ベリアライズの悲願として掲げているのが、『自分達の創造主である魔王:古城ろっくを追放した卑劣な現代社会への復讐』である。


 この理念のもとギリアナは来たる現世への復讐のときの予行練習として、ベリアライズの魔族による軍団を率いて、なろう界の人間勢力を次々と蹂躙していった。


 なろう界の人間勢力とやらに恨みどころか大した関心すらない。





 ――すべては、古城ろっくの無念を晴らすために。





 ギリアナと彼女の”復讐”の廃滅因子に浸されたこの世界の全ての魔族は、その妄執のためだけに存在する盲目的な尖兵と化していた。


 そんな常に”復讐”の想いを抱いているギリアナだったが、彼女にとって唯一と言ってもいい心安らげることが出来る存在がいた。


「ギリアナ、難しい顔してる……ダイジョウブ?」


 現在、自室で若干疲れた表情をしていたギリアナに対して、この場に唯一同室を許された大柄な魔狼種の獣人男性が話しかける。


 彼の名はマグル。


 ギリアナの副官を務める優秀な戦士だった。


 マグルはもともと、親を早くに失くした孤児であった。


 幼い身で天涯孤独になったところをギリアナによって拾われ、以来生真面目な彼女のもとで厳しくも優しく育てられてきた。


 母であり姉のようなギリアナにマグルがいつしか恋心を抱くようになったのも無理からぬことであり、マグルの背がギリアナを抜いたその日の夜に、二人は偽りの親子ごっこの関係に終わりを告げ、男女の仲になった。


 それ以来ギリアナにとってマグルは、公私ともになくてはならないパートナーになっていた。


 今も自分を心配するマグルに対して、ギリアナは他の者には見せない柔らかな笑みを返しながら答える。


「あぁ、そんな顔をしなくても大丈夫だ。……心配してくれて、ありがとな」


 そう言いながら、頭を撫でるギリアナに対して「また子供扱い……ソレ、嫌だ……!!」とマグルが拗ねたように答える。


 深い仲になったというのに、いつまで経ってもこんな風に扱ってしまうのは自分の悪いくせだとギリアナは思いつつも、マグルが言うほど本気で否定せずに自分にされるがままになっているので、軽く謝りながらそのまま撫で続けるギリアナ。


 そんな慣れたやり取りをしながら、ギリアナは現在自分を悩ませるある問題に想いを馳せていた――。









 きっかけは”転倒世界”勢力らしき者達が、この『ベリアライズ』に突如姿を現した事であった。


 らしい……というのも、厳密に言うと彼女達・・・は”転倒世界”からこの領域に侵攻しに来た者達とは別に、まるで次元を切り裂くかのように突如出現したのだ。


 彼女達はこの世界に現れるや否や、圧倒的な歌唱力とダンスパフォーマンス、それぞれのメンバーの魅力や、困難にも一致団結して全力で挑戦していくひたむきな姿によって、瞬く間に『ベリアライズ』の男の子魔族達を虜にしていったのだ。





 ――流星アイドルユニット:”ファイブドロップ”。





 次元を超えた歌声を持つ五人の少女達を、人々はそう呼んだ――!!









「♪アイドルは勇気!聖剣に選ばれたからには、応援してくれたみんなやお姉ちゃんの分まで頑張ります!!これでも勇者でリーダー:”サファイア・サンライト”です!……か、かしこまり!!」


 両腕を身体の前で軽く曲げて努力アピールをするサファイア。


 小柄ながらも健気にグループを引っ張っていこうとする彼女の姿勢を前に、観客のボルテージは早くも最高潮に達しようとしていた。


『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』


「サファイアちゃ~~~ん!!」


「俺にも頑張らせろーッ!!」


 思春期の魔族的男の子や大きなお友達オーク、ブルマを履いた半魚人(ブルマーマン)達が、盛大に声を張り上げる。


 現在、この地では”ファイブドロップ”のライブが行われている真っ最中であった。


 メンバーの代表であるサファイアの登場を皮切りに、今度は亜麻色のショートカットに健康的な笑顔の少女へとライトが当たる。


「♪アイドルは全力!海の治安は海兵の私が守ります!でも、今はそんなことよりも夕陽に向かって~、全力・全開・スパルタクス!!」


「ライブと海の平和はどうするのさ!?」


 海兵(らしい?)の責務とアイドルの役割を忘れた身勝手ともいえる自己紹介に対して、サファイアのツッコミが入る。


 それを受けて、会場内がドッ!と笑いに包まれる。


「♪思い込むと一直線、それがこの私、リディア・ブルーウォーター!!(ここからは普通に台詞で)でっかい大海原のような気持ちで、今日の大航海ライブ!みんなで乗り切っていくぞ~~~~~!!」


