お嬢さまの誕生日(2)
「あらあら二宮、こんな所で寝ててはいけませんよ」
その声で俺の意識は覚醒した。
どうやら寝不足だったのか、数分程度木陰で寝てしまっていたみたいだ。
隣を見るとチャッピーの尻尾があり、少しの間だけだが枕替わりになっていたみたいだ。
「これはメイド長、お見苦しい所を」
「あらあら、敬語なんて必要ありませんよ。マティアスと同じように接してもいいのよ」
この人はメイド長のアリーチェさんだ。メイド長とはその名の通り、メイドの長。この屋敷のメイドの中で一番偉い人だ。
(流石にそれはダメだろ)
この屋敷の、メイドと執事に俺は敬語を使っている。マティアス?誰だそいつ、知らん。
「まぁ、それはいいですわ。それよりもいいのですか?そろそろ朝食の時間ですわよ」
「…それなんですが、美幸お嬢さまが作ってくれることになって」
「──え?」
「え?」
アリーチェさんが動揺することなんて滅多にないんだが、何かあったのか?
「美幸お嬢様が料理を?」
「ええ、そう言って厨房へ向かいましたよ」
「そうですか、マティアスから訓練を受けているので死ぬことはないでしょうが、頑張りなさい。と送らせて貰います」
そういうとアリーチェさんは中庭から姿を消した。
正直何を伝えたかったのかよく分からなかったが、そろそろ時間なので美幸お嬢さまの所へ移動しようとする。
『ワン!』
チャッピーが足の周りをうろちょろする。
どこか微笑ましい気持ちになり、俺は美幸お嬢さまの元へと歩いていった。
「銀くん!できたよ!!」
美幸お嬢さまは今作り終えたであろう朝食を持ってきた。
「はい!どーぞ!!」
「ありがとうございます美幸お嬢さま」
「むー」
何やら美幸お嬢さまが少し不機嫌になった。何かまずったか?
「どうかなさいましたか?」
「そこは、ありがとうじゃなくて、あいしてるよ美幸でしょ」
場が凍る。
その言葉はこの時のために使うのだろう。そう思えるほどの沈黙と、冷たい目線が降り注がれた。
部屋の隅にいるアリーチェさん率いるメイド達はとても暖かい目で見守られた。
冷たい目線は主に男性から。(既婚者や老人は除く)
暖かい目はボスと女性陣から。マザーは多忙なため本日も屋敷にいない。
最後に「カッカッカッ」と笑いながら見世物でも見ている奴が一人。
アイツマジでしばく。
「いや、それは、えー、ちょっと…」
「むー、じゃああとで美幸ってよんでね!」
和むような雰囲気が部屋を包んだ。
(やめて、みんなそんな目で見ないで!)
顔が赤くなっているのが自分でもわかる。少しの間だけ仕事モードに入ろうとしたが、どこかこんな状況を気に入ってる自分がいてそれは辞めた。
「それじゃあ銀くん、たべよ!」
「はい、いただきましょう」
俺以外の朝食は全て料理長が作った、スフレオムレツとシーザーサラダ、そして厚切りの食パンとなっていた。
そして俺の料理は…
「それじゃああけるね」
豪華な蓋をした食器が美幸お嬢さまの後ろから運ばれてきた。運んできた料理長が少し顔色が悪いように見えるが…毎日この量の食事を用意していれば顔色も悪くなるか。
「はい、お願いします」
ジャジャーンと美幸お嬢さまは声を出しながら蓋を開けた。
「……」
「……」
「……」
静まる部屋。
沈黙が支配したこと空間、その空間で初めにその均衡を破ったのは誰でもない俺だった。
「美幸お嬢さま、これは?」
流石に顔がひきつるのを隠せない。
朝食と称して出されたものは、物体X、つまり食べ物ではないナニカだった。
「それはね、エッグベネディクトっていうたまごりょうりだよ!」
「……なるほど」
料理長の方に目で訴えるど。
チラッ
目線を外された。
どうしてもこちらを見ないようにしている。
さっきのアリーチェさんの真意が分かったので、同じように目線を送ると。
またしても顔を背けられた。
少し前まで羨ましそうな目で見ていた人や、恨めしそうな目で見ていた人は、このエッグベネディクト(物体X)を見た途端に俺への目は哀れみへと変わった。
「と、とても美味しそうですね」
どうしてもこの空気を辞めたく声を出したが、苦し紛れにも程がある言葉しか出てこなかった。
「うん、がんばってつくったの!たべてたべて!!」
(これは、腹くくるしかないか)
今日は美幸お嬢さまの誕生日ということもあるので、料理長などのキッチン担当者以外は大広間での食事を許可された。もちろんチャッピーもいる。
俺以外の皿はどこに出しても恥ずかしくない一流シェフの一皿。しかし、俺のは……。
(いや、何もいうまい。泥水もよく啜ってたし、カビの生えたパンもよく食べてた。マティアスから毒の耐性をつくる訓練もうけている。………少なくとも死ぬことはないだろう…多分)
物体Xを見ていると段々不安になってきた。
食事(処刑)が始まった。
周りの人たちは俺の方を見まいと、自分の皿だけを直視している。
薄情者め。
「どうしたの銀くん?たべないの?」
ダメだろ、退路が絶たれた。
「いえ、あまりにも美味しそうなので食べるのがもったいないと思っていただけですよ」
「むー、美幸はかんそうをききたいな」
ふー。
大き過ぎず、かといって浅くはない深呼吸をする。
覚悟はできた。
「それでは美幸お嬢さま、いただきます」
「うん!めしあがれ!」
フォークでエッグベネディクトの黄身の部分を割る。
──ジャリ
(何故だろう?いまジャリって音がしたのは)
ここで止まっても仕方ない。
そう思い一口サイズに切り分け、口に運ぶ。
「ん!!」
「ど!どうしたの!?」
(なぜだ?舌が麻痺している。一口目だぞ!そこら辺の麻痺毒より強いじゃねぇか!!)
「いえ、舌が美味しすぎて凄いことになりまして」
「そ、そうなんだ!!それで!?おいしい」
「はい。毎朝食べている料理長の朝食と遜色ないと思いますよ。美幸お嬢さまは料理が得意なんですね」
「えへへ〜、ありがとう!」
(守りたい、この笑顔)
その為には。この物体X(魔王)を倒さねばならんようだ。
「そんなにおいしいのか、それじゃあ美幸もたべてみようかな」
は!?
大広間にいる全ての視線が美幸お嬢さまに集まった。
この料理を美幸お嬢さまが食したとなると、俺が嘘をついたこと、そして料理への意欲が無くなってしまうかもしれない。
(大丈夫だみんな、そんな心配そうな目で見るな。役目はしっかり果たすよ、俺は美幸お嬢さまの執事だからな)
物体Xへと手を伸ばした美幸お嬢さまよりも早く、ナイフで皿の上にあるものを全てかっさらい口へと押し込んだ。
「あ…」
美幸お嬢さまは残念そうな声を出す。
「チャッピー」
食事中にも関わらず犬をそばに呼んだ無礼を、今回だけは目をつぶって欲しい。
チャッピーは足元に素早く来た。
『ワン(乗れ)』
「…助かる」
そして俺は大広間からチャッピーの背中に背負われるように出ていった。
《祝》日間第一位!!
まさか一位まで上り詰めるとは思ってませんでした。
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