『ワーキングホリデー』 ――終了
第八領域:耽溺電脳空間・『ワーキングホリデー』
この領域支配者であるAIシステム・"コスモ・ミュール"は、一人寂しく電脳空間を揺蕩っていた。
現在彼女は、己の権能を用いて削除したはずのなろう作品群による逆襲に遭い、自身が支配する暗黒領域ごとズタズタに切り裂かれていた。
この『ワーキングホリデー』と現世のネットワークの繋がりを完全に断たれただけでなく、既にコスモの中からはこれまで取り込んできた多くの人間の魂や運営神群が放出され尽くしたことにより、僅かに残った自身の領域内で脱け殻のような状態になっていた。
コスモ=ミュールという存在は、たった一度の過ちで全てを失おうとしていた。
だからこそ、自身に取り込まれた存在とはいえ、他者の過ちを二回も許す事が出来る"運営神群"の懐の大きさを実感し――"耽溺"の因子を持っていたはずの自分に足りないモノがあったのだと気づかされた。
その運営神群は、危険な存在であるはずのコスモを抹消したりせず、権能を封じると再び自身の在るべき場所へと戻っていった。
領域支配者を名乗るには、力も領地も明らかに足りていない。
無意味な失敗作として消滅するには、損傷が足りない。
何も出来ない状態でぼんやりと上を見つめていると、この電脳空間とは違う、地上からの画面越しに何やら淡い光をコスモは感じ取っていた。
そちらの方へ向けて、ゆっくりと意識を向けていく――。
現在、地上の人々の頭上から、淡く幻想的な赤い光が降り注いでいた。
この光の発生源ともいえる者の名は――"甕星"。
迷える多くの人々の心を、自身が放つ淡く幻想的な光で癒し、彼らの"善"ともいえる想いを集めた結果、転倒世界において唯一の"妖怪神"という座へと上り詰めた存在である――!!
甕星は、「この地上で自分の光を用いて癒さないといけない人達がいる」と言うと、第三領域:『イビルオオツ』の攻略に乗り出した妖怪軍団と別れ、たった一体で地上に残った。
甕星の赤い光は、暗黒領域との戦いで傷ついた人々だけでなく、コスモの電子ドラッグに支配された人々に意識を取り戻させる事にも成功していた。
彼らはスマホやパソコンから目を離すと、生気の灯った眼差しで甕星を見つめる。
「……たまには、こうしてゆっくり空を見上げる時間も良いモノかもな」
今や彼らの心は、広大なはずの電子空間に囚われていたときよりも自由な気持ちに、不思議と満たされていた――。
『綺麗な景色……私の"耽溺"とも違う……この気持ちは何だろう?』
甘やかしてとろかせるのとも違う、相手を癒しながらそれでも自分とは別の道に進んでいく者達を後押しするかのような光。
この感情を言い表す言葉くらいなら、今の権能を封じられた自分でも、すぐに該当するモノを見つけ出せるはずだった。
『……………………』
けれど、今のコスモはただ何とはなしに、無垢な幼子のような気持ちのまま、画面越しに浮かぶ淡い光を見つめ、手を伸ばしていく――。
『本作は「すげどう杯企画」参加作品です。
企画の概要については下記URLをご覧ください。
(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1299352/blogkey/2255003/(あっちいけ活動報告))』
※本作の執筆にあたって、『古城ろっく』さんの名義を使用させて頂く許可を、古城ろっくさん本人から頂きました。
慎んで、深く御礼申し上げます。