『Yes, ma'am!!』


 海兵であるというリディアに敬意を表してか、みな一斉に彼女へ向けて統率のとれた敬礼を行う。


 このように彼女達に魅了されたファン魔族達は、本来の『古城ろっくを追放した現代人への復讐』を忘れたかのように、”ファイブドロップ”の追っかけ活動に夢中になっていた。


 ”勇者”であるサファイアと”海兵”のリディアに続いて、”退魔師”のハヅキや”射手”のエルフ:フィオーレ、”堕ちゆく女神天使”のシオンといったメンバーの登場を前に、場が盛大に沸き立つ――!!


「フヒヒ……サファイアちゃんは、僕ちんと一緒に防犯ブザーを鳴らし合いっこしようね♡」


「クッ……これが大海原すら突っ切るリディア船長の元気テンションなのか!?……こうなったらこのビッグウェーブに乗り遅れないために、俺もブルマを履いて乗り切るしかねぇッ!!」


「ハヅキ!ハヅキ!……ハーイ、ハーイ、ハ・ヅ・キ!!」


「リディア姐さんに幸あれ!!……って、既に実り豊かな胸元をしていらっしゃる!?……くびれも完璧?……お、俺はこれ以上何を祈れば良いんだ!?」


「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!自分の事を”此方こなた”とか言いながら、現在進行形で黒歴史を量産し続けているシオン様を周囲の痛々しい視線から護れるのはこの宇宙において俺のみ!……それ以外の全員はこの場で死ねェェェェェェェェェッ!!」


「よせッ!?俺達は”ファイブドロップ”の旗のもとに集った同志だ!!そんな事を吹聴したりなんかしない!……でも、もしもリディアちゃんとのセンター争いをするときには、匿名でシオンのネガキャンを絶対しまくるッ!!」


「……やっぱり、死ねェェェェェェェェェェェェェッ!?」









「何をやっているんでしょうか、彼等は……」


 オペレーター魔族の女性が半ば呆れた表情と共に、画面を見てから背後のギリアナへとそう問いかける。


 対するギリアナは、先程までマグルに見せていた表情からは程遠い憮然とした顔つきを浮かべていた。


 『ベリアライズ』ギリアナ軍・指令室。


 現在、この場にはギリアナやマグルを始めとする魔族軍の重鎮達が集結し、”ファイブドロップ”のライブ会場の様子を中継した映像を眺めていた。


 ”ファイブドロップ”のおっかけをしている魔族達はギリアナ達魔族軍に明確な離反こそしていないモノの、歌で繋がり合う事の素晴らしさを知ったためか”人間達への侵攻並びに復讐”に対して及び腰になっており、その上他の魔族達にアイドル達の布教活動まで行っているというのだ。


 険しい表情をしながら、ギリアナが部下達に訊ねる。


「眼前にいるのに、モノにならない女に現を抜かして何が楽しいんだ?……まぁ良い。あの連中には、適当なサキュバス部隊を派遣するように要請しろ」


 そんなギリアナに部下が心底困惑した表情で答える。


「それは、難しいかと思われます。……あの手の益荒男(ますらお)達は、届かぬと思う存在に”浪漫(ロマン)”を見出す存在。容易く自分から身体を許す女子に心を許す道理はないと思われます!……な、何より」


「……何より?何だというのだ?」


 若干険を含ませた声音でギリアナが、先を促す。


 ハッ、と戦々恐々しながらも、部下が信じられない事実を口にする――!!





「我が『ベリアライズ』が誇るサキュバス部隊……し、信じられない事に、”転倒世界”から来た者に傅きながら、我々魔族軍に反旗を翻しております――!!」


「な、なんだと――!!」


 刹那、ギリアナに衝撃が走る――!!









 鎖を全身に巻き付けた粗暴な印象の青年と、軽そうな言動の割に瞳の奥に冷酷さを宿した褐色猫耳の中性的な青年。


 柄の悪い雰囲気を放つ二人の青年の瞳は、真紅に濡れたように真っ赤であり、舌先には”十六の災禍フレンズ”を彷彿とさせる紋様が浮き上がっていた。


 外見から分かる通り、彼らは転倒世界からこの『ベリアライズ』にやってきた二人組の”キモオタ”であった。


 彼らはこの世界に来て早々に秘密裏に持ち込んでいた過激な性描写のライトノベルを魔法陣のように積み重ねて力場を崩壊させると、ライトノベル作品のように自分達に都合よくエッチな事をさせてくれるお姉さんを呼び出す事にしたのだ。


 この世界は魔族が蔓延る絶対暗黒魔界であったため、彼らの目論見通り見事”サキュバス”が二人の前に姿を現す事になったのだが……。





「な、何でこんなところに人間がいるのよッ!?……さては、アンタ達が”転倒世界”とかいう場所から来た侵入者ね!?ギリアナ様にすぐ報告してやるッ!!」





 呼び出されたモノの、サキュバスの女性が言う事を聞かなければならない道理はない。


 彼女は来て早々、二人の”キモオタ”を魔族軍に報告しようとする――!!


 だが、そんなサキュバスを前にしても、二人は微塵も焦った様子を見せない。


 それどころか、ニヤついた笑みすら浮かべていた。


 そんな彼らを訝しんでいたサキュバスだったが……。





(ッ!?う、嘘ッ!!……この子達、人間のクセに凄いモノ持っている!?)





 気づけば、引き寄せられるかのように彼女の視線は二人の盛り上がった股間の方へと、釘付けになっていた。


 視線を逸らすことも出来ずにゴクリ、と唾を呑み込むサキュバスに、悪しき”キモオタ”達が畳みかけるように声をかける。


「クククッ……サキュバスとか名乗ってるくせに、すっかり怖気づいちまったか?」


「勝ち目がないと思ったら、素直に逃げ出しても良いんだよ?……おねーさん♡」


 そんな二人を前に、魔族軍としての使命も忘れ――自身の種族の本能と誇りの両方が混じり合った不思議な感情のもと、サキュバスが鼻息荒く答える。


「フ、フン!上等よ!!……見てなさい。例え、二人がかりだろうと、この『ベリアライズ』のサキュバスは余裕で勝ってみせるってね!」


 そんな彼女の反応に、”キモオタ”の二人がガッツポーズを行う――!!


「よっしゃ、そうこなくっちゃな!!」


「それじゃあ、早く楽しもーよ♪」


「フン、望むところよ!!……アンタ等、腰砕けにしてやるんだから、見てなさい!」


 そんなやり取りをしながら、三人はネオン街へと消えていく……。


 その結果、





「キ、”キモオタ”様、しゅごしゅぎりゅ~~~♡こ、こんなの、サキュバスだからって、勝てるわけありませんでした~♡」





 当然の如く、サキュバスは”キモオタ”達に敗北していた。


 完堕ちしてベッドに力なく横たえているサキュバスの頬を、ニヤケながらペチペチ、と叩いてみせる粗暴な”キモオタ”。


「クククッ……俺達が年間、どんだけライトノベルを読んでると思ってんだ?……どれほどジャンルが被って似たような設定・性格だろうと、星の数ほどヒロインの攻略の仕方を知っている以上、サキュバスの一匹や二匹なんざ目じゃねぇんだよ!!」


「そ・ゆ・こ・と~♪……という訳で、淫魔のクセに簡単に負けて瞳に♡マーク浮かべちゃうような駄目っ子お姉さんは、僕達に何か言う事とかないのかニャ?」


 茶化してくる褐色猫耳の”キモオタ”に対して、「ハ、ハヒィ~♡」と言いながら、うっとりした表情でサキュバスが降伏(あるいは幸福♡)宣言を行う。


「な、生意気な事言ってすいませんでした~♡私みたいなサキュバス程度で、”キモオタ”様達に勝とうだなんて淫夢ゆめのまた淫夢ゆめでした~~~!!……んほほぉ~ん♡」





 こうして、サキュバスを陥落させた”キモオタ”達は彼女を皮切りに、強気な態度ながら実はレズッ気のある同僚サキュバスを半ば騙す形で呼び出させたり、紹介してもらった初心な箱入り後輩サキュバスの女の子に優しく露出首輪プレイを教え込んだりしながら、次々とサキュバス部隊のメンバーを自分達のモノにしていった。


「これであらかた、この世界の選りすぐりサキュバス女の子は楽しんだけど……これからどうする?」


 そんな褐色猫耳に対して、粗暴な”キモオタ”が思案しながら答える。


「そうだな……サキュバスも飽きてきたところだし、この世界の支配者とかいうダークエルフの女を狙いに行くとするか!……オイッ、案内しろお前等!!」


『ハイッ、”キモオタ”様♡』





 ――こうして、『ベリアライズ』が誇るサキュバス部隊は、”キモオタ”達の魔手に堕ちることとなった。









「…………………………」


 事の顛末を聞かされ、絶句するギリアナ。


 ”ファイブドロップ”に”キモオタ”。


 この二つの存在によって、『ベリアライズ』は男女の両方から切り崩されようとしていた。


 これ以上の野放しは、古城ろっくの意思を継ぐ『ベリアライズ』の魔族として、到底看過する事は出来ない……。


 そう判断したギリアナは、”ファイブドロップ”と彼女達を応援する魔族達の映像を見ながら、非情ともいえる命令を下す。


「全軍に通達。――異界からきた文化侵略者達と、『ベリアライズ』に生きる者としての存在意義すら忘れた恥さらしどもに鉄槌を降すため、”チャリンコマンズ・アビスブリゲイド”を奴らに向けて発動させよ――!!」


「ッ!?さ、三大概念術式の一つである”チャリンコマンズ・アビスブリゲイド”を、同胞に向けてですか!?……な、なんという……!!」


 ギリアナの命を受けて、絶句する魔族軍幹部。


 それというのも無理はない。


 ”三大概念術式”とは、この『ベリアライズ』の魔族達が長い年月と同胞達の膨大な魔力・生命力を賭けて、この世界そのものに編み込んだ禁呪ともいえる決戦術式であったからだ。





 対象を未来永劫時空の狭間に幽閉する――『永劫螺旋術式:”チャリンコマンズ・アビスブリゲイド”』。


 知性並びに生命ある者が世界の根幹アカシック・テンプレートに到達する事を阻止するときに出現するとされる九つの概念障壁を模した結界――『疑似・亜空障壁:”阿頼耶識録(あらやしきろく)”』。


 極大の熱線によって、触れた者一切を再生・防御も許さずに焼き尽くす――『殺戮焼却術式:”ラスト・イングウェイ”』。





 まさに必殺と言っても過言ではない切り札であり、この”三大概念術式”が『ベリアライズ』に存在する限り――例え他の九つの暗黒領域を撃破したところで、地球は滅びの道を全く回避出来ていないのだ。


 ギリアナが冷酷な意思を宿した瞳で、部下に続ける。


「……これらの”三大概念術式”はこの『ベリアライズ』という世界そのものに刻まれた術式であったため、顕現した『ベリアライズ』がこの地上の力場に馴染んで万全の状態で発動できるまで、あと一日ほど定着させるための時間が欲しかった。……だが、ここまで”転倒世界”の者達に蹂躙されている以上、一刻の猶予もままならん!!”ファイブドロップ”のライブ会場、こちらに進軍している”キモオタ”達もろとも、全て裏切り者ごと永久に閉ざされた牢獄に叩きこんでやれッ!!」


「ハッ、ハハッ!!」


 ギリアナの壮絶な気迫を前に、諫める事も出来ずに頷く魔族の部下達。


 ”復讐”を絶対の信条とする支配者によって、それを忘れた惰弱な者達に裁きの鉄槌が下される――ことはなかった。





「も、申し上げます!!――永劫螺旋術式:”チャリンコマンズ・アビスブリゲイド”、発動出来ません!!」





 緊迫したオペレーター魔族の声。


 それを聞いたギリアナは、怒りも忘れ何が起きたのかと、無表情のまま訊ねる。


「どういう事だ……世界に編み込まれた概念術式が発動出来ない、だと?……一体、何が起こっているというのだ!?」


 最後に檄したギリアナに怯えながらも、オペレーターが必死に答える。


「そ、それが……”チャリンコマンズ・アビスブリゲイド”を発動するための経営権が、物凄い速度でアメリカ系ベンチャー企業に買収されているんです!!今の我々では、最早この術式に介入する権利自体がありません!!」


「ア、アメリカ系ベンチャー企業だと……!?」


 ギリアナが驚愕を浮かべる――!!。





 ”大異変”と呼ばれる事象によって、現在の”転倒世界”の日本は、異世界や別の時代と繋がり、怪異や異邦人が犇めく混沌とした特異点と化していた。


 そんな日本に押し寄せてきたのは、異界の怪異や異邦人だけではない。


 自身の名を上げようという野心を持った者や、血の気の荒い戦士といった一筋縄ではいかない外国人勢力も怒涛の勢いで来日していたのだ。


 ”転倒世界”で猛威を振るってきた彼らは、当然の如くこの『ベリアライズ』という暗黒領域においても、自分達の実力を現地のバランスを崩す勢いでいかんなく発揮していく――!!





「さ、更に速報!!――”唯物史観”を掲げるソビエトの残党共によって、『術式やらというオカルトなど、この世には存在しない!』と疑似・亜空障壁:”阿頼耶識録(あらやしきろく)”が文化弾圧を受けています!!……ま、魔術は我々の生き様・文化として確かに存在しているのに……奴等、よくもッ!!」


「こちらも続報!!……ギリシャ人の漁業組合が誇る”原初の大海原”によって、殺戮焼却術式:”ラスト・イングウェイ”の熱線がかき消されました!!……コイツ等、いつまで紀元前を誇るつもりだッ!?」





「さ、三大術式が、全て撃破される……だと?」


 信じられない出来事を前に、今度こそ呆然とするギリアナ。


 彼女や魔族達が混乱に包まれている間にも、この『ベリアライズ』の地に次々と外国人勢力の脅威が迫る――!!









「イーユー、リダツ=スルーゾゥ!!」


「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 英国魔術協会の魔術師が放つ、世界を隔てても通じる攻性禁呪を前に、世界恐慌の波を感じ取った多数の屈強な魔族達が盛大に吹き飛ばされていく――!!


 そんな光景を尻目にしながらチャイニーズマフィアがポツリ、とこれまでを振り返るかのように呟く。


「……あっちの日本は”検非違使けびいし”みたいなぬくぬくと歴史の裏で庇護されてきただけの旧時代の遺物どもがデカい面して威張りくさり、そいつらを支持している奴らがウジャウジャいやがる糞みてーな場所だった。……だがそれでも、まだ俺達異郷の者を受け入れようっていう”建前”ってモンがあった。そういう面子が守られている限り、俺らみてぇな奴等でも流石に市井(しせい)で無茶苦茶ってのは出来ねぇからな……」


 そこまで口にしてから、チャイニーズマフィアは爛々と瞳を輝かせる。


「……けど、こっちは違う。ここの魔族様とやらは”人間だから”っていうただそれだけの理由で、俺達を”本番に侵攻するための手頃な実験台”か”復讐すべき現代人”のどちらかだけで判断し、そんでもってどっちみち殺そうとしてきやがる。……上等だ。お行儀よくしようが人間だから何もかもを許さねぇって言うなら、俺達だって好き放題にやらせてもらうとするぜ……!!」


 そんなチャイニーズマフィアの意思に応えるかのように、彼の手下達が次々と『ベリアライズ』の人気観光スポットに中華街を建設していく――!!


 それを皮切りに……或いはチャイニーズマフィア達の勢いに負けていられないと言わんばかりに、次々とトルコ人の帽子屋やインド人のカレー屋、アメリカ資本の巨大ショッピングモールなどといった外国人勢力による建造物や商業施設といった数々の建物が『ベリアライズ』の地に並び始めていた。





「本日、この世界でまだ発表されていなかった”ファイブドロップ”の1STシングル、”welcome to ヤシマ”入荷しましたー!!……それにしても、同じ退魔師なのにハヅキちゃんは本当に凄いな……いけない、いけない!私も腐らずに頑張らないと!行くよ、千鶴ちづる!!」


「アンッ!」


 魔界CDショップ屋の前で、ポニーテールの少女と犬耳の少女が”ファイブドロップ”の未発表CDが発売した事を果敢に宣伝する。


「そこのお兄さん!今日は夕食に中華は如何でゴザルかな?このボリュームで、なんと驚きの970リアラでゴザルぞ!!食べなきゃ損ソン♪ついでに、ニンニン♪……(こういった地道なお役目も、天下の正道を示すためには必要な事のはずでゴザル……!!)」


 そう言いながら、中華料理屋の前で呼び込みをしているのは、大した戦闘力もなくこの世界に乗り込んでしまったので、中華料理店でバイトしながら日銭を稼ぐことになった無駄に歯が白い忍者装束を着た中年男性だった。


 彼らは明らかに”転倒世界”から来たと思われる人間達だったが、暗黒企業帰りの魔族や家族連れ・恋仲魔族達は特に気にした様子も見せず、呼び込みに釣られるように思い思いの時間を楽しんでいく。


 これまでの『ベリアライズ』では、人間とは単に蹂躙するだけの実験台もしくは復讐の対象であり、間違っても協力しあうような関係ではなかった。


 ゆえに、魔族の経営者はどれほど自身の会社が人手不足で大変だったとしても、人間である”転倒世界”の者達に助けを乞うなど絶対にありえない。


 だが、”ファイブドロップ”や”外国人勢力”からすると、相手が魔族だろうと彼らは自分達の”ファン”や”商売相手”になるかもしれない存在であり、実際に彼らが見越した通り、日々の激務で疲れた魔族達を相手に営業や商売活動を成り立たせる事に成功していたのだ。


 現に『お前は偉大なる”古城ろっく”様の復讐を果たすつもりがないのか!!』といった訳の分からない根性論で罵倒されながら、会社が乗っ取られないようにするためとはいえ安価かつ長時間で働かされているような暗黒企業の社員魔族達は、会社帰りに”ファイブドロップ”のCDを購入したり、外国人勢力が経営するリーズナブルな飲食店の料理に舌堤を打つ光景が目立つようになっていた。


 また、彼ら以外の家族連れや恋仲魔族達も、これまで世界規模で”復讐”一辺倒の理念に縛られていたこの『ベリアライズ』に、突如もたらされた異界の様々な文化を前に圧倒され、それらが放つ新鮮な色彩を前に完全に魅了されていた。





 飲めや歌えや。無意味に見えるこの享楽こそが、『ベリアライズ』の本分なり――。





 そんな彼らの想いが示されたかのように、アイドルショップや外国人街が、これまでの『ベリアライズ』にはなかった――しかし、多くのこの世界の住人達の楽し気な声と共に、盛大に賑わいを見せていく――。


 ――そう、今やこの世界に生きる大半の者達にとって、あれほど絶対の理念であった『古城ろっくを追放した現代社会人達への復讐』は、最早自分達を暗黒企業のような閉鎖的かつ非生産的な環境に縛りつけるだけの単なる足かせ程度のモノとなっていた。


 この暗黒に覆われた『ベリアライズ』という世界に芽生えた新しい意思の光がゆっくりと――けれども着実に、力強く輝きを放ち始める――!!









「わ、我が『ベリアライズ』という世界の可能性が急速に食いつぶされている、だと……?」


 ギリアナが驚嘆と屈辱の混じった表情で、現状のデータが映し出されたモニターを見やる。


 今や『ベリアライズ』はアメリカ系ベンチャー企業を始めとする外国人勢力によって、次々と世界の経営権が自分達『ベリアライズ』魔族軍から”転倒世界”勢力の方へと移り始めていた。


 敵も一枚岩でないためか、”イーユー、リダツ=スルーゾゥ”という謎の禁呪を唱える英国魔術師勢力を囲む形で、アメリカ系ベンチャー企業とソビエトの残党勢力が睨みあいを続けているが、もしも、これらの”外国人勢力”が足並みを揃え、膨大なファンを誇る”ファイブドロップ”や”キモオタ”が率いるサキュバス軍団と合流するような事になれば、確実に自分達魔族軍は終わりを迎える。


(概念術式の経営権を握ったところで、よその世界の人間である奴等がそれを使用する事は出来ない……だが、このままではとても!)


 このままいけば、”最強”と称された『ベリアライズ』が戦わずして”転倒世界”勢力に、生殺与奪の全てを握られることになる。


 そんな彼女の焦りを察したかのように、副官で恋人のマグルが完全武装した状態で躍り出る。


「……僕が、ギリアナ困らせる奴等を全員倒してくる……!!ギリアナは残った仲間の皆の面倒を見てあげて……!」


 マグルの提案を前に、それは聞けないとギリアナが被りを振る。


「無茶だ、マグル!!相手は何をしてくるかも分からない”転倒世界”の者達なんだぞ!?……おまけに、奴等の傍には寝返ったとはいえ同じ『ベリアライズ』の者達も多数いる。……優しいお前に彼らを斬らせるような真似などさせられないし、それに!お前に何かあったりしたら、私は本当に心を失くした”復讐”の権化になり果ててしまう……!!」


 そこまで口にしてから、堪えきれないと言わんばかりに俯くギリアナ。


 そんなギリアナの肩にマグルが優しく自身の両腕を置いて語り掛ける。


「ギリアナはいつもこんな大変な想いを自分一人で抱えていたんだね……辛かったろうに、たくさん頑張ってエラいね……」


「ッ!?な、茶化すな……!!」


 そう言いながら顔を上げたギリアナの唇にマグルの顔が重なっていた。


 瞳を大きく見開くギリアナ。


 一瞬とも永遠ともつかぬ時間が流れたかと思うと、プハァ……ッとどちらからともなく顔を放す。


 キリッ、と睨みながらもやや上気した頬のギリアナがマグルを詰問する。


「マグル!こんなときに何を……!!」


「こんな時だからこそ、だよ」


 形だけとはいえ怒られているにも関わらず、マグルが動じることなく真剣な表情でギリアナに答える。


「それでも、どんなに辛くても僕はこの道を選んだんだ。……僕は絶対に生きて帰るから、ギリアナはそれまで無事にここで待っていて……!!」


 いつまでも幼いままと思っていたマグルが見せた、悲壮なまでに鮮烈な覚悟。


 それを目の当たりにしてハッ、とさせられたギリアナだったが、すぐに真剣な顔つきで頷き、彼の顔をグイッと引き寄せたかと思うと、互いの額をコツン、とぶつけ合う


「あぁ、私はここで皆の指揮をしながら何としてでも反攻の準備を整える。……だから、お前も絶対に帰ってくるんだぞ、マグル……!!」


「うん、分かったよ……ギリアナ!!」


 互いの名を呼び合いながら、二人は熱い抱擁を交わし合っていた――。








「あの~……ここ、指令室なんですけど~……あっ、聞こえてないですね!ハイ」


「みんな~!覗き見とも言えない公開プレイだけど、野暮に今のギリアナ様達を横目で見るような真似しちゃ駄目だからねー!!」









 ”転倒世界”勢力討伐のために出陣したマグルを無事に見送ったギリアナは、本格的な反抗作戦を練り上げるためにまずは一時間だけ自室で一人思案することにした。


 落ち着いた自室で一人、心穏やかにして現状を分析する――。


 そのはずだったが、自室に戻った彼女にある”異変”が襲い掛かることとなる――!!


「……ッ!?」


 なんと、ギリアナが自室に戻った瞬間に、突如時空の亀裂のようなモノが発生し始めたのだ――!!


 驚愕するギリアナの前で、時空の亀裂からこちらに招き寄せられたかのように、一つの人影が姿を現す。


 ギリアナの前に突如姿を現したのは、黒き甲冑に身を包んだ長身の体躯に、金髪碧眼の端正な顔立ちが見るものの目を惹き付けてやまない二十代半ばの青年だった。


 その人物に向けて、腰の剣を抜き放ったギリアナが強い敵意と共に問いかける――!!


「貴様、何奴なにやつ――!!」


「――冷奴ひややっこ、ってね。……私の名は、ヴァレンス=ジル=ゼノフォード。ブレンエクス王家に仕えている黒騎士をしている者だよ……!!」


 彼の名は、ゼノフォード。


 こことは違う世界:ザナドースに存在する国の一つ:ブレンエクスの王家に仕える黒騎士である――!!


 ゼノフォードは困ったような笑みを浮かべていたが、ギリアナが突きつける剣に動じることなく、彼女に向けて穏やかに語り掛ける。


「やれやれ、どうやら”キモオタ”の彼らがまた勝手に異界を繋ぐ門か何かを開いたせいで、私がこの縁もゆかりもないはずの世界に飛ばされてきたらしい。……けれど、その結果君のような素敵な女性に出会えるのなら、それもまた僥倖というヤツなのかな」


「……フン、この状況で女を口説くとは随分余裕があるのか、知能が足りてないかのどちらからしい。……貴様には、今私が突きつけている剣が見えていないのか?」


 嘲るようなギリアナの問いかけに対しても、悠然とゼノフォードは微笑み返す。


「もちろん見えているとも。……だが、それ以上に今の私には君の美しさしか目に入らなかった。そういう意味では、今の私には非常に余裕がなく、君の事以外何も考えられなくなるほど馬鹿になっていると言える……!!」


 真剣なギルフォードの真剣な眼差しと告白を前に、ギリアナがドキリ、と胸を高鳴らせる。


 そんな自身の気持ちを否定するかのように、慌ててギリアナが内心で被りを振る。


(な、何を考えているというのだ私は!?……私には、マグルという存在がいるというのに……!!)


 そう思っているはずなのに、抑えきれないこの感情は一体何なのか――。


 気づけば、彼女は眼前のゼノフォードによって、その身を強く抱きしめられていた。


「……放せ。人間である貴様には分からないかもしれないが、私は貴様よりも遥かに長い年月を生きている”ダークエルフ”という種族なんだぞ……?」


 憮然としながらも、どこか不安げに向けられた問いかけ。


 それに対してもゼノフォードは、何ら動じた様子もなくにこやかに答える。


「”種族”や”年齢”など……君の美しさの前では、本当に些末な事だよ。……私には関係ないさ」


「……フン、馬鹿者が。……どれだけ長く生きようとも、女だって火遊びで傷つくんだぞ……!」


 そう言いながら、ギリアナはゼノフォードの背中に回した腕に力をキュッと入れて、強く抱きしめ返し、彼の逞しい胸板に顔を埋めていた。


 マグルと共にいた時には感じられなかった、未知数ともいえる激しい胸の高鳴り。


 これまでギリアナの根幹を為してきた”復讐”とは違う煌きを放つ情愛が、彼女の中で激しく燃え上がろうとしていた――。









 ”転倒世界”。


 混迷としたその世界で生きる者達は、皆常軌を逸したような者達ばかりであった。


 何かを拗らせ、無意味なほどに正道に背を向ける彼らの在り方は、見る者によっては”狂気”や”愚行”以外の何物でもなかったかもしれない。





 ――けれど、彼らは他者に何を言われようが、ただひたすらに自身の追い求める在り方に対して、どこまでもひたむきであった。





 数々の困難が日常茶飯事で引き起こされる”転倒世界”においてなお、どれだけ転ばされようとも何度でも起ちあがり、前を見据えて自身の信じる先を目指し続けた者達――。


 そんな彼ら彼女らの意思は、”暗黒領域”などという薄っぺらい悪意に足元を掬われるほどやわに出来てはいなかった。


 それどころか、魔王:古城ろっくの権威と脅威をもとに数多の世界を我が物同然に食いつぶしてきたこれらの十大暗黒領域は、そのようなモノをもろともしない”転倒世界”の者達を前に、その座を次々と引きずり降ろされる形となっていた。





 十に連なる悪意の牙城の崩壊とともに、新時代に向けての新たな希望が様々な形として、全ての意思ある者達、懸命に今を生きる人々へと示されていく――。




 

 何一つとして同じ答えはなかった。


 それらが本当に正しいのかも分からなかった。





 ただ、その光景を見た人々の胸に去来した想いは、一つだった。





 今が迫りくる破滅を前に怯え、敗北する時などではなく――。


 何度でも起ちあがり前を見据えながら――ひたすらに勝利へ向かうべき瞬間なのだと、彼らは感じ取っていた。













 ――かくして、”十大暗黒領域”の撃破と共に、廃滅の化身を騙る神への門は開かれた。





 ”彼ら”が切り開いた道を踏みしめながら、この世界に生きる全ての人間が自身の未来を掴み取るために――そして、全てを消し去ろうとする廃滅神:”空亡くうぼう”にとっても、自身の”覚悟”が問われることになる『人類最終試練』の幕が開こうとしていた――。

『本作は「すげどう杯企画」参加作品です。

企画の概要については下記URLをご覧ください。

(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1299352/blogkey/2255003/(あっちいけ活動報告))』


※本作の執筆にあたって、『古城ろっく』さんの名義を使用させて頂く許可を、古城ろっくさん本人から頂きました。


慎んで、深く御礼申し上げます。

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